新しい金融のカタチ

企業の人材定着にも貢献

ビジネスモデルの特許も取得、給料の当たり前を覆したサービス「前給」

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世の中にはさまざまな“当たり前”がある。たとえば私たちの給料は、毎月決められた期日に全額受け取るのが当たり前だった。

その当たり前を変え、働いた分のお金を好きなタイミングで、前もって受け取れるのが「前給」というサービスだ。2005年に当時の東京都民銀行(現きらぼし銀行)からローンチされ、その後ユーザーが拡大する中で、2017年にこのサービスのフィンテック化を進める会社、きらぼしテックを設立。現在は同社の運営となっている。

いまや類似サービスも増えてきたが、その中でもパイオニアといえる存在であり、ビジネスモデルの特許も取得している。一体どのようなものなのか。東京きらぼしフィナンシャルグループのグループ会社であるきらぼしテックの代表取締役社長を務める栁生清貴氏に聞いた。

開発のきっかけは「夏休みのアルバイトに励んだ学生がかわいそう」のひと言


2005年に誕生した「前給」。まだフィンテックという言葉もなかった頃、当時の東京都民銀行の頭取が口にしたアイデアからこのサービスは生まれたという。

「日本の給料は月1回、決められた日に支払われるのが一般的ですよね。すると、たとえば学生が8月の夏休みに一生懸命アルバイトをしても、そのお金をもらえるのは9月になってから。せっかく働いても給料が入るのは夏休みの後になり、どこにも行けないのはかわいそうだ、と。頭取がそんな話をしたことをきっかけに前給が生まれました」

働いた分のお金を給料日前の好きなタイミングで受け取れるのが前給というサービス。そう言われるとシンプルだが、実現するのは簡単ではない。なぜなら給料については、労働基準法で「直接払い」や「全額払い」などの原則が細かく記載されており、これらは賃金支払いの5原則と呼ばれている。

その中でこのサービスは、労働基準法で定められた給与ではなく、それ以外の形で働いた分の賃金を受け取れるようにした。これこそがサービスにおける最大のこだわりであり、特許も取得。他社が真似できない優位性となった。

「前給では実際の給料を前払いするのではなく、給料に相当する額を上限とした金利0%の社内融資を行っています。仮に次の給料日に20万円が支払われる従業員は、その20万円を上限に社内融資を好きなタイミングで受けられることになります。融資を受けた分の金額は受取時に減額されます」

従業員は銀行振込で前給のお金を受け取れるほか、きらぼしテックのスマホ決済アプリ「ララPayプラス」を通じ、電子マネーで受け取ることも可能だ。

前給は「新しいBNPL」、給料が変われば金融サービスも変化する


先述の通り、前給は法律面をクリアしたビジネスモデルになっており、導入する企業にとってもコンプライアンスの安心感が高い。そのような背景から、マクドナルドをはじめとしたナショナルブランドや上場企業などで積極的に導入が進んでいる。特にサービス業で盛んなようだ。

「前給の導入は企業の人材定着にもつながると考えています。実際に当社の調査では、大手飲食チェーンで前給が利用できる店と利用できない店を比較すると、定着率に約10ポイントの差(※58%:48%)がありました。前払い制度の導入を求人応募で明記する企業も増えており、採用メリットにもなるのではないでしょうか」

そのほか、前給の制度があることで、従業員が高利の借入を外部で行ったり、従業員同士でお金の貸し借りトラブルが起きたりといった事態の予防にもつながる。従業員のセーフティネットになるようだ。

もちろん、利用する従業員にも多くのメリットがある。栁生氏は、こんな表現でそのメリットを伝える。

「前給は『新しいBNPL』だと思っています。今までは給料が月1回、クレジットカードの引き落としも月1回が普通でしたよね。たとえば10日にカードで買い物をしたとして、給料日が20日で、カード引き落としが翌月5日だとします。若い頃は給料を受け取ってからカードの引き落としが来るまで、お金が足りるか不安なこともあったでしょう。しかし前給を使えば、給料日を前倒しして買い物ができます。今より計画的にお金を使えるようになるのです」

日本では長らく給料の支払いは月1回が当たり前だが、「欧米では週1回の給与払いも多い」とのこと。テレワークやギグワークなど、働き方が多様になる中で「日本も給料の支払い自由化を進め、自分でお金の受け取り方をデザインできるようになればいい」と栁生氏は口にする。

「給料の支払いが多様になれば、それに付随する新しいサービスも出てくるでしょう。なぜなら今のサービスは、月1回の給料払いが前提となっているものが多いからです。たとえば住宅ローンの返済も月1回が普通ですが、給料の受け取り方がもっと自由になれば、金利の低いタイミングで月2回返済するといった形も出てくるかもしれません」

栁生氏が代表を務めるきらぼしテックは、前給というサービスのフィンテック化を進めるため、2017年に設立された企業である。「若年層との接点に課題を持つ私たち金融グループにとって、その世代の利用者が多い前給は重要であり、このサービスを進化させるために会社を設立しました」。

今後同社が目指すのは、前給によって一度接点ができたユーザーと長く関係を維持することだ。というのも、このサービスの利用傾向を見ると、前給を始めてから年数が経過し、ある程度経済的に余裕が出ると次第に利用しなくなる。そこで、前給を使わなくなっても関係を継続するためのサービス開発に注力していく。

「今後予定しているのは、従業員の経費を電子マネーで受け取るサービスです。経費精算は企業にとっても従業員にとっても不便の多い作業でした。企業はたった数百円の交通費でも、振込手数料を払って銀行に振り込まなければならないことがあります。従業員としても、細かな経費を1カ月後に受け取るのは煩雑でしょう。電子マネーで受け取ることで、企業はコスト削減や管理業務の効率化を、従業員は受取サイクルを短くしキャッシュレスで済ませられるメリットが生まれます」

給料に対する“当たり前”の中に埋もれていた小さなニーズから誕生した前給。それから20年近くが経ち、働き方が多様化する中で、特許を持つこのサービスの価値は高まってきた。東京圏を地盤とする金融グループにとって、前給は確かな“資産”になっている。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年12月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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