マネ部的トレンドワード

世界全体で開発競争に拍車

「アプリで治療」は定着するか、サスメドが進める不眠症やがんの新しい治療法

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医師から処方された“アプリ”を患者が自分のスマホにダウンロードし、日々の治療を行う――。そんなケースが今後増えるかもしれない。

医療のデジタル化が熱を帯びる中で「治療用アプリ」の開発が進んでいる。医療系スタートアップのサスメドも、その開発を行う企業のひとつ。同社は不眠症や乳がん、腎臓病などの患者に向けた治療用アプリの開発を進めている。一体どのようなものか。そもそもアプリで治療するとはどういうことなのか。

市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。デジタルヘルス編3回目の本記事では、治療用アプリについてサスメド代表取締役社長の上野太郎氏に聞いた。

治療用アプリは、健康増進をサポートするヘルスケアアプリとは異なる

治療用アプリとは、簡単にいえば医師の処方を受けた患者がスマホにダウンロードして、日々の治療に使うアプリのこと。これまで国が認める医療機器といえばハードウエアが基本だったが、2014年の法改正により、スマホアプリのようなソフトウエア(※機器などに組み込まれていないソフトウエア単体のもの)も医療機器に含むことが認められた。これをきっかけに、医療機器として国の承認を得た治療用アプリが近年増えている。

これまでも日々の体重管理や歩数を測るような、健康増進をサポートするヘルスケアアプリはあった。しかしそれらと治療用アプリは「明確に異なる」と上野氏は説明する。

「治療用アプリは何かしらの疾患を持つ患者が“治療目的”で使うものです。健康増進ではありません。利用権限があるのは医師の診断・処方を受けた患者のみとなります。アプリを医療機器として販売するには厚生労働省の承認が必要になり、効果についても治験によって医学的エビデンスを取得しています」

一例として同社が開発したのは不眠症の治療用アプリだ。入眠時間や起床時間といった日々の睡眠記録を入力するほか、睡眠に関するカウンセリングをチャット形式で回答していくと、その内容を分析してアプリから患者の治療につながる助言や支援が行われる。2023年に医療機器としての製造販売承認を取得した。

「アプリが具体的に行う支援の例として、布団に入る時間を患者に通知するといったことが挙げられます。たとえば不眠症の方は、眠れない不安により早い時間から布団に入って眠る態勢を作る場合があります。しかしそれが不眠の悪循環になることも少なくありません。そこで睡眠記録やカウンセリング内容から、どのタイミングで眠る態勢に入るのが良いか、その人に適した時間をアプリが提示します」

そのほか不眠症患者は、目をつむった途端に「眠れない不安」が浮かんでくることも多い。この突如の心境変化が睡眠の妨げにもなる。そこで「入眠態勢を取る数時間前にあえてアプリで眠れない不安を解消してもらい、納得感を持った上で睡眠を迎える仕組みも構築しています」という。

「アプリがどのような助言を行うかは、患者の症状や心理状態、睡眠記録によって異なります。チャットなどの内容をもとに適切な指示を出すようアルゴリズム化しているのです」

「主流は睡眠薬」という状況に課題を感じてアプリを開発

同社が不眠症の治療用アプリを作ろうと考えた理由は、上野氏が医療現場で抱いた課題感からだった。もともと医師として睡眠障害の患者を診てきた上野氏は、その治療法として睡眠薬が主流となっていることに危機意識を感じ、アプリ開発を始めたという。

「睡眠薬の大きな問題は副作用です。2~3割は副作用が発現するという報告もあり、なかでも“依存性”は深刻な問題でしょう。確かに睡眠薬は即効性があり、一時的に使用するには有効ですが、根治のための治療法としては留意が必要です。最初から薬による治療を行うのではなく、まずはアプリで行うような“認知行動療法”から始めるのが良いと考えました」

実際に欧米では、睡眠薬の処方をなるべく控え、認知行動療法を優先することが不眠症治療のガイドラインで推奨されているという。とはいえ、認知行動療法は長い時間をかけて日常的に行うものであり、すべてを医療機関で実施するのは難しい面もある。であれば、それをアプリ化して「患者さんが日常の中で行えるようにしたいのです」と話す。

同社は乳がんや腎臓病を対象にした治療用アプリも開発中だ。乳がんの場合、抗がん剤による副作用で血管障害が起こるケースが少なくない。脳卒中や心筋梗塞の発症リスクもある。こうした副作用の対策として推奨されているのが運動療法であり、それをアプリで行うという。日々、運動の指示や助言などを出して行動を促す仕組みだ。

腎臓病については、完治が難しい慢性腎臓病が対象となる。慢性腎臓病が進行すると透析などが必要になるが、その手前では腎臓リハビリテーションという運動療法が推奨されている。適切な運動を行うことで腎機能の低下を抑えるものだ。

「腎臓リハビリテーションも実践するには日常的かつ長時間の取り組みが必要です。医療現場ですべてを指導するにはさまざまなハードルがあるでしょう。それらをアプリ上で再現できるようにアルゴリズムを構築しているところです」

世界で進むアプリ開発、製薬会社とスタートアップが組むケースも

こうした治療用アプリの開発は世界中で進んでいる。スタートアップが製薬企業と組んで行うケースも増えているようだ。「新薬を作るのに比べて開発コストが大幅に低いため、製薬会社も積極的に取り組んでいます」と話す。

「そのほかヨーロッパでは、不眠症の治療におけるガイドラインにデジタルを使った認知行動療法の重要性が明記されました。医師側もこうしたアプリを活用していく流れは強まるでしょう」

なお、同社では治療用アプリのほかにもデジタルヘルスにまつわる事業を行っている。新薬開発の臨床試験におけるコストや工数を削減するシステムの構築だ。ブロックチェーンを活用することで可能にしているという。

「日本の臨床試験は海外に比べてコストが高い傾向にあります。理由のひとつとして、新薬承認のために製薬会社が提出した臨床試験のデータは、その試験を行った医療機関の元データと照合してデータに不備がないかを確認する作業が必要ですが、日本ではそれらを“人の目”で行っていることが挙げられます。ここにブロックチェーンを活用することで、人の確認作業を減らしてコストを下げ、かつデータの信頼性を担保するシステムとなっています」

海外では承認されている新薬が日本では未承認というケースがよくあるが「それは日本での新薬開発コストが高いことも一因」だと上野氏。ブロックチェーンのシステムはこうした課題の解消にもつながるという。活用事例は増えているようで、日本の新薬開発をバックアップする存在になっていくかもしれない。

治療用アプリの開発に、ブロックチェーンを活用した臨床試験システムの構築。同社の事業からもデジタルヘルスの一端がよく分かるのではないだろうか。今後この領域でどのような進展が見られるのか、新しい技術を使った治療法やシステムが定着することを期待したい。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2024年3月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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