子育てにまつわるお金の話

金融教育ディレクター・橋本長明が「おかねの基礎教育」を広めるワケ ~前編~

橋本長明「金融機関の金融教育においては“社会貢献に資する”という領域を出ないことを意識」

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公益財団法人 消費者教育支援センターが主催した「消費者教育教材資料表彰2023」で、もっとも優れた教材として内閣府特命担当大臣賞を受賞したのが「はまぎん おかねの教室ウェブサイト」。“はまぎん”こと横浜銀行が運営しているウェブサイトで、おかねや資産形成の基礎知識について学べる内容になっている。

「はまぎん おかねの教室ウェブサイト」https://www.boy.co.jp/boy/brand/okane/index.html

このウェブサイトの立役者が、金融教育ディレクター兼横浜銀行行員の橋本長明さん。2003年から金融教育に携わり、各種メディアへの出演や講演などを通じて金融教育を広めてきた人物だ。現在は金融教育とブランディングのプロ人財として横浜銀行に在籍しながら、金融教育ディレクターとしての個人活動を継続している。

そんな橋本さんに、金融教育に関心を持ったきっかけや活動の経緯、長く携わってきたからこそ感じる“おかねの基礎教育”の面白さを聞いた。

希望を出して異動した「金融広報中央委員会」


橋本さんが新卒で入ったのは、日本銀行。もともと金融業界に絞っていたわけではなく、さまざまな業種を受けたなかで、日銀に決めたそう。

「どの会社に勤めても、将来的に独立しようという意識があったんです。だから、社会の仕組みが学べそう、社会的な信用力が付きそう、すてきな同僚に囲まれて成長できそうなどの観点で、日銀に進みました。中立公正な仕事という点も、自分に合っていましたね。自分が気に入っていない商品でも会社のために売らなきゃいけないような営業の仕事は、きっと私には向いてないんで(笑)」(橋本さん・以下同)

日銀でさまざまな仕事に携わるなかで、「ずっとやっていきたいと思える仕事を見つけよう」と感じ始めた橋本さん。まず目が向いたのは広報だった。

「広報業務所管の情報サービス局のなかに、日銀とは組織が異なる金融広報中央委員会の事務局があり、個人に向けて金融に関する啓発活動(金融教育)をしていると知って、面白そうだなって感じたんです。当時、金融広報中央委員会の愛称(現在の『知るぽると』)を開発するブランディングが始まるタイミングで、ますます興味が湧いて、異動を願い出ました。当初は前例がほぼなく却下されたんですが、国として日銀として(当時の総裁も)金融教育に力を入れる方向性となり、『希望している若手がいるなら』と私の異動願いが受理されたんです」

橋本さんの興味と金融教育を広く展開していくタイミングが合致し、今後の人生に影響を与える運命的な異動が実現した。そして、すぐに担当したのがブランディングと金融教育の概念づくり。

「学校での金融教育推進のため、当初は四六時中“金融教育”について考えていましたね。概念づくりや、中心となって取り組んだ2005年の金融教育元年の各種事業、愛称・知るぽるとや金融教育自体の認知度向上・ブランディングなど。1年以上は飲み会にも一切行かず、連日のように深夜まで働いていました。週末は24時間以上寝ることも多かったですね(笑)。局長や上司と何度も議論したことを覚えています。国全体に向けた仕組みを考えるような業務はそれまでに携わったことがなかったので、関係省庁との会議への参加や、国立教育政策研究所での調査分析なども含めて、大変いい経験になったし、このときに自分の中で『おかねは絶対に人生についてくるものだから、金融教育は生きるために必要なもの』という土台を形成したんだと思います」

当時の金融広報中央委員会が形づくった概念は、いまも学校での金融教育の指導法などを紹介する「金融教育プログラム」に記されている。

金融教育=社会貢献に資するもの


金融広報中央委員会では、金融教育やブランディングの業務が評価され、異動の話が出た。

「調査統計局にエコノミストとして異動することになりました。いわゆる栄転ではあるんですが、私は金融広報中央委員会の仕事を続けたかったので、抵抗したんです(笑)。でも、『異動しなきゃダメ』って言われたので、『その代わり、個人的に金融教育活動をさせてください』ってお願いして、日銀の許可を得ました。当時は副業禁止だったので、ボランティアでしたけどね」

この頃から金融教育ディレクターという肩書で、大人向けに金融教育の講座を開くようになる。子どもではなく大人を対象にしたのは、大人のほとんどが金融教育を受けていないことが気になったから。

「誰に教えたら効果があるか考えて、出てきたのがクリエイターやアーティスト向けでした。ある程度の規模の会社員であれば、毎月給料が入って、社会保障も充実していて、財形貯蓄で自動的におかねを貯める仕組みがあったりするので、金融の知識がなくてもとりあえずは生きていけます。一方、フリーランスや小さな会社に所属している人が多いクリエイター、アーティストは、自動的には生きていけないんですよね。夢や目標を追い求めている人が多いこの人たちにこそ教えるべきだと思い、代官山の雑貨屋でワークショップを始めたんです。そのときの生徒だった文化服装学院の先生が私の活動を気に入ってくれて、文化服装学院では特別講師として毎年講義をしています。もう16年くらい続けていますね」

個人での金融教育活動を続けながら、10年間在籍した日銀を退職。その後フリーな時間を経て、横浜銀行に転職。横浜銀行では金融教育とブランディングの分野を中心となって担っているが、同行の金融教育においても、個人で金融教育を始めた頃の根っこから長年変えずに、同じことを伝え続けている。

「金融機関の金融教育で特に意識しているのは、“社会貢献に資する”という領域を絶対に出ないということ。銀行の金融教育というと、最終的に金融商品を売られるのではないかと構えられやすいので、『横浜銀行の思惑や商品は徹底して入れない』と経営陣に伝え、理解してもらったうえで進めています。『はまぎん おかねの教室』も、中立公正を意識して開発しました。その結果、賞もいただき、学校教育にも受け入れていただけているのかなと感じます」

「はまぎん おかねの教室ウェブサイト」が公開されたのは、2020年12月。コロナ禍になったことで、ウェブサイトというアイデアが生まれた。

「それ以前も横浜銀行として金融教育に取り組んでいたのですが、2019年に『より積極的に金融教育に取り組もう』という動きが出てきて、私もいよいよ主担当となり、まずは銀行の金融教育を整理し、向かうべき方向を構築。そして、さあどう動こうかと考え始めた矢先にコロナ禍になったんです。そして、外出もできないゴールデンウィークに自宅にいる際に、現状を逆手に取って、“前向きなコロナ対応案件! 教育のオンライン化に対応するため!”という目的で、上も説得して予算も確保して、ウェブサイトや動画をつくればいいんじゃないかと思い付いたんです。この話を横浜銀行にプレゼンした際には、『私がやるからには、これまでの知見を結集して、日本一の金融教育のウェブサイトを目指します!』なんて自分を鼓舞する意味でも言っちゃいましたね(笑)。今年、受賞できて本当に日本一となったことは、心からうれしかったです」

「はまぎん おかねの教室ウェブサイト」のメインコンテンツである「おかねの基礎教育」の動画は、金融教育の目的である「より豊かな生活」と「より良い社会づくり」に資するように、人生観・道徳観などを織り交ぜたおかねに関する基礎知識を、これまで約20年間で培った橋本さんの金融教育メソッドを注ぎ込んでわかりやすく伝えている。さらに学校の授業でも使用してもらえるように、4~8分とかなりコンパクトにまとめた。

「金融教育というと金融トラブル防止やクレジットカードの使い方、投資などがイメージされると思いますが、その前段階が大事だと考えて、おかねは夢や目標を叶えるための道具である、おかねの使い方には『消費』『投資』『浪費』の種類があるといった、人生に必要な基礎的な内容に絞っています。ここが理解できると、より良い資産形成にもつながるのではないかと思っています」

金融教育のメソッドが詰まった1冊


2003年から金融教育に携わり、学校教育にも影響を与えてきた橋本さんは、2022年、「出版社から本を出す」という日銀退職後から想い続けた自身の夢のひとつを叶えた。『すてきな相棒!おかね入門』(リトルモア)という一冊だ。

「金融教育を地道にやっていたら、突然出版社から『本を出したい』という話をいただいたんです。ほかの仕事をしながら書き進めたので、出版までに1年半くらいかかってしまったのですが、『子どもに読ませたいし、大人でも十分読める、こういうおかねの本は全然なかったよね』と評価していただくことが多くて、出して良かったなって感じています」

10歳から大人までを対象とした『すてきな相棒! おかね入門』には、これまで橋本さんが培ってきた金融教育のメソッドが詰まっており、横浜銀行の「おかねの基礎教育」にもそのまま移植している。書籍のなかにはワークも用意され、実践的におかねについて学べるようになっている。

「すてきな相棒!おかね入門」(リトルモア)

「この本を読んでくれた人の感想を聞いたり、見たりするのが、すごく楽しいんです。この本では、おかねを稼ぐ話から、職業観、働くうえでの“ikigai(※)”が大切ということなども伝えていますが、ある男性はブログで『この本を読んで、将来について“ikigai”を軸に考えるようになった』と書いてくれて、本のワークも全部やっていて、うれしかったですね。ある女性からは『本を読むのがとても苦手だけど、この本は2時間半で一気に読んじゃいました』という感想をいただいて、光栄だし、また新しい本を出したいって気持ちも湧いています。大学生のアンケートでは、『映画“カイジ”で“おかねは命より重い”って言ってたけど、それが今日の授業で間違いだと気付きました』というコメントをもらったんです(笑)。この子の人生を変えられたなら良かったなって」

※日本語の「生きがい」のことで、ikigaiを表すチャートによれば、「好きなこと」「得意なこと」「必要とされること」「収入が得られること」が重なり合った中心に「生きがい」があるとされています。

子どもにも大人にも“おかねの基礎教育”を届けてきた橋本さんだからこそ、「はまぎん おかねの教室」のやさしく丁寧な学びが生まれたのだろう。後編では、金融教育に携わったからこそ感じるやりがいや課題、家庭での金融教育について伺う。

(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)

お話を伺った方
橋本 長明
大学卒業後、日本銀行入行。支店、情報サービス局、金融広報中央委員会事務局、調査統計局などに10年在籍し退職。日銀では、学校教育における金融教育の概念作りや「金融教育元年」事業に注力したほか、ブランディング、広報、景気分析などに従事。その後、横浜銀行にブランディングと金融教育で転職し、現在、プロ人財として双方に注力。企画・制作・運営している教材「はまぎん おかねの教室ウェブサイト」は「消費者教育教材資料表彰2023」の最優秀賞「内閣府特命担当大臣賞」を受賞。
また、個人では「金融教育ディレクター」として、テレビ・ラジオ・雑誌ほか各種メディア出演や講演など金融教育の普及に向けて邁進するほか、ブランディングディレクター・選曲家など、人や社会が楽しくなり、何かを考えるきっかけを創る活動をしている。
文化服装学院特別講師、日本FP協会会員。著書に「すてきな相棒!おかね入門」(リトルモア)。
著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。

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