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これまでに上場企業の約6割が実施

投資家に届く“決算速報”を豊かに。JPX総研が行う「決算短信のHTML化」とは

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個別株において、特に値動きが起きやすいタイミングが定期的にある。四半期(3ヶ月)に一度、企業の決算短信が開示されるときだ。データを活用した株式取引が盛んになる近年、決算短信の機械可読(マシンリーダブル)化の重要性はより高まっており、機械で抽出した内容をもとに取引する投資家も増えている。これは機関投資家だけでなく、個人投資家も同様だろう。

そんな中、決算短信を投資家がより有効に活用するための実証実験が行われている。日本取引所グループのJPX総研が行う「決算短信のHTML化」だ。一体どういったもので、個人投資家にどんなメリットをもたらすのか。JPX総研 フロンティア戦略部の斎藤裕哉さんに聞いた。

決算シーズンにはおなじみの「速報」の裏側にメスを入れる


決算短信とは上場企業が四半期に一度、自社の経営成績や財政状況、経営計画に対する進捗などを報告する資料だ。直近の経営状況が分かるだけに投資家の注目度は高い。時期になると毎日何十社もの決算が速報で流れ、その結果から株価が大きく動くのを見たことがある人も多いだろう。

決算情報は、上場規則や法令に基づいて、東京証券取引所(東証)のTDnetや金融庁のEDINETといったシステムに掲載され、投資家は上場企業各社の決算情報を検索・閲覧できる。東証は決算短信を企業の決算期末後速やかに開示することを求めており、基本的には、もっとも早く各企業の決算情報が開示されるのがTDnetである。

「決算シーズンになるとニュースメディアなどで各社の業績情報が一斉に報じられますが、これらの多くは速報性のあるTDnetで開示された決算短信をもとにしています。ニュースを配信する機関は、決算短信がTDnetで開示されたあと、決算短信のうち機械処理がしやすい箇所について、機械処理で内容を読み込み、決算速報用の記事フォーマットに数字などを入れ込んで速やかに情報配信しています」(斎藤さん)

決算短信の様式は決まっており、売上高や利益、純資産などの数字が記載された「サマリー情報」、現在の経営成績に至った要因やその分析などを経営者が説明した「定性的情報」、貸借対照表や損益計算書などの「財務諸表」の3部構成となっている。

そしてここからが記事本題の「決算短信のHTML化」に関する話となる。決算短信のシステムの裏側を見ると、主に数字情報を扱うサマリー情報と財務諸表はXBRLというファイル形式で開示されている。XBRLとは、簡単に言えば「機械が即時に情報を分析・抽出しやすいファイル形式」であり、ニュース配信機関による素早いニュース配信を支える形式となっている。

「一方、数字ではなく主に文章が記載されている定性的情報はこれまでPDF形式のみで開示され、機械が自動で読み込むにはさまざまな不便がありました。例えばPDFは、人が読むには読みやすいファイルですが、機械にとっては、どこからどこまでが1文章であるのか、どこからどこまでが表形式のデータであるのかなどを判別することが難しく、必要な情報を適切に抽出できないといった問題があります。また、日本語の資料を機械翻訳にかけてから参照する海外の投資家などにとっても、文章をコピー&ペーストすると改行部分で文が途切れたり、文字と文字の間に入ったスペースを反映してしまったりということが起きるため、正しく翻訳ができず扱いづらいファイルとなっています」
そのため、速報で流せる定性的情報は限られていたという。しかしなぜ、定性的情報もXBRLにしなかったのだろうか。そこにはこんな理由がある。

「XBRLでは各企業のデータを比較しやすくするため、『この部分にはこの項目を入力する』といった様式が細かく定められており、表現方法が定型化されています。一方で、定性的情報は、業績への見解などを経営者の言葉で、自由な表現で語っていただくことが重要であり、特に決算短信は速報性があり株価が動きやすく投資家の注目も高いからこそ、本当に伝えたいことを伝えられなくなるリスク、間違った解釈を生むリスクは避けたいという考えがありました」

加えて、決算短信は速報性を重要視しているからこそ、定性的情報はPDFの開示のみという、上場企業にとってシンプルな手続きとしている。

「とはいえ、PDFでは定性的情報をスピーディにニュース配信することや国内外の投資家が分析することが難しい実情があります。その課題を解決するため、上場企業の作業負荷も考慮しつつ、機械的に読み取りやすく、かつ経営者の言葉で語れる形式を模索してきました。そうして行き着いたのが、定性的情報のHTML 化です」

個人投資家の得られる情報を豊かにし、格差を埋める


本記事のテーマである「決算短信のHTML化」とは、定性的情報のHTML化のこと。ほかのサマリー情報や財務諸表は従来通りXBRLとなる。

「HTMLは、どこからどこまでが1文章かなどを目印(HTMLで一般的に利用されるタグ情報)で把握できるので、PDFよりも、機械が自動で情報を抜き出しやすい構造になっています。また、表形式のデータについても、HTMLの方が行や列を機械が認識し表を読み取りやすくなっています」

定性的情報をHTML化することにより、ニュース速報では伝えにくかった定性的情報が素早く投資家に届きやすくなるほか、機械的な分析を行う投資家自身の利便性向上に繋がることを期待しているという。それは個人投資家にとってもメリットになると斎藤さんは考えている。

「近年、企業業績などのデータを機械で収集・分析して投資に活用する動きは、個人投資家の方々の中でも広がっています。また、速報に載る定性的情報が増えることで、特別な技術やシステムを持たない個人投資家の方にとってもいち早くその情報を投資戦略に役立てられるのではないでしょうか」

技術やシステムを持つ機関投資家に比べ、個人投資家はどうしても得られる情報が少ないイメージがあるが、今回の取り組みはそういった情報格差を埋めることにもつながるかもしれない。

すでにHTML化の実装は行われており、JPX総研では、2021年12月の決算短信から同意企業について、定性的情報をPDFに加えてHTMLでも開示する実証実験を行っている。すでに、累計で上場企業の約6割、2,400社超が開示しているが、斎藤さんは「上場企業自身にも賛同いただき、可能な限り全社の開示を目指したい」と話す。

「HTMLで開示する場合も、基本的に上場企業の決算短信作成に係る作業は増えない形にしています。とはいえ、HTMLとPDFの両方のファイルを念のためチェックする手間や、そもそものHTML化の意義の浸透不足により開示に踏み切っていない企業も多いのが現状。私たちがその意義を積極的に伝えることで、開示企業を増やしていきたいですね」

ちなみに、金融庁のEDINETによる開示は今後、半年に一度へと変更される方向で議論が進んでいる。そのため、引き続き四半期ごとに開示されるTDnetの決算短信はより重要になる。「この点でも今回のHTML化は意義深い」と斎藤さんは言う。

「今後という意味では、定性的情報を機械処理しやすくなったことで、その情報をもとにした投資家向けアプリやサービスを開発する企業が出るとうれしいですね。個人投資家の方の選択肢や情報を増やすことになるでしょう」

斎藤さんの所属するフロンティア戦略部は市場の高度化やDXを進める部署であり、個人投資家のデータ活用促進にも力を入れてきた。HTML化もその1つ。個人投資家に届くデータや情報をより豊かにするための取り組みといえる。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年5月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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