子育てにまつわるお金の話

「論理的思考と抽象化の能力があれば、金銭トラブルは回避できる」

米国公認会計士が考える「金融教育より先に必要な“論理的思考”教育」

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2022年4月から、高校の家庭科の授業に資産形成や投資に関する内容が盛り込まれ、学校教育における金融経済教育の内容が拡充された。それから1年以上が経ったが、現場では充実した授業が展開されているのだろうか。

教育事業も手掛ける米国公認会計士の午堂登紀雄さんは、「学校によって取り組み方は異なると思うが、全般的に見るとうまくいっていないように感じる」と話す。学校での金融経済教育がうまくいかない原因と対策、そもそも子どもたちに行うべき教育について聞いた。

学校で金融経済教育を実施するために足りないこと


「学校での金融経済教育の問題点は、先生が授業をどのように組み立てたらいいかわかっていないことが挙げられます。金融は経験が物を言う部分があるため、資産形成や投資を実践したことのない先生にとっては難しい内容であり、生徒に対してリアルな情報を伝えることができないと考えられるのです」(午堂さん・以下同)

教師自身に経験のないことを教えなければいけないため、市販のテキストを丸読みする授業になってしまっている可能性が高いという。

「学校や先生によっては、工夫して投資の内容を授業に取り入れています。各自治体の教育委員会などが主導して、効果的な金融経済教育の授業を構築している学校への見学会を催す、好事例の発表会を企画するなど、情報を共有することが大切だと思います。可能であれば、うまく工夫している先生の授業をビデオ配信して、それをもとに討論を進めるような形の授業ができるといいかもしれません」

金融広報中央委員会が公表している「金融教育プログラム」には、全国の先行事例が掲載されているため、活用していけるといいかもしれない。その結果、学校や教師同士の横のつながりができていくと、金融経済教育のノウハウが共有され、効果的な授業が全国的に広まっていく可能性がある。

「現代の先生たちはとにかく忙しいです。私も小学生の息子が2人いますが、通っている小学校の先生たちは朝7時前には登校し、夜8時でもまだ学校にいるくらい、仕事が立て込んでいます。そんな先生たちに『授業に新しい内容を入れて』と言ったら、パンクしてしまいますよね。他校の先生や外部の教育機関の力を借りていいのではないかと思います」

また、学校の授業に資産形成や投資の内容を盛り込んだとしても、生徒たちに届きづらいという点も見えてきているとのこと。

「子どもたちも学校に習い事に受験と忙しいので、さらに内容を詰め込まれても入り切らないでしょう。金融経済教育の内容は受験科目でもないので、身が入らないというところもあると思います」

座学ではなく「子どもに考えさせる授業」


資産形成や投資に限らず、学生の間からお金に関する知識を学んでいくことは決して悪いことではない。「ただし、座学で教えるのではなく、生徒自身が考える構造にできるといい」と、午堂さんは言う。

「先生が教えるというパターンから脱却して、生徒自身に興味を持ったテーマを設定させ、そのテーマについてグループで研究、発表し、討論するというインタラクティブな授業のほうが効果はあると感じます。教えられたことは覚えにくいものですが、能動的に取り組んだことは身に付きやすいものです。この形式にすることで、先生は研究や討論のフォローに徹すればいいので、負担が減るでしょう」

子ども自身にお金について考えさせるきっかけとして、家庭でも取り入れられる方法といえそうだ。その際のテーマは、資産運用や投資にこだわらなくてもいいそう。

「子どもがニュースなどで聞いたことがあるような身近なテーマを題材にしてみましょう。例えば、成年年齢の引き下げに伴って話題になっている賃貸物件のトラブルやクレジットカードの利用方法、仮想通貨の問題、資格商法やダイエット商法など。子どもが関心を持っているものをテーマにすると、考えやすくなります。高校生であれば『奨学金は善か悪か』といった形で、奨学金について深く考えるのもありだと思います」

「国語」や「数学」の学びが金融リテラシーにつながる


午堂さんは「金融について教える前に、まず子どもたちに身に付けさせたい力がある」と話す。

「何よりも大切なのは、論理的な思考や抽象化する能力を身に付けさせることだと考えています。現在の親世代は金融経済教育を受けていない人がほとんどだと思いますが、適切にお金の管理ができる人もいれば、管理できずに給料日前にキャッシングしてしまう人もいます。金融経済教育の問題ではなく、一般的な学習を通じて論理的思考を身に付けられたかどうかが重要になるといえるのです」

なぜ、論理的思考や抽象化の能力が、お金の使い方につながってくるのだろうか。

「適切な思考力が育つと、必要に応じて知識やノウハウを調べて習得し、対応するといった行動ができるようになっていきます。逆に、思考力が育まれていないと、調べる・考えるといった発想に至らないため、相手の言うことを鵜呑みにしてしまう、相手の指示を待ってしまうという状態になりかねません。投資詐欺などに引っかかってしまうのも、『なぜ、この投資はこんなに利益が出るのだろうか?』といったことを考えず、相手の言うことを信じてしまうからだと考えられます」

論理的思考が身に付くことで、うますぎる儲け話などに引っかかってしまうリスクを抑えられるかもしれないのだ。

思考力を磨くには特別な学習が必要なわけではなく、「国語」や「数学」をしっかりと学んでいれば、自然と身に付くものだという。

「『現代文』は、日本語の正しい読解や行間に含まれた意図の洞察を行う授業です。しっかり学ぶことで論理的思考や抽象化の能力が磨かれ、投資詐欺などの矛盾点に気付けるようになるでしょう。『数学』も大切です。xやyは目に見えないし、虚数は存在すらしない。そんな抽象的な世界を扱うことで、脳内で構造を組み立てる力が身に付きます。それこそ論理的思考や抽象化の能力につながるのです」

子どもたちは、キャッシュレスが当たり前になるであろう時代を生きていくという観点からも、抽象化の能力は重要になるようだ。

「まったく現金を使わなくなると、目に見えない数字だけで買い物をすることになります。現金であれば、財布から減ることで使ったことを実感できますが、キャッシュレスはその実感を得にくいので、バンバン使ってしまいかねません。目に見えない抽象的なものを脳内で組み立てることに慣れていれば、キャッシュレスでも管理できるようになるでしょう」

金融経済教育も大切だが、「国語」や「数学」といった授業で基礎的な思考力を身に付けることが前提となるといえそうだ。学校教育がどのような場面で役立てられるか、大人も一度考えてみるといいかもしれない。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/鈴木真弓)

お話を伺った方
午堂 登紀雄
米国公認会計士。中央大学経済学部卒業後、東京都内の会計事務所、ミニストップ本部を経て、世界的な戦略系経営コンサルティングファームであるアーサー・D・リトルに経営コンサルタントとして勤務。2006年に不動産仲介を手掛けるプレミアム・インベストメント&パートナーズを設立し、2008年にはボイストレーニングスクール「ビジヴォ」を開校。個人投資家、ビジネス書作家、講演家としても活動。著書に『決定版 年収1億を稼ぐ人、年収300万で終わる人』などがある。
著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。

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