Exchange & beyond~取引所をさらに進める~

不祥事を未然に防ぎ、投資家に安心を

「市場の公正と信頼」を守る日本取引所自主規制法人、力を入れる不祥事予防・対策セミナーと上場会社訪問活動

TAGS.


「上場会社の不祥事は誰も幸せにしません。だからこそ、私たちは不祥事を予防するための活動を日々行っています」

そう口を揃えるのは、日本取引所グループのひとつ、日本取引所自主規制法人 上場管理部 総務グループの杉野普規さんと、上場管理部 特別管理グループの津田泉さんだ。

同法人は、上場会社の審査や取引所ルールの遵守状況チェックなど、市場の健全性を守る活動を一手に引き受ける組織。その中で2人は、各上場会社の立ち居振る舞いを見ながら、不祥事の予防のための改善活動を行っている。

なかでも近年力を入れているのが、不祥事予防・対策セミナーのオンライン動画作成や上場会社への訪問活動だ。詳しい内容を聞いた。

私たちは責任あるプロとして、信頼ある市場を実現していく


日本取引所自主規制法人(以下、自主規制法人)とは、その名のとおり、市場の公正性・信頼性を確保するための“自主規制”を日本取引所グループの中で行う組織だ。新規上場を希望する会社、あるいは、すでに上場している会社の審査を行うほか、市場参加者である証券会社に対する法令等の遵守状況の確認、インサイダー取引などの不公正な取引の監視などを行っている。

これらの活動は、私たち投資家にも大きく関連するものと言える。杉野さんは、その役割をこんなふうに表現する。

「個別企業の株式を買われる投資家の方は、広い意味でその企業のファンでもあると思います。会社の商品やサービスに期待する、あるいは、これからの成長を見込むなど、それぞれの想いがあるでしょう。企業の不祥事は、こうした投資家の方の想いを裏切ることになりますし、それらが頻発する市場だと思われてしまえば、投資家の方も安心して投資できません。私たちは責任あるプロとして、信頼ある市場を実現していきたいと考えています」

このような機能を取引所が持つことは金融商品取引法で定められている。かつては東京証券取引所の中に自主規制機能を設けていたという。しかし、時代の中で取引所が株式会社になるなど、営利性を求められるようになってきた。その中で自主規制機能の公正性と信頼性を保つため、営利性を持つ市場運営会社である東京証券取引所から分離させようと2007年に自主規制法人が作られた。

同法人について、津田さんは「株式やETF(上場投資信託)といった“商品”を守る品質管理センターをイメージしていただければと思います」と笑顔で口にする。

同じように公正な取引や健全な市場を作る機関として、日本には証券取引等監視委員会、アメリカには米国証券取引委員会(SEC)という国の組織がある。こうした公的機関の規制とともに、市場の現場に直結する規制を担うのが自主規制法人だ。自主規制法人の特徴は、取引所グループ内の別法人としてその機能を保有している点にあり、これは、東京証券取引所とのスムーズな連携と自主規制の独立性との両立を図るための組織形態で、世界的に見てもユニークな枠組みだという。

そのため「不祥事があった際は機動的に改善を促すことができますし、取引所に蓄積されたデータをもとに、最近の傾向を分析しながら不祥事の予防活動も効果的に行えます」と、津田さんは説明する。

杉野さんと津田さんが所属するのは、同法人の上場管理部という部門。上場会社の立ち居振る舞いを見ながら、取引所のルール遵守に関するチェックや、ときには問題点の指摘により改善を促すことが活動の主軸となる。

「上場会社の不祥事が起きると、株価への影響はもちろん、たくさんの人に不利益な状況が長く続くことになります。会社の事業にも打撃が出るかもしれませんし、従業員の方の給料に影響が及ぶこともあります。最悪のケースは経営破綻等から上場廃止になることもあります。私も毎回、なぜこういうことが起こってしまったのか、誰にも止められなかったのかと苦しい気持ちになります。不祥事を防止することは、その会社に関わるすべてのステークホルダーを守ることになると考えています」(津田さん)

同じ上場管理部の中でも、杉野さんと津田さんの役割は少し異なる。杉野さんの所属する総務グループでは、市場の健全性を保つための制度や運用の企画・調整、上場会社への不正リスク等に関する広報活動を行っている。

一方、津田さんの特別管理グループは、上場各社の情報や経営状況を日頃から審査し、必要があれば上場会社に対する措置を決定するほか、直接提案を行うこともある。

「私たちは、たとえば増資を予定する会社について、上場会社として相応しい対応を行っているか審査する業務を行っています。取引所が定めるルールを守っているか確認するだけでなく、会社が公表する情報が投資家にとってわかりやすくなるように表現をより嚙み砕いたり、具体例を入れて情報を充実したりといった、投資家目線に立った改善提案を行うこともあります」(津田さん)

セミナーをオンライン動画で公開、近年注目のテーマを盛り込む


上場管理部では、現在いくつかの活動に注力している。そのひとつが不祥事予防・対策セミナーだ。「上場会社の方々に対して、特定分野のテーマに関する動画を作成し、自社の管理体制の強化に活かしていただいています」と杉野さんは説明する。

「動画のテーマは、近年の上場会社に対する措置をはじめ、さまざまなデータを分析しながら決めています。たとえば最近は、グローバルで子会社を持つ上場会社が増えており、子会社で発生した問題に起因する不祥事が絶えないことから、子会社のリスク管理をテーマにした動画を作成しました。そのほか、企業関係者による社内外への通報や告発により企業の問題が明らかになるケースも増えており、会社として内部通報制度を十分に設けることが早期の問題検知・是正につながります。そこでこの制度に着目した動画を作成しています」

これらを進める上で、企業がいま何に困っているのか、どのような特徴を持つ企業に関するリスクが水面下で膨らんでいるのか、それらを汲み取って内容に反映することに力を入れてきたという。「投資に関するデータや資料の分析はもちろん、週刊誌やメディアのニュースなど、広くさまざまな情報を収集して動画作成に活かしています」と杉野さんは話す。

不祥事対策のセミナーは以前から対面形式で行われていたが、コロナ禍を機に、2023年からオンラインでいつでも視聴可能な動画作成に着手した。「この動画はこれから上場を目指す会社や、それを支援するコンサル会社、上場会社の監査法人など、さまざまな資本市場関係者に必要とされるものです。今後は公開範囲を広めていきたいですね」と杉野さんは展望している(※)。
(※)取材時は上場会社の専用ページから視聴可能だったが、各種動画は2023年12月現在、以下のページを通じて公開されている。(https://www.jpx.co.jp/regulation/seminar/01.html

担当者と直接話し合う「上場会社への訪問活動」とは


そのほかに注力している事柄のひとつとして、上場会社への訪問活動がある。津田さんはその役割を担う一人であり、「実際に上場会社に伺い、役員の方や監査部門の方、経理の方のほか、その会社の監査法人や社外役員にお話を聞くこともあります」と話す。

「会社関係者が考える現状の課題を確認したり、日常的に会社とコミュニケーションをとる中で私たちが懸念している点を伝えたりすることもあります。外部の私たちだから見える問題点もありますし、それを伝えることでリスクの早期対応にもつながるでしょう」(津田さん)

小さなことがきっかけになり、上場会社の改善につながるケースもある。たとえば、毎回同じ資料の提出が遅れている会社に話を聞きに行くと、その業務を担当する人員が不足していることが判明。訪問活動を通じて、重要な業務だからこそ、人を増員する、あるいは兼務などで担当者を増やすといった管理体制の改善につながる場合もあるようだ。

「コロナ禍からの回復が進む中で、直近は訪問活動を強化しています。というのも、増加傾向だった企業の不祥事はコロナ禍で少し落ち着いたものの、経済活動が正常化してきた直近はまた増えています。私たちもコロナ禍の行動制限により、訪問活動ではなく電話やオンライン面談による活動にシフトしていた面もありました。ここ最近、久しぶりに訪問すると課題が見つかるケースが出ているのです」(津田さん)

今後もこうした活動を通して上場会社と対話しながら、不祥事の予防に力を入れていく。「不祥事が世の中から無くなるのが理想ですが、現実的にはゼロにすることはできません。その中で少しでも不祥事の芽を早く見つけ、大きな影響が出ないようにしていきたいですね」と、津田さんはこれからを見据える。

杉野さんもその想いは同じだ。

「日々さまざまな情報を分析して、投資家の方がより一層、安心・信頼できる市場を作っていきたいですね。それこそが資本市場の活性化につながりますし、私たちの使命です」

オンライン動画を通じた不祥事予防・対策セミナーや、日々の上場会社訪問活動。こういった地道な努力が企業の振る舞いを適切なものに変え、健全な市場につながっていく。そしてそれは、投資家やその企業で働く従業員、関係者など、すべてのステークホルダーを守るのだ。自主規制法人の役割は、きわめて大きいといえるだろう。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年12月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
用語解説

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード