本から開く金融入門

【三宅香帆の本から開く金融入門】

経済の勉強をするモチベーションが上がる一冊 『教養としての経済学 生き抜く力を培うために』

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大学の授業に潜り込んだような一冊

投資の勉強、簿記の勉強、世の中の仕組みについての勉強……。必要だとは分かっていても、実用的すぎて気が向かない、なかなかお金に関する勉強のモチベーションが湧かない。そんな方もいるかもしれない。

「お金についてなんとなく勉強したいけれど、簿記のテキストや投資の指南書は、実用的な話ばかりでそんなに面白くない……もっと『読み物として面白い』お金に関する本ってないのかな?」

そんなふうに思った方におすすめしたいのが、『教養としての経済学 生き抜く力を培うために』(一橋大学経済学部編)だ。

一橋大学経済学部で経済学を教える先生が、「大学での講義」をもとに著したエッセイ集。

まさに、これから経済学部で勉強しようとする学生たちに向けて、「経済学ってこんなことを勉強する分野だよ!」と伝える内容になっている。

が、大学生でなくても読むと面白い。たとえば大学に入る前の高校生、あるいは大学をずっと昔に卒業した大人の方々でも、おそらく「なるほど!」と思えるような発見があるはずだ。

まるで大学一年生に向けた経済学入門の授業に入り込んでいるような感覚にさせてくれる本書。経済学部を出ていない方にこそ、おすすめしたい一冊である。

ゲーム理論って難しそう、だけど……

たとえば、経済学の「ゲーム理論への誘い」の章。

ゲーム理論という名前を聞いたことのある方は多いかもしれない。しかし実際にゲーム理論を勉強しようとすると、なんだか難しそうで、尻込みしてしまうのではないか。そんなあなたにこの章を読んでほしい。

たとえばごく一部だけ説明すると、本書によると、人間は「交換」する生き物であるという。というのも「人間は交換する生き物だ」ということを示す、アメリカのこんな実験がある。

子供たちにお菓子を配るが、子供たちは「これは好みのお菓子じゃない、自分の好きなお菓子がほしい!」と言い始める。彼らにお菓子の満足度を尋ねると、平均5点だった。

「みんなどうしたらいいと思う?」そう言われた子供たちは、自然にお菓子を交換し始める。そして子供たちのお菓子への満足度は、平均8点に上がったのだ。

交換は、他人がいないと不可能だ。他人がいてはじめて、満足度が上がる。それは交換という名の協力が、人間のなかで自然発生的に起こるなによりの証なのだ。

ちなみにこの実験と同じようなことが、第二次世界大戦中のドイツ捕虜収容所でも起こっていたというエピソードがこの後紹介される。

だが、みんなが納得できる範囲内で交換し尽くしたら、そのやりとりは終わる。この「みんながこの条件だったらもう交換しなくてもいいやと思える」状態を、経済学では「コア」と呼ぶらしい。

この交換という行為の間に、交換比率を決める人が現れ、その人が交換比率つまり価格がうまく設定できれば。何度も交換することはなくなり、一度で適切な交換が可能になる。

経済学では、これを「需要が等しくなる価格で取引をおこなえばコアを実現できる」という主張、通称「厚生経済学の基本定理」と呼ぶのだ。

……たしかにこんなふうに説明されると、経済学の定理も理解できるような気がしてくる。

経済学は「みんなの幸せ」のためにある

しかし本書は定理を紹介しただけでは終わらない。
「交換」することを前提としたモデルは、どの程度人間が利己的に振る舞うのか、あるいは利他的になって全体的な目的に協力しようと思えるのか、なかなかまだ分かっていないところがある。心理学研究では人間が生まれつき利他的な生き物であることが示されているらしいが、それでもどの程度利他的であることができるのか、その研究は未知のところも多い。

経済学のゲーム理論における重要な「人間の利他性/利己性」の在り方について、本書はこんなふうに語っている。

利他性についてはまだわからないことが多い。したがって、利他性よりも利己性に頼る方が確実だ。また、利他的に行動できるかどうかは相手に依存する。親密な相手の方が、利他的にふるまえる。同じ集団の仲間に対しては利他的にふるまえるが、他の集団に対しては利己的になりがちだ。その顕著な例がジェノサイド、つまり他民族の徹底的な殺戮だ。将来、人間の利他性についての理解が深まり、利他的行動を正確に予測できるようになれば、利他性を前提に協力を達成する現実的な仕組みを作れるかもしれない。
(宇井貴志「教養としての経済学 — 生き抜く力を培うために」)

なんだか、未来に希望が持てるような文章ではないだろうか。

人間はどんな時に、人と協力しようと思えるのか? あるいはどんな時、それが欲しいと思い、どんな時、それを譲ろうと思えるのだろう?

経済学というと、数字をこねくり回して金銭や商品について考える学問に見えるが、本書を読むと「人間が関わり合って作った社会」について考える学問なのだな、と思うことができる。そう、経済学とは、「この社会でどうすれば『みんな』が幸せになるのか?」を考える学問なのである。

この「みんな」というのが難問で、平等に、全員が、出来る限りたくさん、幸せになるために、経済学という学問があるのだ。

「みんなの幸せ」の達成は難しい。でも、今の社会がどのように「みんなの幸せ」を考えているのか? 経済学はどのように「みんなの幸せ」を達成しようとしているのか? それを知るために本書を読めば、納得できることも多いはずだ。

みんなが協力して、みんなの幸せを掴もうとする――その在り方こそ経済学の基本であり、私たちは経済学の概念のもとに設計された社会に生きているのだと思うと、「ちょっと経済の勉強でもしてみようかな」というモチベーションに繋がってくるだろう。

著者/ライター
三宅 香帆
京都大学大学院人間・環境学研究科卒。会社員生活を経て、現在は文筆家・書評家として活動中。 著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』などがある。フリーランスになったことをきっかけに、お金の勉強を始めている。

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