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中国不動産市場の最前線

キーワードは「保交楼」と「認房不認貸」

提供元:東洋証券

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伸びない販売、増える在庫

中国の不動産業界で販売不振やデフォルト(債務不履行)問題などが話題になって久しい。不動産バブルの崩壊を懸念する声もあるほか、一部では金融危機に陥り、世界経済への影響も免れないという悲観論も出ている。それでは、中国の現場はどうなっているのだろうか。足元データや政策動向、現地市民の声を交えながら“不動産業界の今”を探ってみる。

筆者が2年前に訪れた河南省三門峡。黄河が流れる内陸部の街で、人口約200万人の典型的な地方都市だ。高速鉄道駅から車で10分ほど走ると、建設途中で放置されたマンションが見えてきた。不思議に思って眺めていると、「デベロッパーが逃げたんだよ」とチャーターした車のドライバーが説明してくれた。よく見ると、「我々の血と汗を返せ」などと書かれた抗議の垂れ幕が風になびいている。「爤尾楼(ランウェイロウ)」と呼ばれる未完成ビル。その最前線はあまりにも寂れていた。いわゆる“恒大問題”が大きく取り沙汰される直前のことである。このような状況は今でも各地で見られる。

住宅(マンション)市場の直近データを見てみよう。2023年1~8月期では、住宅開発投資額が前年同期比8.0%減、新規着工面積が同24.7%減と、「投資力」や「作る力」がさえない状況だ。販売面でも、面積ベースで同5.5%減、金額ベースで同1.5%減と不振。一方、竣工面積は同19.5%増と好調だが、この背景には後述する「保交楼」という不動産の引き渡し保証政策がある。

また、在庫面積は同19.9%増と、2015年以来の高い伸び率となっている。面積で言うと3億1366万平米まで積み上がっているが、直近最高の4億6635万平米(16年2月)よりは少ないレベルだ。とは言え、1戸当たり90平米で単純計算すると、実に約348万戸が売れ残っていることになる。

国家統計局の元副局長だった賀鏗氏は、9月23日に行われた「2023中国実体経済発展大会」の場で、「中国には30億人分の空き家がある。人口は14億人しかいないので、全部には住みきれない」と発言した。このような議論は以前からあり、様々な推計が出ているため、何が正しいとは一概に言えないものの、政府元高官による見解は重みや真実性がある。いずれにせよ供給過剰状態にあるのは間違いない。

引き締めから緩和へ、政策効果は来年以降か

さて、中国政府もこのような現状に対して手をこまねいているだけではない。今年7月以降に矢継ぎ早に政策を発表し、在庫消化と需要喚起に躍起となっている。ポイントをまとめると、(1)「保交楼」政策の継続、(2)「認房不認貸」の導入、の二つのキーワードが重要になってくる。

前者の「保交楼」は、不動産の引き渡し保証政策だ。デベロッパーの資金難で建設が中断していた物件について政府が完成と引き渡しを支援するもの。「早く作りなさい」とハッパをかけられてプロジェクトが順次再開している。

言うまでもないが、「建設は最後まで完成して引き渡す」のが当たり前。ただ、中国では資金不足などに陥るとデベロッパーや建設業者などが夜逃げ状態で消えてしまうこともある。必ずしも多いわけではないが、知人から同様の目に遭った経験を聞いたり、時として冒頭のような放置マンションを見かけてしまうので、肌感覚ではリスクは小さくないと言ったところだろうか。

保交楼は、未完成物件の不動産ローンの返済停止運動が社会問題化したことを受け、22年8月に実質スタートした。政策性銀行が2000億元規模の特別貸出を行い建設再開を後押ししてきた。住宅当局によると、同政策から1年が経ち、資金支援を受けたプロジェクトの再開率は100%近く、引き渡し物件数は165万戸超(全体の60%超)という。中国人民銀行(中央銀行)は8月17日付の報告で、保交楼政策を24年5月末まで継続すると表明。よって、来年前半までは建設再開・引き渡しが不動産市場の優先課題となるだろう。

(2)の認房不認貸は、一種の住み替え促進策と言える。「過去に住宅ローンを組んでいた場合でも、現時点で自分名義の不動産を持っていなければ、1軒目の住宅ローン頭金比率や優遇金利が適用される」という建付けだ。

中国では投機防止策として複数の物件購入時に金利負担などを重くするケースがあり、現状ではたとえ住み替えでも2軒目購入とカウントされコストが高く付いてしまう。それを今後は、住み替えならば初回購入とみなし、ハードルを下げましょうというもの。より広く新しい物件への引っ越し需要を喚起するのが大きな狙いとなる。

このほか、8月31日には中国人民銀行と国家金融監督管理総局が住宅ローン規制の一部緩和を発表した。やや煩雑になるが、まとめるとこのようになる。

◆住宅ローンの最低頭金比率
1軒目:30%⇒20%に引き下げ
2軒目:40%⇒30%に引き下げ

◆住宅ローン金利の下限
2軒目: 「5年物LPRより0.6%より高い水準」⇒「0.2%高い水準」に引き下げ
(1軒目は「5年物LPRより0.2%低い水準」との現行規定を維持)

※LPR(ローンプライムレート)=最優遇貸出金利の指標。9月末時点で4.2%

中国では投資対象は株式や不動産に限られるとよく言われ、住宅市場は投機マネーが過剰流入する事態に陥りやすい。また、価格上昇の背景には、都市開発に伴う不動産価値の上昇期待(値上がり神話)、結婚に際してマンション購入は必須という社会通念(剛性需求=堅い需要)、入学・進学時の居住エリア指定(進学校・名門校に入るためのマンション購入という行為に繋がる。これらの物件は「学区房」と称される)、など中国特有の理由がある。

よって、購入者の戸籍制限やローン金利の引き上げなど、日本では想像しにくい各種規制が導入されている。すでに有名になっているが、中国政府が掲げる「住宅は住むためのもので、投機の対象ではない」というスローガンは、中国ならではの不動産事情に鑑みてのことなのだ。

今後の流れをまとめると、保交楼政策を優先させて市民の不安を払しょくし、住み替え促進策や購入規制の緩和で需要を喚起し、とにかく市況が好転するのを待つ――とでもなろう。政策効果が現れるのはこれからなので、年内は不動産関連の統計がどう変化(改善)していくのかを見極めたい。一部都市では不動産販売が伸びているとのデータもあるが、継続性は不明だ。

筆者の知り合いも慎重な姿勢を示す人が多い。住み替えを考えている30代の夫妻は「とりあえず様子見」とのこと。実際、政策緩和を手放しにポジティブ視せず、周りを見ながら行動する、という人が多い気がする。また、30代の独身男性は、「金利低下と言っても、マンションが3割引になるわけではない。価格はまだ高いよ」と苦笑いしていた。このような声はネットの書き込みでもよく見られる。

不動産市場の好転は緩やかなペースとなり、各指標が揃ってプラスに転じるのは来年以降との見方が大勢を占める。新型コロナ禍の下での過酷なゼロコロナ政策などを経て、市民の間には「生活防衛ムード」が高まっている。貯蓄志向の高まりも各種アンケートから読み取れる。このマインドが変化し、市民が消費や不動産にお金を向け始めることも市況反転の大きな要素になってくるだろう。

(提供元:東洋証券)

著者/ライター
奥山 要一郎
上智大学外国語学部卒。通信社、コンサルティングファームを経て、2007年東洋証券入社。2015年より上海駐在事務所所長。中国現地で株式動向のウォッチや上場企業取材などを行い、中国株情報の発信・レポート執筆を手がける。
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