マネ部的トレンドワード

進む培養魚肉と陸上養殖のプロジェクト

作りたいのは「よりおいしい魚」。マルハニチロが挑む2つのフードテック

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これからの市場を盛り上げそうなトレンドについて深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。フードテック編4回目の本記事では、マルハニチロが取り組む「培養魚肉」と「陸上養殖」を取り上げる。

漁業から始まり、140年超の歴史を持つマルハニチロ。創業から海と関わり続けた企業はいま、魚のフードテックに挑戦している。

同社が行うのは「培養魚肉」と「陸上養殖」のプロジェクト。どちらも海洋環境の課題やタンパク質危機の解決を見据えたものだ。「海とともに歩んできた会社として、海洋環境を守り、魚という良質なタンパク源を供給し続けることは、私たちの使命です」と、この取り組みに関わる人たちは決意を口にする。

果たしてどんな取り組みなのか。プロジェクトメンバーである、マルハニチロ 事業企画部 海外戦略・イノベーションチームの春日尚久氏、御手洗誠氏、佐治理紗子氏に聞いた。

安全性とコスト面に強み。スタートアップと進める「培養魚肉」

まずは「培養魚肉」から掘り下げていきたい。マルハニチロは、2021年8月からスタートアップのインテグリカルチャーと培養魚肉の共同研究を始めている。

そもそも培養魚肉とはどんなものだろうか。

「簡単に言うと、魚から採取した筋肉の細胞を培養液に浸し、細胞を増やして魚肉を作ることです。培養液の中で栄養成分を与えたり、温度などの条件を整えたりすることで細胞が増えていきます」(御手洗氏)

インテグリカルチャーは、細胞培養の研究で最前線にいるスタートアップ。これまでは畜肉をはじめとした培養肉の研究をしてきたが、その技術を魚肉に展開していく。

一方、マルハニチロの役割は「培養の“もと”になる、生きた魚の良質な細胞を提供すること」だという。

「私たちは長年、魚の養殖事業を行ってきました。その中で、病気にかかりにくい遺伝子や成長の早い遺伝子を持った魚を育てています。こういった魚の細胞を培養することで、より質が高く、成長の早い培養魚肉を作れるのではと考えています」(春日氏)

もしも培養魚肉が実用化されると、消費者の「食の選択肢」が増えて、将来のタンパク質危機を救う手立てになる。とともに、これまで避けて通れなかった「魚の価格変動」が解消されるかもしれない。御手洗氏が説明する。

「魚はその時期の収穫量で価格変動するのが一般的ですが、培養魚肉は生産量の増減が起きにくいので、安定した価格で販売できるでしょう。また、良質な細胞を適切な環境で培養できれば、いずれ天然魚よりおいしい魚肉や、栄養価が高い魚肉を届けられるかもしれません」

なお、培養肉や培養魚肉の研究は世界中で進んでいるが、実現に向けてのハードルもある。安全性とコストだ。まず安全性においては、現在、細胞培養の研究を見ると食用として認可されていない成分が使われるケースもある。当然それは食品としての安全性を担保できない。

次にコストだが、培養に必要な成分(血清成分)は非常に高価で、たとえば2013年に作られた世界初の培養肉ハンバーガーは、1個あたり約3000万円というニュースもあった。

「しかし、インテグリカルチャーはこの2つの面で強みを持っています。安全性については、培養に用いる成分は食品に使用可能なものしか使っておらず、また、コスト面では、現時点で培養肉100gあたり約3万円にまで引き下げています。量産が進めば2028年には113円ほどになるとの試算(※)も。これは畜肉が対象ですが、魚肉も低コスト化が進むでしょう」(春日氏)

※インテグリカルチャー社、2022年7月20日付リリースより

何より、この分野の技術革新は日進月歩で進んでいる。佐治氏も進化のスピードを間近で感じているという。

「安全性やコストを下げるのはもちろんのこと、私たちが大切にするのは、安全安心で“おいしいもの”をお届けすることです。マルハニチログループが『世界においしいしあわせを』と掲げているように、市場に出ていくときはまず安全で、そしておいしさにこだわった商品を届けたいですね」

同社の培養魚肉プロジェクトには、2022年8月から一正蒲鉾も参加。3社共同の研究開発となった。いずれは作られた培養魚肉を、蒲鉾などの水産加工食品として世に出す日が来るかもしれない。

年2500トンの生産を見据える「陸上養殖」の施設が富山に

そしてもう1つ、マルハニチロが取り組むフードテックが「陸上養殖」だ。一般的な魚の養殖は海で行う海面養殖だが、こちらは陸上に養殖施設を作って魚を育てる。

「魚の排泄物や餌の残りといった汚れをろ過しながら、陸上の施設で養殖します。海面養殖は病気やウイルスの心配がありますが、陸上養殖はつねに水質を良い状態に保つため、病気の予防なども期待できます」(御手洗氏)

何より最大のメリットとして「水温や酸素濃度など、環境をすべてコントロールできるのが特徴。魚の種類に合わせた環境を作ることで、安定生産が可能になるでしょう」と佐治氏は口にする。

マルハニチロは今年10月、三菱商事とともにサーモン陸上養殖の合弁会社アトランドを設立。富山県入善町に陸上養殖施設をつくり、アトランティックサーモンを養殖する。年間2500トン規模の生産を目指すという。2025年度の稼働開始、2027年度の初出荷を計画している。

入善町は海洋深層水の豊かな地域であり、その資源を使って養殖を行うとのこと。なお、アトランドという社名は「アトランティックサーモンと、at land(陸上で)の掛け合わせです」と佐治氏が付け加える。

この取り組みも、海の課題解決が根底にある。たとえば、サーモンは魚の中でも有数の人気食材だが、その養殖のほとんどはノルウェーとチリに集中している。

「なぜなら、サーモンの養殖に適した低い水温(およそ12~15℃)や環境を持つ海域が限定されるためです。その結果、ノルウェーとチリに養殖が集中。一方で、サーモンの需要は世界的に伸びている中、環境面を考慮すると、海面養殖の生産量は簡単に増やすことが出来ません」(春日氏)

加えて、その地域から世界中にサーモンを輸送しているのだから、CO2などの環境負荷も無視できない。それらを解決するのが陸上養殖だ。

「陸上養殖によって国内でサーモンを生産できれば、環境問題の解決になります。あわせてこのプロジェクトは、経済的価値を生むのはもちろん、食材の地産地消・雇用機会の創出といった社会的価値にもつながるでしょう。つまり国内で陸上養殖を成功させることができれば、当社の中期経営計画でも掲げている「環境価値」・「社会価値」・「経済価値」を三位一体で実現できるといえます」(春日氏)

この陸上養殖においても、やはりコストの低下やおいしさの向上が普及のカギとなる。

と同時に、3人が実現したいことは他にもある。陸上養殖や培養魚肉の取り組み、あるいは、そこから生まれる商品を通じて「多くの方が環境について考えるきっかけになればいい」と、御手洗氏は思いを述べる。

現在は「海のエコラベル」と呼ばれる、水産資源や環境に配慮した商品に貼られるラベルもある。欧米ではこういったものに対する消費者の意識も高まっており、日本でももっと普及させていきたいと3人は考える。

海を見れば海洋汚染が深刻化し、食料の観点ではタンパク質危機が取り沙汰されている。春日氏は「海と共に歩んできた会社として、海の環境を守り、魚という良質なタンパク源を供給し続けることは、私たちの使命です」と言い切る。

マルハニチロが行うフードテック。そこには、海の未来、食の未来をつくろうという信念が見える。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2022年11月現在の情報です

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