日本経済Re Think

必要なのは市場原理にもとづいた資金の流入

シニフィアン朝倉祐介氏が語る「『資本主義の徹底』が日本のスタートアップを飛躍させる」

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この国の市場や経済に成長可能性はあるのか。いわば投資における“日本の未来”を有識者が占う連載「日本経済Re Think」。今回お話を聞いたのは、シニフィアン共同代表の朝倉祐介氏だ。

朝倉氏はミクシィの代表取締役兼CEOとして業績回復を果たし、現在はシニフィアンでスタートアップに資金や経営知見を提供している。また、企業経営について記した著書『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(ダイヤモンド社)では、目先の業績を最優先する「PL脳」からの脱却を説き、好評を博した。

その彼はこれからの日本市場をどう見るのか。朝倉氏に聞くと、成長のカギは「資本主義の徹底」にあると答える。加えて、マーケットづくりや個人投資家の行動についても、それぞれがPL脳から脱却することもポイントになると話す。その真意を尋ねた。

まだ十分ではない。スタートアップが育つための環境を作ろう

日本は今後、伸びていくことができるのか。朝倉氏にこの質問をぶつけると「国やマーケット全体といったマクロな規模を主語にすると強気な発言はできませんが、個別の企業で見れば、突出したパフォーマンスを示す会社は出てくるでしょう」と考えを示す。

そしてそういった急成長企業は、長く続いてきた会社よりも、スタートアップに多くなると見ている。

実際、スタートアップの環境も良化しつつある。「2010年はおよそ700億円だったベンチャー投資額が、2022年は8000億~9000億円を超えました」。この10年強で支援の強さは一気に増しているのだ。

だがしかし、朝倉氏はこの状況を「スタートアップが本当の意味で育つためには、まだ十分ではない」と話す。たとえばベンチャー投資額やユニコーン企業(※創業10年以内で時価総額10億ドル以上の未上場スタートアップ)の数などを比較したデータを見ると、「隣国の韓国にも劣後している状況です」と説明する。

だからこそ、その劣後を正し、日本が逆転するカギとしてこんな提言をする。

「逆転するために必要なのは、資本主義を徹底すること。つまり市場原理にもとづいて社会を運営し、企業を評価することが重要です。具体的に言えば、スタートアップへの資金提供として、金銭的リターンを求めるお金が流れ込んでいるのか。投資に対してリターンを求めるという市場原理にもとづいて市場を機能させることが大切なのです」

この観点で見ると、近年膨らむスタートアップへの資金提供は、金銭的なリターンを求めるケースが少ない、つまり市場原理にもとづいていない資金が多いと朝倉氏は指摘する。

「スタートアップに提供される資金を見ると、リターンを追求する独立系ベンチャーキャピタル(VC)からの資金提供がアメリカに比べて少ない状況。その一方、公的な色彩を帯びた資金や、投資先スタートアップとの協業などを見据えた“事業性の高い資金”が多いのです」

公的な資金や事業性の高い資金は、リターンを第一目的に据えていないケースが多数。さらに、本来ならリターンを求めることが多い独立系VCの資金を見ても、似た状況が起きているとのこと。

というのも、VCが投資する資金はLPと呼ばれる出資者から提供されるが、このLPの構成を見ると、アメリカは年金事業者など明確にリターンを求める機関が主力を占めるが、日本は金融機関や事業会社が多数を占めており、これも「投資先スタートアップとの事業シナジーを目的に投資していたり、公的な性質を持ったりしている場合が多いといえます」

つまり、日本のスタートアップに提供される資金は、金銭的リターン以外の目的を持ったものが多い。朝倉氏は、これを「市場原理にもとづいた資金」に変える、つまりは金銭的リターンを追求する資金に変えていく必要があると考えているのだ。彼が口にする「資本主義の徹底」の真意はそこにある。

金銭的リターンを求めない資金提供が生む「歪み」とは

ではなぜ、金銭的リターンを求めない資金提供が増えることは課題なのか。朝倉氏は「いろいろなところで歪みを生むからです」という。

「たとえば、未上場のスタートアップに対する企業評価(バリュエーション)が歪みます。仮に事業シナジーや公的な色彩の資金によって資金調達に成功し、評価が上がっていったとします。しかし、その後上場したときに市場が見るのは、事業シナジーや公的な資金よりも、その企業の成長性です。すると、これまでの評価は妥当ではないと判断され株価が下がるケースが出てしまうのです」

そうしてスタートアップが上場後に株価を大きく下げるケースが続くと、投資家の印象は悪くなることも。結果、「スタートアップが世の中に信任されない」と朝倉氏は指摘する。

だからこそ、「市場原理にもとづいたお金」がもっと増えるべきだと考える。それはどんなお金か。具体的にいうならば「年金運用事業者の資金などがわかりやすいですね」と付け加える。

「スタートアップ支援として、日本では公的機関などが直接資金を提供するケースが多いといえます。短期的に見ればそれはわかりやすいやり方ですが、本当に育てるには、直接資金を提供するのではなく、金銭的リターンを求める運用事業者がスタートアップに投資しやすい環境を整備することが重要。公的機関がプレイヤー(投資家)になるのではなく、プレイしやすいマーケット環境を長期目線で作ることが必要だと思うのです」

朝倉氏は「甲子園でたとえるなら、公的機関が担う役割はグラウンドを整備する“阪神園芸”だと思うのです」と笑顔で伝える。

朝倉氏がかつて著書で記した「PL脳からの脱却」という言葉は、企業が“目先”の業績であるPL(損益計算書)に縛られるのではなく、長期的な成長を見る大切さを表現したもの。これはあくまで企業経営の話だが、長期スパンで取り組むという意味では投資におけるスタートアップ支援も同様なのだろう。本当の成長や世の中の信任のためには、リターンを求める資金がスタートアップに回る仕組みを長期で作ることが必要になると考えている。

参考になる実例もある。アメリカで1974年に制定されたエリサ法(Employee Retirement Income Security Act:従業員退職所得保障法)と呼ばれるものだ。企業年金などに関して受給者を保護する法律だが、ポイントになったのは、企業年金の管理・運用者が負う「受託者責任」が明確になったこと。管理・運用者はリターンを追求することが法律で強く求められた。

加えて、それまでグレーゾーンだったオルタナティブ資産(伝統的な投資先である「上場株式」や「債券」以外の資産)への投資も明確に認めることに。その結果、オルタナティブ資産であるVCに資金が流れ、そこからスタートアップへの支援が活発になった。

「実はアメリカでスタートアップの成長が盛んになったのは1970年代後半。アップルなどもこの時期に出ています。エリサ法の成立後からアメリカでスタートアップが伸びたのは明らかで、それを示す論文も出ているのです」

利益追求を義務化し、さらにオルタナティブ資産への投資をOKとしたことで、市場原理にもとづいた資金がスタートアップに流れた。それが繁栄につながったのかもしれない。

「日本にもいい兆しはあります。たとえば最近、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がVCファンドに資金供給した事例が出ています。利益を追求する年金運用者の資金がVCに投入されたのは大きな進歩でしょう」

日本のスタートアップが今後成長するカギはどこにあるのかー。そんなテーマで語ってもらった本記事。カギになるのは「資本主義の徹底」であり、その結果、スタートアップが世の中に信任されることだろう。こういった方向に市場が進めば、日本再興の幕が開くかもしれない。

(取材・文/有井太郎)

※記事の内容は2022年12月現在の情報です

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