マネ部的トレンドワード

海外から参入しにくい、日本という大きな市場

日本は内視鏡AIで勝ち目あり。「デジタルヘルス」の輪郭とこれからの見込みを探る

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市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。デジタルヘルス編1回目の本記事では、この分野の全体像や、その中でも特に伸びていきそうなサービス、日本での普及の道筋などを考える。

医療にもデジタル化の波が起きている。AIを使ってがんを早期発見する、オンラインで遠隔診療を行うなど、テクノロジーによって医療を進化させる動きが盛んだ。「デジタルヘルス」と呼ばれるこの領域は、今後どのように広まっていくのか。さまざまな技術が登場しているが、なかでも普及が見込まれる“期待のサービス”はあるのか。

そこで取材したのが、日経メディカル編集長の山崎大作氏。デジタルヘルスの全体像とこれからの可能性について尋ねた。

デジタルヘルスとは、質・アクセシビリティ・コストを改善するもの


明確な定義があるわけではないが、デジタルヘルスをひとことで言い表すなら「デジタルを用いて医療やヘルスケアを改善するもの」だと山崎氏。さらに中身を細かくすると、以下のような解釈になるという。

「医療を構成する3つの重要な要素、すなわち質・アクセシビリティ・コストのいずれかをデジタルで改善するものと考えると良いでしょう。診療や治療の“質”を上げる、どれだけ容易にその医療にたどり着けるかという“アクセシビリティ”をよくする、そして“コスト”を下げるという意味です」

デジタルヘルスの具体例を挙げると、AIによるレントゲンや内視鏡の画像診断、患者のリハビリや運動療法などに使う治療用アプリ、チャットを使って健康相談ができるサービス、遠隔診療などがある。日々の健康管理を目的にしたスマホアプリも含まれるだろう。

「そのほか、デジタルを使った創薬支援や、電子カルテのような医療機器自体のシステム改善も、広い意味でのデジタルヘルスとして扱われます」

さまざまな技術が登場する中、とりわけ直近で伸びる可能性を秘めているのが「AIの画像診断」だという。

医療機器が高度になり、患者の体内画像を多様な手法で取得できるようになった。医師は一枚一枚丁寧に見て、異常を発見する「読影」を行う必要がある。その作業をAIが高度かつ高速に支援するイメージだ。たとえば、がんの画像データを大量に学習したAIが、患者の画像からそれらしきものを検出するなど。内視鏡やCTスキャン、レントゲンなど、それぞれの画像診断支援技術が開発されている。

「医師の読影をAIがサポートすることで、質を担保しつつ人の負担を軽減することが期待できます。2024年度からは、国が進める『医師の働き方改革』により、年間労働時間の上限が960時間になることも追い風です」

ニーズがある分、世界中で開発競争も進んでいる。全体で見ると日本はやや遅れ気味とのことだが、その中でこの国が強いのは「内視鏡」の画像診断支援。「日本はもともと内視鏡機器のシェアが大きく、画像診断支援でも世界で勝負できるポジションにいます」。

一方、これらの普及でカギになるのが、AI画像診断支援ソフトを診療報酬の対象に含めるかという点。簡単に言えば、保険適用の範囲内にするかということだ。現状は診療報酬がつかない製品が多いため医療機関が収益を上げにくく、導入する上でハードルになっている。かといって、保険で認められるには大きな試験が必要になるため、ベンチャー企業では手掛けにくい。

「この点はすでに国で議論が進んでおり、今後はプログラム医療機器に“仮免許”を出して、早期に診療報酬を付ける仕組みができると期待されています」

画像診断支援の他にもう1つ、山崎氏が期待するのはVR(仮想現実)を使ったリハビリだ。患者がヘッドセットをつけて仮想空間に入り、ゲームなどを楽しみながら体を動かす。

「リハビリ自体の“質”を高めるだけでなく、薬などでは代替できない効果が見込めるのではないでしょうか。画像診断支援に比べるとまだこれからの領域ですが、現場での活用は少しずつ進んでいる印象です」

海外から参入しにくい日本市場は魅力。医療環境の変化も追い風か


今後この領域の市場はどうなっていくのか。山崎氏は「日本においては、基本的に国内企業が有利になるのでは」という。

「なぜなら他国との医療制度に大きな違いがあり、サービスによっては簡単に海外から参入できないためです。世界有数規模の日本市場で、海外勢の脅威がないのは魅力的でしょう」

対して、チャットを使った健康相談や健康管理用のアプリなどについては、この国ならではの普及のハードルもある。それは「現状の医療サービスの満足度が高すぎること」だ。

「日本はアメリカのように医療費が高いわけではなく、国民皆保険があるので負担は軽い。アクセス面を見ても、至るところに医療機関が存在し、大学病院でも自由に受診できます。これほど患者にとって医療制度や環境が恵まれている国は世界にありません。現状に不満がない分、一般生活者がデジタルによる改善ニーズを感じにくいとも言えるのです」

ただし、近年は医療費の高騰が起きており、保険制度もこれから変わっていく可能性は高い。すると「予防にお金をかける心理や、医療費を削減するための技術が必要とされる動きも起きてくるでしょう」と付け加える。

医療についてはある意味で“平和”だった日本だが、少子高齢化の中で財源の確保が難しくなるなど、今後は厳しい未来が予想される。それはデジタルヘルスのニーズが高まるきっかけにもなるかもしれない。

少なくとも、これから存在感が増していくのは間違いないデジタルヘルス。次回以降、実際にサービスを提供する企業に取材し、より詳細に迫っていく。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年8月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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