【三宅香帆の本から開く金融入門】
「会計」を勉強したいときは、まず歴史の豆知識から!『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語』
「絵画」と「簿記」、天才同士の邂逅
レオナルド・ダ・ヴィンチ。……誰もが知る天才画家だ。
では、彼が「メモ魔」で有名だったことはご存じだろうか? 彼は当時高価だった「紙」を、公証人である父の仕事場から持ってきて、自由に使うことができた。そしてありとあらゆるメモを残した。そのおかげで、今もなお彼の天才的な発想が私たちのもとへ届いている。
さらに、彼の画家人生における転機が、『最後の晩餐』の壁画にあったことも、有名なエピソードかもしれない。あまりぱっとしない画家だったレオナルドは、自らをミラノの権力者に売り込み、そして修道院の壁画を描く仕事を得る。この『最後の晩餐』はかなり大きい絵なので、レオナルドは遠近法などを研究したうえで臨んでいるのだが、この時参考にしたのが、数学の本。そしてレオナルドは遠近法についてアドバイスをもらうために、この本の著者と会うことになる。この著者こそが、のちに簿記の教科書となる本を書いた「近代会計学の父」と呼ばれるルカ・パチョーリだった。
ルカ・パチョーリはのちに「複式簿記」を発明し、現代の簿記の基礎を作り出した数学者だった。人類史上初の複式簿記を作り出したのが、彼だったのだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチという天才画家と、ルカ・パチョーリという天才数学者。
ふたりの天才の出会いは、ルネサンス期のイタリア、これから偉業を成し遂げることになるなんてお互いまだ知らないタイミングだったのだ。
――なんて少年漫画にありそうなエピソードなのだ、と私なんかはわくわくしてしまう。このようなエピソードをたくさん紹介してくれるのが、『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語』(田中靖浩)という本なのだ。
ビジネススクール講師によるわかりやすい会計史
本書は、普段ビジネススクールや企業研修で「会計」を教えている講師が、その授業をもとに執筆した本。タイトル通り「会計」にまつわる世界の歴史を教えてくれる。
だがこの本の良いところは、世界史にまつわる基礎知識がなくても楽しめるところ。
紹介されているエピソードがどれも漫画みたいに面白いので、勉強というよりも、雑学を知るような感覚で味わうことができるのだ。
なので、世界史をまだ習っていない学生さんや、世界史の授業内容なんて覚えていない社会人の方も、みんなが楽しめる一冊になっている。
「会計って、どんなふうに生まれたのか?」
「決算書があったら、実際どんなことが便利になったのか?」
「株式を公開させたのはいつだったのか?」
そんな疑問について、歴史的な背景とともに、わかりやすく楽しく教えてくれている一冊になっている。
会計基準って、なんで複数あるの?
他に紹介されているエピソードに、こんなものがある。
冒頭に紹介したルネサンス期から時代は下り、グローバル化がどんどん進んでいった20世紀後半。国境なき投資がおこなわれるのに、国によって会計ルールが異なっていた時代があった。たとえば当時はメルセデス・ベンツが「ドイツでは黒字」だが「アメリカでは赤字」のということがあったというのだから驚きだ。
これについて、会計ルールを世界で統一したほうがいいという動きが生まれる。当然だ。
が、この「国際会計基準」の制定はなかなか混迷を極めた。特にアメリカの推進したいルール(USギャップ)と、イギリスの守りたいルール(IFRS)、どちらを採用するかは大きな論点となる。
お互い、一歩も引かない、アメリカとイギリス。議論は続いた。
結局、アメリカがIFRSを受け入れることになったのだが……いまだにこの調整は行われ続けているらしい。
決着、ついてないんかい! とツッコミながらも、このように説明されると会計の歴史がすんなり理解できてしまう。
ちなみに日本は「日本基準=ドイツ流の原価主義を基礎とした基準」と「USギャップ」「IFRS」のどれかの会計ルールで決算を行う、ということになっているとのこと。どっちつかずの結論ではあるが、この曖昧な結論もまた日本らしいっちゃらしい。
「会計基準」とひとくちにいえど、それぞれの国の思惑や歴史が背景にあるから、複数あるのもしょうがないことなんだなと納得できる。
生活と会計は密接に絡み合っている!
本書の著者は、会計の歴史とは、500年間で会計が「自分のため」から株主・投資という「他人のため」に変わっていった歴史なのだ、と説明している。
つまり現代では、投資家への情報提供をどうやってするのかに主眼が置かれている時代なのだそう。たしかにそう考えると、株式会社のIRの書き方が現在のように細かくなっている理由がよくわかってくる。
会計というと、つい、数字ばかりで淡白なものだと思い込んでしまう。勉強するにしても、用語の名前を覚えたり、概念を覚えたり、表面的な勉強に終始してしまう。しかし現在の会計に辿り着くまで、簿記ができて株式会社ができてグローバルな市場ができて投資家が増えて、たくさんの歴史が存在していたんだ……と思うと、なんだか会計が血の通った身近なものに感じられるのだ。
会計は、産業と共に常にあったのだ。そして産業が変わっていけば、会計も変わっていく。産業が変わってくと、私たちの生活も日々変わっていく。
私たちの生活と会計は密接に絡み合っている。
本書を繙くことで、会計をもっと身近に、そしてダイナミックな歴史の集積として、感じることが、きっとできるはず。
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