日本経済Re Think

有名な「5つの無償化」は循環型経済を生むため

「子どもを応援すれば経済が動き出す」前明石市長・泉房穂氏に聞く日本の取るべき選択

TAGS.


この国の市場や経済に成長可能性はあるのか、いわば“日本の未来”を有識者が占う連載「日本経済Re Think」。今回お話を聞いたのは、兵庫県明石市の前市長・泉房穂氏だ。

泉氏といえば、子どもや教育に力を入れた市政を行い、明石市を復活させたことで知られる。18歳までの医療費無料、第2子以降全員の保育料無料をはじめとした「5つの無料化」はその代表だ。これらは現在、明石モデルとして他地域にも広がっている。

一連の政策の目的は、単純に「子どもやその家庭を大切にしたかったから」ではない。むしろ本当の狙いはその先、“経済の回復”にあったという。泉氏は「子どもを応援すると地域が儲かる、経済が回る」と口にする。

日本が再興するために取るべき選択も明白で、やはり鍵は「子ども・教育になる」と泉氏。なぜ子ども支援が経済につながるのか、そして日本再興の手立てとは。泉氏に聞いた。

「今は国民の負担が大きく、金を使えないから経済が回らない」


「日本の夜明けは近いと思っているし、ここまで閉塞感が強ければ一瞬でひっくり返して光が差し込むかもしれない。すごいポジティブに考えるとね。そういう力を持った国でもあるんです」

約1時間半に及んだこの取材、出会った瞬間から別れ際まで圧倒的な熱量で語り続けた泉氏。その最後の最後、笑みを携えてつぶやいたのは、日本への期待だった。

もちろん多くの場で主張している通り、この国の現状に対する泉氏の見立ては厳しい。

「30年間ほぼ経済成長せず、給料が上がっていない。これは先進国では珍しいですよね。それなのに消費税は上がり、介護保険も2、3倍の負担に。加えて物価高もあり、可処分所得は減り続けています。それなのに国はさらなる増税を行い、自分で自分の首を絞めている状況。こんなおろかなこと、いつまで続けるんやと」

泉氏は大前提として、どの時代にも通用する普遍的な政策はなく、時代や状況に合わせて政策転換を行うことが必要だと説く。たとえば「かつて日本は公共事業で経済を牽引してきたが、それは一つの方法論として間違っていないし、人口が増え、国が成長する時代には適していた」と話す。しかし、今の時代には適合しない。「その政策をいつまでやんねん。どこまで道路を作るつもりか」と語気を強める。

では、どのように政策転換すれば良いのか。

「やることはクリアであって、今は国民の負担が大きくなり金を使えないから経済が回っていないわけで、それを一時でも国民の手元に金が残るようにして、物を買えるようにしないといけない。消費によって全体経済を回す、循環型に持っていくんです。経済っていうのは、回ってなんぼのもんやから。現状は一部に負担が集中して回らなくなってるんですよ」

打開策として国が取れる方法はいくつもあり、「まずは雇用対策で給料を上げるのが原則。それがダメなら税金を抑える、軽減税率拡大などが私の考えですね」とのこと。あるいは保険料を見直すという手もある。

これらとともに泉氏が提言するのは、明石のような子ども・教育の無償化政策。なぜなら「子どもへの支援が経済に力を与える」という信念が泉氏の中にあるからだ。「同じ政策を国全体でやったって、せいぜい1~2兆、多くて3兆で済むんやから」と、明朗に告げる。

再開発の白紙、相次ぐ無償化……その結果、なぜ明石の経済は潤った?


実際に、明石では子ども支援を突破口に経済が活気付いたという。その道のりを詳しく説明してくれた。

「私が明石でやりたかったのは、先ほど言ったように、市民の手元に金を残して、少しでも消費する状況を作ること。そこでまずは、子ども・教育に関する予算配分を大きく増やしたんです。市の財源2000億円のうち、それまで125億円だった子ども関連予算を297億円にした。大きな決断に見えますが、もともと日本の行政は子どもや教育への予算配分が極端に小さい。明石も同じで、あくまでOECD(経済開発協力機構)のスタンダードに合わせただけなんですよ。珍しいことをしたわけではなく、むしろ世界では普通。実際に明石の予算配分はヨーロッパ諸国にそっくりです」

2011年の就任後、「これからの明石は子どもや。子どもを応援すれば、親子が喜ぶだけでなく地域経済が儲かる」と言い切り、このような政策転換をしていった。

「それはもうたくさんの反対がありました。まずは商店街からの反発。次に建設業。なんで公共事業を減らすねんと。それに対しては『公共より民間の消費で稼ぐ方が今は大事やし、これから民間の消費喚起するから待っとれ』とケンカしましたね。あとは高齢者にも怒られました。子どもにお金が行くということは、自分たちへの支援が薄くなるのではと。これも『子どもにきちんとお金をかければ高齢者への支援も行き届くようになる』と説得したんです」

予定されていた駅前再開発は白紙にし、代わりに子どもの遊び場と図書館を作った。併せて「5つの無料化(※)」を実施したのだった。

※5つの無料化…(1)子ども医療費の無料化(18歳までの全員)、(2)第2子以降の保育料の完全無料化、(3)生後3か月から満1歳までおむつを届ける、(4)中学生の給食費無償、(5)子どもの遊び場の入場料無料

「この政策で何が起きたかといえば、駅前の遊び場や図書館は無料なので、親子連れが集まってくる。出費もないので、親子はその“浮いた分”をほかに使うんです。たとえば、子どもは遊ぶと腹が減る。すると、帰り道に駅前の商店街で食べ物を買う。もしくは親が靴や服を買い換えてあげようと店に行く。子どもに投資した金はちゃんと地域経済に落ちるんです」

実際に明石の来街者は7割増え、人口は10年連続増加。地価は7年連続上昇し、駅前の新規出店も2倍以上に。地域経済は「過去最高益を達成した」という。

また、泉氏の市長就任前にあった市の借金100億円は任期中に払い終え、貯金(基金残高)も70億円から100億円に増えたという。市税が増えたことで、高齢者への支援も手厚くできるようになった。子どもへの支援が、お金を循環させ経済を元気にさせたといえる。

泉氏が口にする「日本の強さ」、だからこそ一気に変わる可能性がある


この実例があるからこそ「日本がやるべきことはクリア」だと、明石モデルを作った張本人は繰り返す。もちろん、年々加速する少子化は日本の成長を考える上で厳しい壁だ。泉氏は「少子化を覆して人口を増やすのは難しい。ただし減少のスピードを抑えることはできる。人口減はどこかのタイミングで底を打つのが基本で、そこまでの速度をなるべく緩やかにして、少子化に合わせた社会構造を作る時間を稼がないと。そのための知恵を絞るのが政治や」という。

子ども施策はこの“知恵”にもつながるもので「明石は出生率1.7を達成していますから、国もその水準は目指せる」という。

「日本の強さは国民が真面目でルールを守ること。正しい政治をして、正しいルールを作れば、国が一気に変わるんです。みんながルールを守れるから。国民は一流、でも今は政治が間違えているわけで、それを変えれば国は良くなる。明石でやった予算配分の切り替えも難しいことじゃないんです。予算の変更なんて、企業ならどこでも当たり前にやっていることでしょう。取り入れた政策も、どこかの地域の真似ばかり。自分のオリジナルアイデアではありません。地球儀のどこかにある事例を明石に当てはめただけですよ」

そう述べた上で、にやりと笑みを浮かべながらこう言った。

「だからこそ日本の夜明けは近いと思っていて、ここまで閉塞感が強いと、一瞬でひっくり返して光が差し込むかもしれない。すごいポジティブに考えるとね。最近はワクワクしていますよ」

子どもや教育への支援が、巡り巡って経済に実りをもたらす。その主張から得られるヒントは多いのかもしれない。岐路に立つ日本経済、30年間止まっていた“時計の針”は、日本標準時の街・明石から動き出すのか。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年12月現在の情報です

お話を伺った方
泉房穂
前明石市長
東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、弁護士を経て、2003年より衆議院議員として活動。犯罪被害者等基本法などの立法化を担当。その後、社会福祉士の資格も取得。2011年から2023年まで明石市長を務め、子ども施策を進める。主な著書に『社会の変え方』(ライツ社)、『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来 』(集英社)などがある。
著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
用語解説

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード