【三宅香帆の本から開く金融入門】
この世の「戦略」を理解できるようになる一冊 『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』
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戦略って、何?
戦略、という言葉をしばしば私たちは目にする。
たとえばサッカーや野球についてのニュース。「今の○○監督は、××という戦略に重きを置いている」という言葉を聞いたことのある方も多いだろう。
あるいは受験勉強。先生が「まずはちゃんと戦略を立てて、計画性をもって勉強せよ」と言うこともあるだろう。
そして仕事。会社員をしたことのある方なら、一度は「今年の△△戦略を説明します」という声掛けを聞いたことがあるのではないだろうか? あるいは会社員としてではなくとも、株式投資の資料、あるいはニュースのなかで、「この企業の戦略とは」という見出しを見かけたことがある方もいるだろう。
戦略、という言葉は私たちの身近にある。
そして私たち自身も、その戦略を理解しようとしたり、時には自ら戦略を立てたり、誰かの立てた戦略の通りに動こうとしたりする。
しかし、考えてみてほしい。「戦略とは何か」と聞かれたら、どうだろう? 戦略とは何か。――案外答えられないのではないか。
本書『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』は「戦略」のことを、「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」でなくてはならない、と説く。
戦略ストーリーは、ビジネスモデルとは違う。ビジネスモデルは「どんな構成要素で利益を出すのか」を説くのに対し、戦略ストーリーは「構成要素がどういう流れでその事業を駆動させるのか」という時間的展開に注目する。後者は、映画を観るように、ストーリーでしか語ることができないものなのだ。
そういう意味で、戦略とは、ルールやゲームのようなサイエンス的世界観で理解するものではなく、アートに近いものなのだと思うべきだ、と。優れた戦略であればあるほど、その企業のその事業の文脈に埋め込まれた特殊解になる。だからこそ、一度論理化すれば、ほかの文脈に適用することができる。
本書は、さまざまな企業の戦略を、ストーリーとして論理化し、私たちに伝えてくれる本である。
具体的な企業のストーリーが、面白い!
本書の著者である楠木建さんは、一橋大学のMBAで国際企業戦略を専門とする先生。つまり一橋大学のビジネススクールで経営学を教えているのだ。それゆえに本書は、まるで面白い講義を受けているかのような、どんどん話を聞きたくなる構成になっている。本書そのものも、「面白いストーリー」に満ち溢れているのだ。
一見、本は分厚いし、値段も高い。けれど時間とお金を使って読む価値があるくらい、本書は「戦略とは何か」を知るのに最適な一冊となっている。
戦略は、競合他社との違いを作り、そしてその個別の違いを組み合わせて、つなげること。このストーリーこそが戦略である。著者はそう説く。そして具体例を、さまざまな企業の例で紹介してくれる。
たとえば、スターバックスのストーリー戦略。
スターバックスが売っているのは、コーヒーのように見せて、コーヒーを飲むことで生まれる「居場所」である。経営者はそれを「サードプレイス(第三の場所)」と呼んでいるのだが、つまりは家でもなく職場でもない、第三の居場所を人々に提供する、それがスターバックスのコンセプトだという。
ここまでは、しばしば耳にする話だ。
では、このスターバックスの「サードプレイス」を可能にした、ストーリー戦略とは何か。
それは、直営方式による店舗運営をしたことだ、と本書は言う。
スターバックスの戦略の本質
というのも、普通のコーヒーチェーン店は、「フランチャイズ方式」という形式をとることが多い。フランチャイズのほうが、初期コストもかからず、リスクも少ない、つまりは「楽に出店できる」からだ。
しかしスターバックスは、フランチャイズ方式を選択しなかった。あえて初期コストもかかる、さらにリスクもある、直営店として店舗運営することを決めた。これこそが、他社がまねしようと思わない、違いなのだ。
この独自性がスターバックスのストーリー戦略の肝であり、この要素がなければ、「サードプレイス」という独自コンセプトにつながることもなかった……と本書は言う。
戦略ストーリーのなかで、いったいどこが他社との違いで、そしてどうやってそれらの違いをつなげていったのか。どこが一番他社との違いになり得るのか。
本書を読むことで、それらの戦略ストーリーを理解することができる。
まるでミステリ小説を読んでいるかのような面白さが本書には、ある。
そもそも戦略とは「人に話したくなる」話である!
私は本書を読んで「戦略とはつまり物語のことなのか」と心底思った。
企業も、いったいどのように利益を出すのか、そしてどのようにその利益を出し続けられるような状況に持っていくのか。日々、自分たちの企業が勝つ物語を作り出している。物語はどのように競合との違いを作り、違いを持続可能なものにするか、そこが重要視されている。
その戦略という名の物語――つまりストーリーを論理化したものが、本書になっている。
たとえばハリウッド映画の脚本構造を論理化し、説明してくれるかのように。本書は、企業のストーリー戦略を論理化し、説明してくれる。
そんな本、なかなか他に存在しない。
著者は、ストーリーとしての戦略論を理解できれば、眉間にしわを寄せながら渋い顔で考える「戦略」のイメージががらりと変わるはずだと述べる。心底面白い、人に話したくなるようなストーリーを作ることができれば、自然とそのストーリーは前に進む、進めたくなるはずだ、と。
面白い戦略ストーリー作り、そして戦略ストーリーを理解するために、必読の一冊となっている。