Exchange & beyond~取引所をさらに進める~

手の届く価格で、高度な分析を可能に

データの民主化で個人投資家にもクオンツ取引を。「J-Quants API」開発ストーリー

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近年、データ分析をもとに取引を行う投資家が増えてきた。過去何年分の株価や業績といった数値を読み解いて売買の判断をしたり、そのデータを参考に、特定の条件がそろったら自動取引を行うアルゴリズムを構築したり。これらは「クオンツ取引」とも呼ばれる。

日本でこの取引を行うのは機関投資家が中心であり、個人投資家が実践するにはハードルが高かった。理由として、データ入手のコストが高額で、個人で負担するのは難しいことなどが挙げられる。

そんな中、個人も機関投資家と同じレベルでデータを分析し、クオンツ取引ができることを目標に作られたサービスがある。2023年4月に正式リリースされたJ-Quants APIだ。個人投資家が上質なデータを手軽に使えるようにしたものであり、その根底には「データの民主化」に対する思いがあるという。開発に携わったJPX総研 フロンティア戦略部 調査役の加地栄一郎さんと、同ITビジネス部の登木美結さんに話を聞いた。

意外なところからスタートしたサービス開発。きっかけはコンペ参加者の声


クオンツ取引は、欧米では個人投資家に広がっているものの、日本では「まだ機関投資家にとどまっている現状がある」と加地さんは言う。なぜ個人に広まらないのか。理由を尋ねると、以下の原因を指摘する。

「まず日本では、個人投資家が分析しやすい形でデータを取得できる環境が整っていないと言えます。さまざまな情報ベンダーから株価に関するデータは配信されているものの、フォーマットの統一性がなく、分析する手前で投資家がデータを加工して整える必要があるなど、細かな手間が発生するケースが見られます」

加えて、クオンツ取引を行うには高度なデータを各情報ベンダー(各種データ配信元)から購入する必要があるが、それらは数十万円を超えることも珍しくなく、個人が負担するのは簡単ではなかった。結果、資金力のある機関投資家が中心になっていたといえる。

このような状況に対し、なるべく使いやすいデータを個人投資家に提供し、データ分析やクオンツ取引を普及していこうとスタートした取り組みがある。それがJPX総研のJ-Quantsプロジェクトだ。そしてこの中で、冒頭で述べたサービスは誕生した。その経緯を登木さんが説明する。

「J-Quantsプロジェクトは2021年にスタートし、データ分析を使った個人投資家のコンペティションを定期的に開催してきました。参加者には課題と各種データが与えられ、それらを分析しながら回答を提出します。課題のイメージは『指定された銘柄の3ヶ月後のリターンを予測する』といったもの。実際はもっと細かな条件が加わり、なかには2万人以上が参加したコンペもありました。毎回非常に盛り上がったのですが、実はこのとき、コンペ参加者に向けて用意したデータ提供のシステムが好評で、今後も使いたいという声が聞かれたため、サービス化に至ったのです」

サブスクでつねに鮮度の高い投資データを取得できる


登木さんの言葉通り、コンペ参加者の“声”を形にしたのがJ-Quants APIである。ひとことで言えば、株式投資に関するさまざまなデータをAPIでユーザーが取得できるサービス。APIとは、サービスのソフトウェアやアプリ同士をつなげたり共有したりするもので、たとえばユーザーが自身のデータ分析ソフトとJ-Quants APIをつなげ、このデータが欲しいとリクエストするとその情報が届き、分析ソフトに取り入れられるイメージだ。

利用プランは4つあり、「無料」「ライト(1650円/月)」「スタンダード(3300円/月)」「プレミアム(1万6500円/月)」となっている。無料プランでは、過去2年間における各上場銘柄の株価四本値(※1日の始値、終値、高値、安値を表したもの)や、財務情報、決算発表予定日などが見られる。

有料プランになると配信データは増え、業種別空売り比率(スタンダード以上)や売買内訳データ(プレミアムのみ)なども対象に。データ提供期間も広くなり、プレミアムでは記録されている期間すべてのデータを取得できる。

「プレミアムプランは高額に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、いままで数十万円かかることもあったレベルのデータを、個人の方の手の届く価格帯で提供していると考えています。しかも従来はデータを買い切るサービスが多く、一度買ったデータはすぐに鮮度が落ち、また新たに買う作業が必要でした。今回は月額制ですので、いつでも好きなタイミングで、最新のデータを素早く継続的に取得できます」(加地さん)

このサービスは、データが配信されるまでのスピードも高い水準にあるという。たとえばプレミアムプランで提供される前場四本値(※9時~11時30分の「前場」における四本値をまとめたもの)について、「11時半に前場が終了した後、おおむね12時前には当日の数値を入れたものを配信しています」と登木さん。午前中の値動きをしっかりと分析し、その後の後場(12時30分~15時)の取引に役立てることが可能だ。

グループとしては珍しい「BtoCサービス」と「内製」にこだわった理由


日本取引所グループ(JPX)にとっても、このサービスの開発は大きなチャレンジだという。なぜならグループではほぼ前例のない、一般個人を対象にしたBtoCビジネスだからだ。「個人情報の取り扱いや料金決済の仕組みなど、一つ一つの構築が新しい試みでした。ここで作ったものは、今後JPXグループが個人の方に向けて他のサービスを提供するときに、必ず役に立つと思います」と加地さんは言う。

「サービスを作る過程では、使う方の欲しい機能をそろえたり、心地よさを徹底したりするなど、『ユーザー体験』にも気を配りました。とはいえ、皆さんの望む機能をすべて詰め込むと、開発時間も費用もかかります。そこで、正式ローンチ前のベータ版を運用する中で、ユーザーの方とコミュニティを作ったり、アンケートを行ったりしながら、使用感や要望をヒアリングして優先順位の高いものから実装していきました」(加地さん)

ユーザーのコミュニティは当初、チームコミュニケーションツールのSlack(スラック)で作られ、現在はDiscord(ディスコード)というアプリ上に「マケデコ」の名前で団体ができている。株やデータ分析に関するユーザー同士の会話も飛び交っており、初心者にほかのユーザーがレクチャーする場面も見られるという。

このサービスを作る上でもうひとつこだわった点がある。開発を外部に委託せず内製で行ったことだ。J-Quants APIの開発を担ったのは、2021年4月に誕生したJPXの「先端研究開発センター(通称:DigiMa Lab.=デジマラボ)」だった。加地さんと登木さんもそのメンバーである。

「DigiMa Lab.は、JPXグループがDX推進に力を入れるために設置された内製チームです。さまざまな部署のメンバーが集まっており、ここで内製のノウハウや知識をつけ、それを各部署に持ち帰ることで、グループ全体のDXが進んでいくと考えています」(登木さん)

この言葉に続いて、加地さんもJPXグループが内製力をつける意義を語る。

「内製力があるかどうかで、企業が新しいビジネスの種を育てて実現させるスピードは格段に変わります。グループ社員が取引所について誰よりも詳しいのはもちろん、そこに現代のビジネスの基盤となるITの内製力が加われば、日本の取引所をドライブさせる原動力になるでしょう」

データ分析をしない人にも、このサービスは新しい「投資の武器」になる


JPXグループとしては珍しいBtoCのサービスであり、内製で開発されたJ-Quants API。2人は改めて、このサービスがデータの民主化を進め、日本の個人投資家にクオンツ取引を広めることを望む。

「投資に興味がある方はもちろん、データサイエンスや統計に詳しい方にも使っていただきたいですね。データを入り口に投資の世界に入っていただくことで、日本の投資や金融に関わる人材が厚くなり、また市場も大きくなることを期待しています。さらに個人投資家以外の方からも問い合わせをいただいていますので、今後は提供範囲を広めていくことも検討していきます」(登木さん)

「データ分析やクオンツ取引をしていない方も、このサービスを使うことで投資の“武器”は増えると思います。たとえばSNSには投資に関するさまざまな情報が載っていますが、その真偽を確かめるのは簡単ではないこともあります。先日も日経平均が大きく上昇したとき、『外国人投資家が日本株を買っているのが要因』という情報がありました。J-Quants APIなら、投資部門別情報を見ればその情報が正しいか分析できますし、そこから自分なりの戦略を立てられるでしょう。世の中にあふれる投資情報が正しいかどうか、その見極めにも役立つはずです」(加地さん)

コンペ参加者の声をもとに生まれたJ-Quants API。内製で開発されたこのサービスは、日本の資本市場をより良いものにし、そしてまた、JPXグループにも大きな意味をもたらしていくに違いない。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年10月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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