マネ部的トレンドワード

建設業の合意形成、手戻り防止に活用

メタバースで「リアルよりも便利に働ける世界」を。リコーのバーチャルワークプレイスとは

TAGS.


最近よく聞かれるキーワードについて、その未来を展望する連載「マネ部的トレンドワード」。メタバース編の第5回となる今回は、リコーの開発した「リコーバーチャルワークプレイス」を紹介する。

メタバースというと、いまはまだゲームやエンタメの文脈で語られることが多い。しかし、ビジネスの現場で活用する「産業用メタバース」も盛り上がり始めている。

そのひとつがリコーバーチャルワークプレイス(以下、VWP)。その名のとおり、仮想空間を使って新しい「働く場」を作るもの。このサービスは、リコーのアクセラレータープログラムから生まれたという。

VWPはどんなもので、どういった経緯で誕生したのか。サービスを担当する同社の前鼻毅氏、藤田京子氏、そしてVWP誕生に関係する社内アクセラレータープログラム「TRIBUS」事務局の大越瑛美氏(※オンライン参加)に聞いた。

仮想空間に人が集まりコミュニケーション。なぜ建設業で重宝されるのか

VWPは、用途や目的に合わせた空間をVR上に作り、離れた場所にいる人たちがVRヘッドセットを使ってその空間に集まることができる。

参加者はアバターとなり、さまざまなコミュニケーションをとることが可能。ホワイトボードを使ったディスカッションなど、現状のオンライン会議では難しい、臨場感のある会議もデジタル上で実現できるのだ。

「たとえば会議中に音声入力で作成した付箋や、動画、画像といったデータも空間に出しておくことが可能です。私たちが大切にしているのは、VWPを『リアルの代替』にするのではなく、『リアルより便利に働ける世界』にすることです」(前鼻氏)

とはいえ、たくさんのメンバーがVRヘッドセットをつけて仮想空間で会議を行うのは「まだ時期として早い」と、前鼻氏は率直に語る。つまり、ニーズの面を見ても、あるいは利用企業が機材を何台も準備するという運用面を考えても、VWPが新しいコミュニケーションとして広く普及するにはまだ時間がかかるという見方だ。

「そこで現在は、VWPが確実にメリットになる業界、投資対効果が出やすい業界を中心に活用を進めています。具体的には、建設業がそれに当たります」(前鼻氏)

なぜ建設業ではVWPが確実なメリットになるのか。建設工事においては、発注者や設計者、施工者、協力会社など、さまざまな関係者が集まり、作り上げる構造物の現物やモデルを見ながらイメージを一致させる作業が必要になる。

しかし、たくさんの人が頻繁に集まり、同じモノを見ながら合意形成を図るのは簡単ではない。そこでVWPの機能が有効になった。

たとえば、BIM/CIMといった、建設業で使われる3次元モデルとデータ連携して、そのモデルをVWPに再現。仮想空間の中で立体的なモノを見ながら、関係者全員で話し合うことができる。

この機能を活かしたのが、東急建設と行った実証実験だ。銀座線渋谷駅の線路切り替え工事において、3次元モデルを連携。これから作る構造物や渋谷駅の構内をVR上に再現した。そしてその空間に関係者が入り込み、合意形成を行った。

藤田氏は「VWPでは構造物の色や素材を替えて風合いをチェックすることもできますし、工事に使う什器などを実寸大で表示させて、サイズを確認することも可能です」という。

さらには、リアルの建設現場とVWPが連携した機能も好評だ。特にニーズが高いのは、建設現場において作業を事前確認する“シミュレーション”としての活用だという。

一例として挙がったのが、鹿島と行った新潟県大河津分水路の土木工事に関する事例。工事を行う川底の様子を点群データやカメラのライブ配信映像で捉え、VWPで共有。実際に水中に潜って作業を行う前に、VR空間で作業の事前確認を行った。

「工事途中で大雨が降り、現場の川底の地形に変化が生じた場合も、最新の川底の状態を点群データでスキャンし、VWPで再現。シミュレーションを実施しました。今後こういった活用は増えていくでしょう」(前鼻氏)

こういった建設現場では、“いま”の状況を捉えた360°ライブ映像をストリーミングでVWPに映し出し、離れた場所にいる人たちがVRヘッドセットで現場に入り込んでいくことも可能だ。

遠隔から現場とつなぐ場合、これまでは見られる映像や角度が限られていたが、360°映像のため、現場と近い形で視認できる。これにより、状況確認や立会検査を遠隔で行う。

このシステムに使われているのは、リコーの360°カメラ「RICOH THETA」と、ライブストリーミングサービス「RICOH Live Streaming API」だ。同社の持つ技術や資産がうまく活かされていると言えよう。

「多様なデータを組み合わせ、空間で確認できることが強みの1つであり、前述の実空間に近い形での合意形成や、3次元モデルと点群データの組み合わせに依る干渉チェック、ライブストリーミングによる現場確認等により、手戻り防止を図ることが出来ます」(前鼻)

誕生の経緯と、開発でこだわった「VR酔い」の防止


VWPはどんな経緯で誕生したのだろうか。前鼻氏は、もともと全国各地のメンバーとリモートでやり取りすることが多いチーム環境だったこと、そして、彼自身VRという技術に強い興味を抱いていたことが大きかったという。

2019年頃にはVRの案件に携わるようになり、この領域で新しいサービスを作りたいと着手。VWPのアイデアを固めた。そうして応募したのが、リコーのアクセラレータープログラム「TRIBUS」だった

「TRIBUSとは、社内外からイノベータを募り、アイデアの社会実装を目指すプロジェクトです。大切にしているのは、スタートアップをはじめ、社外の方にもリコーグループのリソースを使い倒していただくこと。また、審査もリコーグループのみでは行わず、社外のVCの方なども参加しています」(大越氏)

TRIBUSは2019年にスタートし、VWPは第一期のアイデアとして採用。そうしてサービス化に至ったのだが、開発過程ではさまざまな部分にこだわったという。たとえば「VR酔いへの対策」だ。

「VR酔いを生む要因のひとつは、データや通信が重くなり、頭の動きに対してVR映像の動きが遅れるケースです。そこで映像やパフォーマンスの調整を細かく行いました。また、VWP内を移動する際、ボタンひとつで決められた地点にワープ移動できます。これも、なるべく移動による酔いを防止するための工夫です」(前鼻氏)

そのほか、自然な操作感にもこだわっており、「手を伸ばすとアバターの指先からレーザーが出てポイントを指せたり、コントローラを口に近づけると自然と音声入力モードになったりという部分を工夫しています」と前鼻氏は付け加える。

今後、より広く普及するためにはデバイスの進化も重要になる。藤田氏は「会議やミーティングでたくさんの人がVRを使うとなると、重さがネックになります。メガネのように軽量なVRゴーグルが出れば、使いやすくなるのではないでしょうか」という。

最後に、前鼻氏はメタバースの活用が進むと、技術も多様に進展すると予想する。たとえば「キーボードとマウスを使った入力から、AIを介した音声操作や、脳波からコンピューターを動かすBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)などの技術も需要を増すかもしれません」。そういった技術がVWPに取り入れられる時代も来るだろう。

リコーが作る産業用メタバース。取材の言葉にあった通り、VWPが目指すのはリアルの代替ではない。リアルよりも便利に働ける世界を見据えて、今後もサービスを進化させる。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2022年8月現在の情報です

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード