投資家の本棚

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【ファンドマネージャーの奥野一成さん】経営の“原点”を思い出させてくれる『会社という迷宮』

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投資家としての一面を持つ各界のトップランナーに、投資への想いとオススメの本を訊くこちらの企画。今回登場するのは、3000億円超の資産を運用するファンドマネージャーとして知られる、農林中金バリューインベストメンツ 常務取締役(CIO)の奥野一成さんです。

「投資とは企業のオーナーになること」という考えを伝え続けてきた奥野さん。本記事で紹介する一冊も、企業経営について書かれたものであり、この本を読んで「何度も泣いた」と言います。なぜ企業経営がテーマの本で涙を流したのか。奥野さんの思いを掘り下げます。

経営の目的は「お金儲けでも、競争に勝つことでもない」

――今回ご紹介いただく書籍は、どんなものでしょうか。

奥野:一言でいえば「企業経営とはどういうものか」が書かれた本ですね。経営コンサルタントの石井光太郎さんの著書『会社という迷宮 経営者の眠れぬ夜のために』(ダイヤモンド社)です。

石井さんは、日本初の独立系経営コンサルファーム、コーポレイト ディレクション(CDI)の創業メンバーです。私はこの本を読んで、大げさではなく何度も泣きましたよ(笑)。

――経営の本で泣いてしまった理由は、どこにあるのでしょう?

奥野:長期投資の根幹は、投資先企業の「経営」を見極めることにあります。また、規模は小さいですが、私も企業経営に携わっている人間です。その一人として「経営の原点」を思い出させてくれたからですね。

この本に書かれているのは、企業経営の本来の目的は「お金儲けではない」ということです。世の中を良くすることが目的であり、利益はあくまでその結果です。企業競争に勝つことも本当の目的ではありません。世の中を良くするために仲間を募り、投資家を募り、会社が成り立っている。これが経営の原点なのです。経営者の役割とは、太く力強い経営哲学に根ざした「旗を立てる」ということなのです。

経営に携わっていると、利益や策にとらわれそうになることが多々あります。企業競争に勝つことが目的になっている場面も少なくありません。経営の原点から足を踏み外した状態であり、そんなときは経営者として苦しみを感じるものです。この本は、その苦しみに気づかせ、本来の場所に立ち返らせてくれる。だから涙が出るんですよね。

――「世の中を良くすることが目的」という経営の原点を再認識させてくれると。

奥野:私たちの会社は投資家にまつわる事業を行っていますが、その根底には「投資が世の中を良くする」という考えがあります。なぜなら、多くの人が喜ぶ価値を生み出す最大の経済主体は企業です。その企業の下にたくさんの人が集まり、投資という形でリスクをとって支援すれば、企業から大きな価値が生まれやすくなり、世の中が良くなります。株式投資の意義はここにあります。そうして実際に企業が価値を生んだら、その企業を支援した投資家(=オーナー)に報いていくのです。

その上で私たちの会社が目指すのは、機関投資家、個人投資家の方々の資金を運用するだけでなく、投資家の方が投資先の企業を「自分の会社」だと思えるように、オーナーシップを持って投資できるようにすることです。もしもオーナーシップが生まれず、利益だけを追い求める投資になると、社会を良くすることから離れるかもしれません。それは資本主義の堕落とも言えます。私たちの会社の使命は持続的な価値を生む素晴らしい企業の「オーナーシップ」を最終投資家の方々に届けることなのです。

なぜ投資家にとって、オーナーシップを持つことが必要なのか

――奥野さんは「投資とは企業のオーナーになること」だとよく言われています。まさにオーナーシップの考えだと思いますが、なぜそれがないと社会を良くすることから離れるのでしょうか。

奥野:オーナーシップを持って投資するからこそ、投資先の企業の振る舞いに責任を持つわけですよね。これが世の中を良くする企業を増やすのです。ESG投資の意義も本来はそこにあり、社会の模範となる活動をしていない企業には投資できないという考えは、オーナーシップを持っているからこそ生まれます。逆の言い方をするなら、オーナーシップ感覚のないところにESG投資など存在しません。

ちなみに、オーナーシップを持つと長期投資を実践しやすくなります。自分がオーナーになった意識を持つからこそ、その会社を知り尽くし、曖昧な情報に惑わされません。だから長く支援し続けられます。それを実践してきたのが、投資の神様と言われるウォーレン・バフェットですよね。自分が徹底的に知り尽くした企業に投資し、長期で保有し続けてきました。

私たちの会社の役割の一つも、投資家がオーナーシップを持って投資できるようにすることです。だからこそ、さまざまな企業に足を運び、私たちが見聞きした深い情報を投資家の方に伝えています。こうして投資家の方が投資先の企業を知り尽くし、「自分の会社」だと思えるようにしたいのです。

――ちなみに、個人投資家がオーナーシップを持って投資を行うには、どんなことが必要でしょうか。

奥野:流行や周りの情報に惑わされず、自分がどの会社に投資したいか、自分はどう思うかを徹底的に追求することです。それが投資先の企業を本気で理解することになり、オーナーシップを生みます。バフェット氏が仰る通り、「レンタカーを洗う人はいない」のです。

投資を始めると、いろいろな情報に出くわします。世の中の流行や周りの意見に惑わされることも多いでしょう。それに従うのではなく、最後まで自分で責任を持つことが大切なのです。オーナーは責任を引き受けるからこそ、そのリターンを享受する資格があるのです。

経営にもつながる名将の言葉「吉田山に登れ」

――今日はもう一冊ご紹介いただけるとのことですよね。

奥野:投資とは無関係の本ですが、若い頃に感銘を受けた一冊です。京都大学アメリカンフットボール部を四度の日本一に導いた名将、水野彌一監督の『一つのことに一流になれ―スポーツはビジネスだ 目標は「勝つ」ことだ』(毎日新聞出版)です。

先ほど「周りに流されず追求してほしい」と言いましたが、この本もタイトルの通り、一つのことを突き詰める大切さが書かれています。物事の真理にたどり着くには、自分のやるべきことを徹底的にやらなければならない、と。

――本の中で好きな一節はありますか?

奥野:「吉田山に登れ」という言葉ですね。これは企業経営にもつながるかもしれません。吉田山は京大から見える山のことで、水野監督はアメフト部に入ろうかどうか迷っている新人に対し、「部活に入ったら将来どうなるだろうか」「アメフトは何かに役立つだろうか」などといろいろ考える前に、とりあえず「吉田山に登れ」と説くんですね。京大生は考えすぎる節があり、決断が遅れることもある。登ったからこそ新しく見えるものがあるし、むしろやってみないと分からないことがあると言うのです。

企業経営も同じです。全てが計画通りに進むことはほとんどなく、やってみる中で成果や課題が生まれ、計画を修正していきます。これを経営学的には「リアルオプション」といいます。企業経営は動的なものであり、対応力が重要なのです。学生時代、この本に出会ったときはそこまで考えていませんでしたが、経営哲学にも通じますよね

――最後に、いろいろな方法で情報を得られるこの時代、本を読む意味はどこにあると思いますか。

奥野:欲しい情報をすぐに得るなら、インターネットが最適だと思います。私は新しい知識を得るために本を読むというより、自分の考えの支柱や、忘れてはいけない心胆を練るために、同じ本を何度も読むことが多いですね。今日紹介した2冊もそういう存在であり、自分が原点に立ち返る、大切なものを再度認識するものになっています。

(取材・文/有井太郎)

※記事の内容は2024年4月現在の情報です

お話を伺った方
奥野一成
農林中金バリューインベストメンツ 常務取締役(CIO)
1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。
著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。

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