世界共通語「ESG/SDGs」

環境問題・社会課題の解決を目指す“事業”に投資するという選択肢

【ESG投資を知る】格付会社の評価本部長が伝える“債券でESG投資をする方法”

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「ESG投資」というと、事業を通じて環境問題や社会課題の解決に取り組む企業の株式やそれらをまとめた投資信託を購入する手法がイメージされるが、グリーンボンドやソーシャルボンドと呼ばれる債券を購入することでも実践できる。

グリーンボンドは環境問題、ソーシャルボンドは社会課題、それぞれの解決につながる事業(プロジェクト)の資金調達のために発行される債券のこと。

日本でいち早く、国内のグリーンボンドやソーシャルボンドの評価を始めたのが日本格付研究所。ここでサステナブル・ファイナンス評価本部長を務める梶原敦子さんに、ESG投資での債券の活用法や日本の現状について聞いた。

“環境・社会課題解決を目指す事業”に投資するグリーン・ソーシャルボンド


――日本格付研究所では2017年10月にサステナブル・ファイナンス評価本部が立ち上げられていますが、そもそも世界的に企業のESGに関する評価はどのように始まったのでしょう?

「海外、特に欧米では宗教的な理由からアルコールやギャンブルには投資しないなど、金融行動と倫理に関連性があったこともあり、責任投資の動き出しも早く、1990年代にはCSR(企業の社会的責任)と企業価値の関連性に着目し、ESG投資もスタートしました。

日本は金融行動と倫理を掛け合わせる文化がなかったため、2004年頃にCSRの考え方が入ってきた際も、事業と切り離した慈善事業を行う企業がほとんどでした。利益の一部を使って植林をするようなイメージです。ESGという考え方もまだありませんでした」

――日本企業がESGに注目し始めたのは、いつ頃ですか?

「2014年の日本版スチュワードシップ・コード(※)公表をきっかけに、企業は環境面・社会面・ガバナンス面において、どのようなリテラシーを持って事業を進めていくか、考えるようになったといえます。事業活動を通していかに汚染物質やCO2を減らすか、社会課題を解決するかというところに目が向き始めたのです。

それまでは、株主に利益を還元するという観点から、コストは減らすべきと考えられていました。深夜営業の人員を2人から1人に減らす、エネルギーを電気から安い重油に変えるといったことが挙げられます。しかし、人員を2人にすることでワンオペの問題を解決したり、重油から電気に変えることで環境負荷を減らしたりすることで、一時的にコストは増えるものの、長期的には企業価値が上がるというロジックが企業に浸透してきています。

株主に対しても『いまこの取り組みをしないと、将来的に売上や競争力が落ちる』と説明できるようになり、日本でもESGの考え方が広まりやすくなっているのです」

※日本の上場株式に投資する機関投資家が「責任ある機関投資家」であるために有用と考えられる諸原則を定めたもの

――その流れを受けて、日本格付研究所でもサステナブル・ファイナンス評価本部が立ち上げられたのですね。

「最初は機関投資家のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRI(責任投資原則)に署名し、株式でのESG投資を始めました。その後、日本のマーケットに入ってきたグリーンボンドやソーシャルボンドの格付として、我々はサステナブル・ファイナンス評価を行っています。

ESGとサステナブル・ファイナンスはやや性質が異なります。ESGにおける評価は、企業の活動全体における環境・社会・ガバナンスの総合的な診断です。一方、我々が行っているサステナブル・ファイナンス評価は、ひとつの側面に寄ったものというイメージ。というのも、グリーンボンドは環境問題、ソーシャルボンドは社会課題の解決を目指す事業に投資するものだからです。

例えば、石油会社が主軸となる事業を再生エネルギーに転換すべく、大規模な資金調達が必要となった際に、グリーンボンドを発行します。企業活動全体ではなく、その事業単体を評価していくのが、我々の行うサステナブル・ファイナンス評価というわけです」

グリーン・ソーシャルボンドから見えてくる“国内企業の可能性”


――日本格付研究所では、グリーンボンドやソーシャルボンドをどのように評価しているのでしょう?

「国際資本市場協会(ICMA)が発行している『グリーンボンド原則』『ソーシャルボンド原則』『サステナビリティボンド・ガイドライン』、ローン・マーケット・アソシエーション(LMA)及びアジア太平洋ローン・マーケット・アソシエーション(APLMA)ならびにローン・シンジケーション&トレーディング・アソシエーション(LSTA)が公表している『グリーンローン原則』『ソーシャルローン原則』、日本の環境省が公表している『グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン』『グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン』に適合しているかどうかという観点で評価しています。

ただ評価するだけでなく、各団体が発行するグリーンボンド・ソーシャルボンドの内容を投資家に理解してもらうため、定量的にわかりやすく解説した評価レポートを提供することも我々の役目です」

――原則やガイドラインとの適合度は、どのように調べるのですか?

「グリーンボンドやソーシャルボンドを発行する企業や団体へのインタビューや提出していただいた資料の精査を行い、必要な場合は事業の現場に伺うこともあります。

例えば、岩手県が2023年7月にグリーン/ブルーボンドを発行する予定なのですが、その調査の際には漁港を見に行きました。ちなみに、ブルーボンドとは、海洋保全や持続可能な漁業支援といった事業のために発行される債券のことです。

東日本大震災によって寸断された漁港の整備にあたり、森・川・海のつながりを意識したプロジェクトを企画し、森林の保全や水産資源の維持と回復、持続可能な漁業につなげたいとのことでしたので、実際に現状を拝見したのです」

――ひとつの団体のレポートにかなりの労力がかけられていますが、すべてのグリーンボンドやソーシャルボンドを調査するのですか?

「基本的には、発行する団体からの依頼を受けて、調査に動きます。すべては追いきれませんし、団体側が協力的でないと調査に必要な情報が得られないので、依頼を受けてから進めるという形で調査を行っています」

――調査の結果、課題解決につながらないという結論が出るケースもありますか?

「グリーンボンドやソーシャルボンドによって得た資金をもとに進めるプロジェクトという未来の事業の調査なので、難しい部分もありますが、資料や現場を見てリスクがあると判断したら、評価を出さない決断をすることもあります。

これは仮の話ですが、再生エネルギー事業のために太陽光パネルを設置する場所に関して、地域住民の了解が得られていなかったり、大雨で流されてしまう可能性があったりする場合、果たして評価していいのかという判断になる可能性があります。資金を出す投資家のことを考え、しっかりと調査し、判断することが我々の務めだと思っています」

――ちなみに、日本でESG投資はどの程度進んでいるのでしょうか?

「『Global Sustainable Investment Review 2020』によると、ヨーロッパやカナダ、オーストラリア・ニュージーランドは投資額全体におけるESG投資の割合が40~60%程度で推移している一方、日本は2016年時点で3.4%でしたが、2018年に18.3%、2020年に24.3%と、着実に増えてきています。

国別に取ったグリーンボンドの発行額も、日本はもともとランク外だったところから2020年頃にトップ10入りし、いまは7~8位まで来ています。日本は動き出すと早い印象があります」

――日本は欧米と比べてESG投資が遅れているという話を多く聞きますが、いままさに動き出しているところなんですね。

「そうですね。ESGに関心の高いヨーロッパでグリーンボンドを発行するのは金融機関がメインですが、日本では製造業も積極的にグリーンボンドを発行するなど、裾野が広いのが特徴です。

日本の自動車メーカーに目を向けると、ハイブリッドに力を入れたことでEV(電気自動車)が遅れている印象を持たれていますよね。しかし、もっと細かく見ていくと、外国のメーカーのEVの最高級の車載電池には日本の工場の技術が使われていることがあり、その工場がグリーンボンドを出していたりするんです」

――グリーンボンドを見ていくことで、日本企業もまだまだ可能性を秘めていることに気付けるというわけですね。

「そうなんです。サステナブル・ファイナンスの領域では、スタートアップを育成しようという動きも出てきています。すごい技術を持っている人や企業を支援するため、金融機関がソーシャルボンドを発行するなど、零細企業を育てることで社会課題を解決しようという視点の投資が日本でも進み始めているのです」

個人投資家が債券でESG投資をする方法


――グリーンボンドやソーシャルボンドでの投資は、個人投資家もできますか?

「個人投資家向けのグリーンボンド、ソーシャルボンドも出てきています。例えば、小田急電鉄の『小田急ゆけむりグリーンボンド』や東京建物の『東京建物Brilliaサステナビリティボンド』など、身近な企業や団体が発行しているものもあるので、調べてみると面白いと思います。

団体によって出している情報や資料の体裁が異なり、内容を理解しづらい部分があるので、個人投資家向けのものに関しても我々が評価レポートを提供しています」

――客観的な情報が得られるのはありがたいですが、どのような部分をチェックするといいでしょう?

「難しいかもしれませんが、投資することでその団体がどう変わるかということを考えてみてください。ESG投資は、適切なリターンを得て初めて社会的便益を伴います。慈善事業ではないので、団体が潤いつつ、投資家も潤うものであるべきです。グリーンボンドやソーシャルボンドを通じて事業に投資することで、どのようなベネフィットが生まれるのか。さらに投資先の売上や株価が上がり、投資家である自分も利益を得られるのかという部分は、冷静に見てほしいですね」

――グリーンボンドやソーシャルボンドでの資金調達によって、株価も上がる可能性があるということでしょうか?

「その相関については、研究を進めているところです。ただ、アメリカでは女性活躍指数と株価に相関関係があるというデータが出ていたり、日本でも環境に配慮した建物は配慮していない同等の建物と比べて不動産価値が高くなっているという実績があったりします。環境問題や社会課題への取り組みと株価の相関の片鱗が見えてきているといえるでしょう。

投資家の皆さんには、本業に根付いて環境・社会課題の解決を目指している企業や団体を見つけてもらい、今後の新しい構造転換におけるチャンスをつかんでほしいと考えています」

企業や団体の事業に着目し、投資先を決められるグリーンボンドやソーシャルボンド。ESG投資初心者こそ取り入れやすい手法といえるかもしれない。まずは、さまざまな債券の評価レポートをチェックしてみよう。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)

お話を伺った方
梶原 敦子
日本格付研究所 常務執行役員兼サステナブル・ファイナンス評価本部長。海外経済協力基金(現国際協力機構)、米国ウィスコンシン大学マディソン校修士課程を経て、2000年に日本格付研究所に入社。中南米・東欧・国際機関等のソブリンアナリストを経験した後、2017年からサステナブル・ファイナンス評価業務に従事。金融庁・経済産業省・環境省共管トランジション・ファイナンス環境整備検討会及び環境省ポジティブインパクトファイナンスタスクフォースの委員なども務める。
著者サイト:https://www.jcr.co.jp/
著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。
用語解説

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