「130万円の壁」がなくなると日本経済が回り出す…!?
「扶養が廃止される」って本当? 廃止されたらどんな影響が出る?
最近、耳にすることが増えた「扶養廃止」のウワサ。政府は、社会保険上の扶養の縮小を段階的に進めるような政策を打ち出している。
扶養とは、収入が少ないまたは収入がない親族を経済的に支援することで、一般的には夫が妻や子どもを扶養するケースが多い。扶養に入れるボーダーラインを「103万円の壁」「130万円の壁」と表すこともある。一部例外はあるが、基本的に本人の年収が103万円以下だと所得税が免除、130万円以下だと社会保険料が免除され、扶養に入れる仕組みになっているのだ。
扶養には「税法上」と「社会保険上」の2種類があるが、ウワサになっている扶養廃止・縮小の対象は社会保険上の「扶養」、つまり「130万円の壁」のよう。年収130万円以下でも、社会保険料を自分で支払うことになるかもしれないのだ。政府が進めようとしている扶養縮小とその影響について、ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子さんに聞いた。
現代のライフスタイルと合わなくなってきている「扶養」
「130万円の壁」を超えないように働くと、社会保険料(健康保険料や年金保険料など)が免除されるが、健康保険証を持つことができ、年金保険料も納めたことになる。国民想いの制度だが、なぜ廃止論が出ているのだろうか。
「年収130万円以下で働き、配偶者の扶養に入っている人を指す『第3号被保険者』は、1986年に始まった制度です。当時の日本は会社員として働く人が一気に増え、会社も業績を伸ばすために長時間労働を推進するような時代でした。会社員が早朝から深夜まで働くとなると生活がままならないため、配偶者には専業主婦として家事や子育てに専念してもらう代わりに、『第3号被保険者』として社会保険料を免除し、健康保険証や年金を優遇するといった制度ができたと考えると辻褄が合います」(川部さん・以下同)
40年近く前にできた制度が現代に合わなくなってきているため、廃止論が出ているという。
「現在は働き方改革で残業規制が厳しくなったため、かつてのような長時間労働はできません。収入も上がりづらくなっています。そうなると、夫婦共働きという選択肢が現実的になりますよね。ただ、『130万円の壁』を超えずに働いて扶養に入ったほうが優遇されているように感じてしまうため、夫婦のどちらかが仕事をセーブし、結果として世帯収入が落ちてしまうということが起こっているといえます」
夫婦の働き方や家計の問題だけでなく、社会課題を解決するためにも扶養の廃止が重要になるといえるようだ。
「少子高齢化によって、健康保険を使う人や年金を受け取る人は増える一方、社会保険料を納める人は減少しています。少しでも社会保険料を納める人が増えると、一人ひとりの負担が軽減され、医療や年金も多くの人に行き渡るようになると考えられます。将来の自分たちのためにも、いま優遇を受けるのではなく、社会保険の仕組みを円滑に回すことを意識する時代になってきているといえるでしょう」
「扶養の縮小」に向けて打ち出された政策
現在は社会保険上の扶養廃止の話が出てきている段階で、具体的な改正案が提示されているわけではないが、扶養の縮小に向けた動きはある。
●社会保険適用拡大
2016年10月から従業員数に応じて社会保険の適用範囲の拡大が進められ、2024年10月からは従業員数51人以上の企業で働く人も対象となる。社会保険への加入が適用されるのは、以下の項目のすべてに当てはまる人だ。
□週の所定労働時間が20時間以上30時間未満
□所定内賃金が月額8万8000円以上(基本給及び諸手当を指し、残業代・賞与・臨時的な賃金等は含まない)
□2カ月を超える雇用の見込みがある
□学生ではない(休学中や夜間学生は対象)
「簡単に解説すると、『130万円の壁』が『約106万円の壁』に引き下げられるということです。従業員51人以上の会社となると、そこまで規模が大きくないスーパーなども該当するため、パートで働いている人のほとんどが社会保険料を支払うことになるでしょう。社会保険料を払うことになるなら、思い切ってもっと働こうと考える人が増えるのが理想ですね」
●年収の壁・支援強化パッケージ
パートで働く人が「106万円の壁」を超えて働いた際に、手取り額を減らさない取り組みを企業が実施した場合、その企業は従業員1人につき最大50万円の支援を受けられる制度。手取り額を減らさない取り組みとは、従業員に社会保険料相当額の手当を支給するといった取り組みが挙げられる。
「従業員は手取り額が減らず、会社も手当を支払うための助成金を得られるので、『106万円の壁』を意識せずに働きやすくなるでしょう。ただし、この制度は2023年10月から2年間の期間限定で始まったものなので、2025年10月以降は支援されなくなる可能性が高いといえます。それまでに年収106万円を超えて働くかセーブするか、考える必要があるでしょう」
「扶養の廃止」で世帯収入が増え経済が回り出す
国は扶養廃止の方向に動き出しているといえそうだが、実際に扶養が廃止されたら、働いている人全員が自分で社会保険料を支払うことになるため、個々の負担が増えるだろう。
「支出が増えるという不安はあるかもしれませんが、扶養の廃止は家計にとってマイナスの影響ばかりではありません。まず、自分自身の年金や健康保険が充実します。また、『106万円の壁』『130万円の壁』がなくなると、年収を気にして労働を制限する人が少なくなるため、世帯収入が上がります。その分買い物やおでかけをするようになるので、会社の収益も増え、従業員の給料が上がるという好循環が生まれる可能性が高いのです。日本経済を回すためにも、扶養の見直しは重要だといえます」
川部さんが話す好循環を生み出すには、ただ制度を変えるだけではなく、国民一人ひとりの意識も変えていく必要があるという。
「夫婦のどちらかが仕事に専念し、どちらかが家事や子育てを行うといった家庭のあり方を変える必要があるでしょう。共働きが進んでいる欧米を見ると、夫婦がともに働き、ともに家事もこなしているからこそ、子育てがしやすくなり、少子化が解決するというモデルができてきています。『男性は働き、女性は家庭を守る』という性別役割分業意識を本格的に捨てる時期が来ているのだといえます」
「扶養廃止」と聞くとマイナスの変化のように捉えてしまうが、将来を見据えるとプラスの影響のほうが大きいかもしれない。悲観的にならず、自身や配偶者の働き方を見直す機会となりそうだ。
(取材・文/有竹亮介(verb))