本から開く金融入門

【三宅香帆の本から開く金融入門】

まるで歴史小説のような「コンテナ」ビジネス物語『コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった 増補改訂版』

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あの地味な箱が、世界を変えた?

たまに港で見かける、四角くて大きな箱。あれの名前は「コンテナ」である。

そんなコンテナが、実は、世界を変えた。

『コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった 増補改訂版』は、コンテナが経済界にどのような影響を与え、そしてグローバリゼーションをどれくらい進めたのか。そのようなトピックについて語った本である。

「コンテナ」という一見とても地味なテーマが、想像以上にエキサイティングであることが分かり、興奮しながら読んでしまう一冊となっている。

著者は、経済学者でありジャーナリストでもあるマルク・レヴィンソン。彼はコンテナをめぐる複雑な経済事情について、臨場感たっぷりに、コンテナのことを知らない人でも面白く読むことができるような文体で語ってみせる。本書が、コンテナのビジネス、といわれても特にぴんとこない方(私もそうだった)が読んでも面白いと思える本になっているのは、著者の語りがうまいからだろう。

コンテナはどんな影響を与えたのか

それでは本書がどのような内容になっているのか、お伝えしよう。

そもそもコンテナとはどのようにして生まれたのか?

コンテナが流通する以前、「船にモノを積むためだけに雇われた労働者」がたくさんいた時代、船に荷物を積むのは大変な労力と時間がかかる作業だった。そして海運には莫大な費用が必要だった。当時、たとえば地球の裏側まで製品を届けようとしたら、輸送費だけで原価割れしてしまうこともたびたびあったという。

しかしそんな事態を解消したのが、コンテナだった。

陸運を生業としていたマルコム・マクリーンは、海運に目を付け、「コンテナという箱でモノを運ぶ」技術(コンテナリゼーション)を生み出した。

この発明によって、企業は港の近くに工場をつくらなくてもよくなったし、さらに(輸送費が安くなったので)そもそも工場が地球の裏側にあっても元が取れるようになっていった。

コンテナリゼーションの発展へのマクリーンの真の貢献は、じつは金属の箱や船よりも経営者としての洞察力だったと私は考えている。輸送業のほんとうの仕事は船なり列車なりを運行することではなく貨物を運ぶことだ、とマクリーンは理解した。この根本的な理解があったからこそ、多くの企業が失敗する中で、マクリーンが押し進めたコンテナリゼーションは成功を収めたのである。
(中略)
コンテナリゼーションがグローバル・サプライ・チェーンを大幅に再編し、物流における大幅規制緩和の誘因となり、北大西洋が中心だった世界貿易に東アジアを組み込むことになるとは、誰一人として想像していなかったのである。
(『コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった 増補改訂版』)

そう、コンテナは、当時の工場が持っていた「立地が港の近くである」というメリットを奪った。つまり、コンテナの登場によって輸送費が安くなった結果、世界中のさまざまな場所に企業は工場をつくることができるようになった。そして世界中に貿易する、グローバリゼーションを進めることとなった。

その恩恵は当然、当時の日本にもやってきた。

日本の経済発展にコンテナが貢献していた

ベトナム戦争が起こった時、ベトナムへ物資を送る際にもっとも困ったことが、「物資補給が混乱して、どれが届いてどれが届いていないのかまったく分からない」という状態だった。

つまり当時のベトナムにおいて、荷物を運び入れる作業は、たくさんの人が雇われて人力でやる作業だった。当然、どの荷物がどこ宛てに届けられたものなのか、人々は混乱する。そしてそもそも荷物がいつ届くのかも、分からない。さらに荷物の運び入れにあまりにも時間がかかると、船の出発タイミングが遅れてしまう。現場は混乱しきっていたらしい。

そんなときに役に立ったのが、コンテナだった。

本書の主人公であるマクリーンは、ベトナムへの物資補給にコンテナを使うことを提案した。コンテナ輸送は、船を効率的に使うことができるし、物資運搬の混乱も防ぐ。そうしてベトナム戦争に大いなる貢献が果たされた。

ここでさらに面白いのが、マクリーンが「ベトナム戦争にモノを運んだ船を使って、日本からモノを運び入れる」というビジネスを思いついたことだ。

当時、ちょうど日本は高度経済成長期。貿易したいから少しでも輸送費を減らしたい日本と、コンテナを使ってほしいマクリーンの利害は、一致していた。

こうして日本は貿易大国になることができた。それはひとえに、コンテナのおかげ、と言っても過言ではなかったのだ。

歴史小説のようなビジネス書

このようなコンテナをめぐる歴史とビジネスを語ったのが、本書になっている。

マクリーンの人生の物語と、世界史の物語と、運送ビジネス史の物語が交錯した本書は、読んでいてとても面白い。ビジネス書ではあるのだが、ちょっとした歴史小説を読んでいる気にもなってくる。

自分で起業しなくとも、たとえば株を買う時「次に株価が上がるのはどのような業界か、どのような業界のビジネスがもっとも利益率が高いのか」ということを考える人は多いだろう。そしてその時に必要になるのが、世界の貿易や経済の状況が今どのような局面にあり、今後どうなっていきそうかという大局観を持つことだと思う。

その際、本書のように過去に起こったイノベーションの物語を知っておけば、少し役に立つ面もあるかもしれない。なぜならコンテナという一見何の変哲もないものが、世界情勢の追い風を受けて大きなビジネスに変わっていく様子が描かれているからだ。

単純に読み物としても面白いし、それだけでなくビジネス理解にも役立つ本である。

どんな人が読んでも損しない一冊になっていると思う。ぜひ時間のある際に一読をおすすめしたい。

著者/ライター
三宅 香帆
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程退学。会社員生活を経て、現在は文筆家・書評家として活動中。 著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』などがある。近著『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』が23年6月発売。今年フリーランスになったことをきっかけに、お金の勉強を始めている。

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