【三宅香帆の本から開く金融入門】

日本の金融の歴史と未来についての理解が深まる本『金融サービスの未来 社会的責任を問う』

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銀行に預けておけば、安心?

お金がなくては、生きていけない。

――ということを、私たちは子どもの頃から理解している。

もちろん、その理解の程度は人によって異なる。子どもの頃からお小遣いの範疇で何かを買おうとして、「何を買うにも、お金がかかる」ことを理解している人もいるだろう。一方で、ひとり暮らしを始めて、「はじめて分かったけど、こんなに生きることってお金がかかるのか」と痛感する人もいるだろう。

しかしそれでも、基本的に、お金がなくては生きていけない。というのが、今の社会の常識である。

社会全体にしても同様だ。お金がないと、企業も政府も、やっていけない。家庭のみならず、どの団体においても、社会で何かしら行動を起こそうとしたとき「予算」と縁遠くいられる人は少ないはずだ。

それは、人間が生きていくのに、酸素が必要であることと同じようなことだ。酸素を吸って二酸化炭素を排出するのが人間の営みであることと同様に。私たちはお金を使って、他人とコミュニケーションを取り、そして何かを生み出している。

だが、その「お金」を取り扱っている場所について、深く考えたことはあるだろうか?

たとえば酸素は心臓によって血液中に送り出される。同様に、お金は金融機関によって社会に行き渡る。

社会にとって、心臓並みに重要な部位が金融機関である。……なのに、私たちは金融機関のことを深く知る機会をあまり、持っていない。

もちろん金融機関に勤めていたり、身近に関係者がいたりするなら別だ。しかしほとんどの人は、銀行は「何か必要があったら行く場所」であり、「とりあえずお金を預けている場所」なのではないだろうか。

とりあえずお金は、銀行に預けておいたら、安心だ。投資するときも、銀行を介せば、問題ないだろう。

銀行のことをあまり知らずとも、そんなふうに考えている人は多いはずだ。

だがそれで本当にいいのだろうか? 銀行という機関について、もっと私たちは理解すべきではないのか?

本書を読んで、私はしみじみそう思ったのだ。
『金融サービスの未来 社会的責任を問う』(新保恵志/岩波書店)は、金融サービスの今後について綴った新書である。

銀行だけが、金融サービスではない?

著者は一橋大学経済学部を卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に入行、その後住友信託銀行に入社……という経歴を持つ。つまりは銀行でずっと働いてきた人だ。

しかしそんな著者は、述べる。今後、日本で「金融を支える主体」となるのは、「銀行や信用金庫など金融機関とは限らない」かもしれない、と。

今、金融の世界ではフィンテックの技術を用いて、様々な金融サービスが銀行以外の他業態から提供されています。決済や資産運用のみならず、融資すら他業態からの攻勢にさらされています。このような流れの中で、果たして、銀行が利用者に対して比較優位性のある魅力的な金融サービスを提供することは可能なのでしょうか。
経済社会全体にとって金融は重要な分野ですが、フィンテックの動向を概観すると、金融を支える主体が銀行や信用金庫など金融機関とは限らない、とも言えるかもしれません。そして、そのような時代が迫りつつあるのかもしれません。
(新保恵志「はじめに」『金融サービスの未来 社会的責任を問う』岩波新書、岩波書店)

銀行に勤めていた著者が、「金融サービスの主役は銀行じゃなくなるかもしれない」と感じているのは、一体、なぜなのか?

そこにはどんな過去があり、そして今後必要になってくるサービスはどのようなものなのか?

本書はわかりやすくそれを説明してくれる。

前半は、「スルガ銀行事件」「新銀行東京事件」「ゆうちょ銀行(預金)不正引出事件」などの不祥事、そして金融商品販売にまつわるトラブル、また手数料の是非について主に解説している。

そして後半は、金融サービスを取り巻く環境の変化、そこから考える個人・企業向け金融サービスの未来について主に論じるのである。

身近な話題から始まる「金融」の未来

投資をいざ始めてみると、「手数料、意外と高い!」と感じる人は多いのではないだろうか。

いや、投資をしていなくとも、たとえば銀行の振込手数料や、ATMの利用手数料に驚いたことのある人は多いだろう。ひとつひとつの手数料は大したことがなくとも、想像以上に積み重なってびっくりした、という経験を私はしたことがある。

しかしこのような「手数料」についても、今、さまざまな議論がなされているのだと著者は言う。

たとえば投資信託のような商品について。信託報酬や運用手数料は、せめて運用に成功したとき――基準価額が最高値を更新したときのみに金融機関に払うのでいいのではないか、と著者は提言する。

考えてみれば、金融機関が運用に失敗し、手数料まで取られていては、なんのためにお金を預けたのか、ということになってしまう。実際、販売手数料や信託報酬を支払う必要のない投資信託もあるとのことだ。気になった方は、ぜひ本書を読んでみてほしい。

あるいはAIによる金融サービスへの影響、キャッシュレス決済についてなど、身近な話題から本書は「金融サービスの未来」を見ていく。

このように、私たちが普段金融サービスを使用していて、ユーザー目線で「これってどうなってるんだろう?」と少しだけ気になる話題から議論を始めてくれているので、本書はとても読みやすい。そして、今後やってくる未来についても、興味を持てるような構成になっている。

金融について知ることは、社会について知ることでもある

本書を読むと、「ただ銀行にお金を預けて、銀行の人が言うとおりに貯金したり運用したりしていたら安心」という態度が、いかに危険なものだったかを、身にしみて分かるようになる。もちろん貯金や運用そのものが悪いわけではない。しかし思考停止せず、まず、今はさまざまな金融サービスがあることを知っておくだけでも、今後起きるであろうさまざまな危機、つまりリスクへの備えになるだろうな、と思うのだ。

著者は「お金こそが経済の好不調を決めるのだ」と述べる。しかしそのお金を扱う金融機関が不祥事を起こしたり、投資信託の運用を失敗してしまったりしたことで、社会や経済への損害はとても大きいものになってしまったのだ、と続ける。

金融サービスは“縁の下の力持ち”的存在だと思います。縁の上には個人や企業、そして社会が存在します。金融サービスによって、マネーは社会の中で回ります。資産余剰部門から資金不足部門にお金がスムーズに移動すると、企業の成長が期待され、経済成長の好循環が生まれる可能性が高くなります。マネーの流れが経済の好不調を決めると言っても過言ではありません。
しかし、現実には金融機関が窓口で預金者に大量の投資信託や保険商品を販売し、結果として預金者は大きな損失を被ってしまうということが起こってしまいました。(中略)これをマネーの流れという観点から考えると、異なる視点が生まれます。投資信託や保険商品などに流れたマネーの一部でも、中小企業やベンチャー企業に流れたらどうなっていたであろうか、という視点です。
(「あとがき」『金融サービスの未来 社会的責任を問う』)

私たちは、投資などを通して、企業を応援する術を持っている。そして私たちの稼いだお金もまた、私たちの社会を豊かにするために使っていくことができる。

ならば、はたしてどのようにお金を使っていくべきか。今後どのように金融サービスと関わっていくのか。そんなことを考える契機に、本書はなってくれる。

金融サービスという、社会の心臓のような存在についての理解が深まる本。それは、私たちの生きている社会や、私たちに影響を与えている仕組みについて、ちゃんと知ることができる本でもあるのだった。

著者/ライター
三宅 香帆
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程退学。会社員生活を経て、現在は文筆家・書評家として活動中。 著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』などがある。近著『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』が23年6月発売。今年フリーランスになったことをきっかけに、お金の勉強を始めている。
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