欧米ではブームがやや沈静化
「マイクロ多重債務」にどう対処するか。マネーフォワード瀧 氏の語る、BNPLの普及における強みと懸念
ここ数年で一躍ホットワードになった「BNPL」。これは「後払い決済サービス」を意味する言葉であり、おもに消費者がECで購買した際、決済代金をその場で支払わず、いったんBNPL事業者が立て替えて、消費者は後日代金を一括もしくは分割で支払うものだ。東証マネ部!の連載「新しい金融のカタチ」でもBNPL特集を行い、これらの仕組みやサービスを取り上げてきた。
国内でもBNPLが増える一方、手軽に利用できる分、特に若者が負債を抱えやすくなるのでは?と危惧する声もある。また、先行していたアメリカではBNPL事業者の株価が大きく下落するなど、かつての熱狂は沈静化しつつある。その中で今後、BNPLは日本でどう普及していくのだろうか。
そこで今回、マネーフォワード執行役員 CoPA(Chief of Public Affairs)であり、同社Fintech研究所長を務める瀧俊雄氏に取材。BNPL特集の最終回として、このサービスのこれからの可能性や課題について展望してもらった。
クレジットカードと異なる「BNPLの裏側」は大きな長所に
欧米で始まったBNPLブームだが、日本でも確実に普及が進んでいる。たとえば矢野経済研究所の調査(※)によると、BNPLの市場規模は2021年度時点で1兆820億円と推計。瀧氏は「この調査を見る限り、短期間にそれなりの市場規模を形成した印象です」と話す。
※矢野経済研究所「後払い決済サービス(BNPL)市場規模推移・予測」(2023年3月発表)
同調査によると、国内のBNPL市場は2026年度に約2兆円の水準にまで拡大すると見られている。とはいえ、日本では実質的に後払い決済と変わりないクレジットカードが広く普及しており、欧米でBNPLの人気を生む要因となったカードの審査や取得に困る人は少ない。そんなこの国で今後BNPLはどう普及するのか。
このテーマを考える上で、瀧氏はBNPLが持つ「クレジットカードとの大きな違い」が鍵になってくるという。
「違いとは、BNPLがクレジットカードで言うところの『イシュア(カード発行会社。決済するユーザーとの接点になる)』と『アクワイアラ(加盟店管理会社)』の両方を兼ねている点です。そのためBNPL事業者は、ユーザーが何を買ったか把握しており、その購買履歴をもとにユーザーの嗜好に合いそうな加盟店舗を紹介できる。果物をよく買うユーザーに、ほかの果物店をプロモーションするといったことが可能なのです」
クレジットカードの場合、VISAやMasterCardといったブランドのもと、イシュアとアクワイアラがそれぞれ存在するのが一般的。お店の売場から決済まで、一気通貫でマーケティングできるのはBNPLの差別化要素と言える。
「両方を押さえていると、お店の客足が鈍い時間帯や在庫処分が必要なときに、BNPLのサービスを通じてリアルタイムでクーポンを出すことなども可能。クレジットカードに対する強みとなるでしょう」
BNPLをより一層普及させるには、上記のような強みを活かしたキャンペーンを“広範な店舗”で行うことが重要になる。それができなければ、キャッシュレス決済の戦国時代に生き残るのは難しい。だからこそ「BNPL事業者の幅広い加盟店開拓が求められます」と瀧氏は指摘する。
アメリカは規制を強める構えか。背景にある若者の使い方
一方、BNPLの普及を考える上では“懸念”もあるという。一足先にその懸念が現実化しているのがアメリカだ。瀧氏はこう説明する。
「アメリカではBNPLが乱立し、1人のユーザーが複数のBNPLを使うことも珍しくなくなりました。しかも基本的に手数料が少ないため、若者が日常的な少額の買い物で使うケースも増加。すると、1人のユーザーが複数のBNPLでそれぞれ少額の負債を抱える“マイクロ多重債務状態”となり、いまの負債の全体像を把握できない、あるいは管理できないケースが出てきたのです。1カ月前の日用品の買い物の請求が後から来ても、それを克明に覚えている人は少ないはずですから」
こういった背景から、アメリカではBNPLに対して消費者保護の観点で規制を強める動きが高まっているという。
もともとBNPLは、おもに若者が高額商品を買う際に、後払い・分割払いにすることで「ユーザーに購買力を付与するものとして普及した」と瀧氏。そしてそれは、販売する店舗にとってもメリットになる。金額の高さを理由に購入をやめるケースを減らせるからだ。BNPLはクレジットカードに比べて店舗側の手数料が高いが、それだけの手数料を支払ってでも使う価値が店舗側にもあるのだ。
しかし欧米では、BNPLが普及する中で少額かつ日常的に使う形が増えてきた。結果、マイクロ多重債務状態が起き、問題視され始めている。この問題を解決するには「各BNPLを統合したユーザーの負債総額や返済スケジュールを確認できる方法を設けることも必要では」と考える。
「借金や負債は、目的と計画性があれば有意義なものだと思っています。たとえば留学のため、新しい何かを購入するため、あるいは、新卒の方が上京して一人暮らしで仕事を始めたとき、初任給が出るまでの1カ月は生活費や交通費の捻出が難しくなる。その期間における借金は有効ですし、お金のせいでチャレンジできない世界よりずっと良いでしょう。問題なのは、目的や計画性がないまま借りている状態です。だからこそ、上述したマイクロ多重債務状態を引き起こすのは望ましくありません」
この懸念に対処していくことも、BNPL普及では重要だろう。まとめると、イシュアとアクワイアラの両方を押さえているメリットを有効に使い、一方でマイクロ多重債務への対策を取る。これがBNPLのこれからを考える上でのキーポイントと言えそうだ。
なお、それらを叶えたとしてもBNPLがクレジットカードとシェアを逆転するのは考えにくいというのが瀧氏の意見。「先行するアメリカでも、社会全体で見ればあくまでクレジットカードが多数派」とのことで、クレジットカード決済の一部分がBNPLに置き換わる形が現実的かもしれない。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
記事の内容は2023年5月現在の情報です