マネ部的トレンドワード

リアルの展示イベントと同じブースを再現

京セラの「メタバース展示会」が話題。きわめて実用的な仮想空間の使い方

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最近よく聞かれるキーワードを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。メタバース編の第6回は、ネットで話題になった京セラの「メタバース展示会」を取り上げる。

2022年11月、「企業のメタバース活用事例として参考になる」とネット上で支持を集めた取り組みがあった。それが、京セラの行ったメタバース展示会だ。同社はJIMTOF2022(第31回日本国際工作機械見本市)という、工作機械の展示イベントに出展していたが、この期間中にメタバース上でも展示会を実施。アバターによる接客や、VRの長所を活かしたプレゼンを仮想空間で行った。

一体どんなものであり、なぜこのような企画が生まれたのか。京セラ デジタルビジネス推進本部の田中奈緒氏と、機械工具事業本部の法岡泰樹氏に取材した。

仮想空間に展示ブースを作り、解説員がアバターで接客

世界中の工作機械やその周辺機器がずらりと展示されるJIMTOF。1962年から2年に1度開催されており、「世界4大国際工作機械見本市」ともいわれる。業界では知らない人がいない大きなイベントだ。

2022年11月8日〜13日にも東京ビッグサイトで開催され、出展者数は1000を超えたという。京セラも機械工具事業を行っており、JIMTOF2022に出展。ブースを設け、さまざまな工具を展示した。

この記事の本題はここからだ。同社はJIMTOF出展と同期間に、メタバース上でも展示会を実施したのである。

「今回のメタバース展示会ではさまざまな企画を行いましたが、わかりやすいところでは、JIMTOFの京セラブースを再現したブースをメタバースに作成。アバターの解説員が、同じくアバターで訪れたお客さまに工具の説明などを行いました。3Dで再現された工具を持ったり触ったりしながらお話ししましたね」

京セラのメタバース関連事業を担当し、本取り組みでも責任者を務めた田中氏は、こう説明する。実際に写真を見比べると、京セラのJIMTOFブースが“そのまま”再現されていることがわかる。

そのほか、メタバースの特性を活かしたプレゼンも実施。近年、世の中ではカーボンニュートラルが重視されており、切削工具の世界でもそれは同様。京セラも、なるべく省エネルギーでCO2の排出量を低減する「高能率な切削加工」の実現に向けて、工具や加工方法の改良を続けている。そういったカーボンニュートラルの取り組みを伝えるプレゼンを、メタバースで実施した。

「たとえば高能率な切削加工を実現するために、京セラではどんな工夫をしているのか、実際に3Dの工具のアニメーションを使ってプレゼン。見ている方の目の前に3Dの工具が浮き出すので、わかりやすく、楽しみながら見ていただけたと思います」(田中氏)

これらの展示ブースやプレゼン会場は、今回「ワールド」と呼ばれる仮想空間の舞台の中にある。その舞台は、見た目で言えば「天空に浮いた巨大な飛行船」だ。

このワールドにもこだわったとのことで、「JIMTOF2022の京セラブースコンセプト”Technology Leads to a Bright Future ~革新技術で世界中をサステナブルに~”がベースになっています」と法岡氏。そうして、ワールド全体のテーマを「自然との共生」に設定し、この価値観にもとづいた空間を作っていった。

法岡氏は、本企画の発起人の1人。「メタバースの展示会を行うなら、単にリアルをバーチャルに置き換えるのではなく、私たちが目指している世界観を伝えたり、ワクワクする体験をしていただきたかった」と語る。その想いがワールドを作るアイデアにつながったようだ。

メタバース展示会の背景にある「切削工具の“コト売り”」

それにしてもなぜ、メタバース展示会を行おうと考えたのだろうか。そこには、近年京セラが進めてきた「切削工具の売り方の変化」が関連しているという。法岡氏が語る。

「いま私たちが進めているのは、切削工具の“モノ売り”から“コト売り”への転換です。かつては工具の性能やスペックの優位性で勝負する“モノ売り”が主流でしたが、もっと事業を伸ばすには、それだけでは足りません。スペックに加えて、その工具で何ができるか、どんな課題を解決できるかといった“コト売り”を重視する必要があると考えてきました」

その中で、販売促進を担当する法岡氏は、コト売りを行うには顧客との密なコミュニケーションが必要だと考えた。どんな課題を解決できるかといった、目に見えない“コト”を売るからこそ、深い対話が必要になる。

こういった背景の中で浮かんだのが、メタバースを使ったコミュニケーションだった。

「メタバースなら複数人でのコミュニケーションが容易にできますし、遠方の方とも、好きなタイミングでつながれます。より多くのお客さまと、たくさん密にコミュニケーションするには良い手段かなと。また、リアルでは切削工具の実演が難しいケースもありますが、メタバースなら、デジタルではありますが表現できることが増えます」(法岡氏)

2022年の夏頃、そんなアイデアが浮かぶ中で、ちょうど数カ月後にはJIMTOFという大きな展示会が控えている。であればJIMTOFの開催に合わせて、メタバースを使ったコミュニケーションにチャレンジしてみようと考えたのだ。

さっそく、社内でVRコンテンツの開発や活用方法を発信していた田中氏に相談。今回の空間を作っていったという。使用するメタバースのプラットフォームは、世界最大の利用者数を抱える「VRChat」を選択。まずはプロトタイプのワールドを作成した。「プロトタイプと企画書をベースに、制作会社である往来様の協力のもとでデザインを作り上げていきました」と田中氏は振り返る。

こうして2022年11月8日〜13日にメタバース展示会を行うと、ネット上で話題に。「企業のメタバース活用として参考になる」という声が多数聞かれた。また、企業の担当者だけでなく工業系の学生もメタバース展示会に多く訪れたようで、「この企画を機に京セラという会社に興味を持ってくればうれしい」と2人は笑顔を見せる。

さらに法岡氏は、実際にメタバース上で顧客と接する中で、こんな発見があったようだ。

「メタバースを体験して感じたのは、とにかくお客さまとの距離が近くなること。ウェビナーやオンラインの商談に比べて、短時間で仲良くなれます。お互いアバターで接する分、ビジネスのかしこまった雰囲気が取れやすいのも理由でしょう。童心に帰ったような気持ちで話せますから」

だからこそ、いずれは営業ツールとしてメタバースを活用できればと考える。「工具業界は大企業から中小企業まで、全国津々浦々にお客さまがいます。すべて足を運ぶのはどうしても難しい中で、メタバースがその課題解決になればいいですね」と続ける。

田中氏は「今後、さまざまな形で企業のメタバース活用が行われると思いますが、現時点で投資対効果が高いのは、今回のような展示会での利用ではないでしょうか」という。

「GAFAをはじめとした企業が積極投資していることからも、メタバースがビジネスに活用される動きは確実に進みます。その時代に向けて、私たちも動いていきたいですね」(田中氏)

メタバースはまだ“話題先行”と捉えられることも少なくないが、今回の取り組みは、きわめて現実的で有効な活用方法といえる。このような事例は確実に増えていくだろう。一歩ずつ着々と、メタバースはビジネスに降りてきている。

(取材・文/有井太郎)

※記事の内容は2023年3月現在の情報です

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