【三宅香帆の本から開く金融入門】
その節約術、本当に自分の人生のためになってますか?『働く君に伝えたい 「お金」の教養』
若い世代の「お金」の不安を解消する本
新年度を迎え、新しいスタートを切った人も多いだろう。そんななかで、新しくお給料をもらい始めたり昇給したり転職したりして、自分のお金の使い方や貯め方をあらためて考える機会もあるかもしれない。そんな時、特に若い世代に読んでほしいのがこの本である。
本書『働く君に伝えたい 「お金」の教養』は、ライフネット生命の創業者である著者・出口治明さんが、若い世代の「お金」にまつわる不安を解消する本だ。
著者の出口さんは、1972年に日本生命入社後、定年まで働き、その後ライフネット生命を創業。2023年まで立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務めていたという経歴の持ち主である。
本書で彼が伝えるのは、「収入額に関係なく必要なお金にまつわる知識」。主に五章に分けて、お金のことを知るためのデータ、使い方、貯め方、殖やし方、稼ぎ方についてそれぞれ著者が語る。ここに綴られているのは決して突飛な意見ではないし、ごく当たり前のことも書いている。が、「若い世代がなんとなく不安に思っていたお金の話題」に対し、不安を煽らず真摯に回答しアドバイスを与えてくれる本になっているところが、本書の最大の魅力だろう。
残念ながら、この本を読んだからといって、すぐに3億円儲かる、なんてオイシイ話はありません。なんの苦労もなく1億円もの貯蓄ができていた、なんて奇跡も起こりません。
しかし、むだな不安から解放され、楽しくお金を使い、残し、殖やしていくことで、幸せな人生を送れるようになる。そう断言することはできます。
お金のことで死ぬまで不安に思うことなく、楽しく生きていけるようになること。
お金に支配されることなく、お金を支配できるようになること。
これが、本書のゴールです。
(『働く君に伝えたい 「お金」の教養』より引用)
毎日のコーヒー代は、本当に節約されるべき?
本書の良いところは、お金の使い方や貯め方を考えるうえで、「自分の好みや自分の生き方」を抜きにして語ることはできない、と述べているところだ。つまりわかりやすく、誰にでも当てはまる法則などがほとんどない。それぞれ自分のライフプランや趣味嗜好ややりたいことに照らし合わせて、こういうふうにやっていくといい、と実例を本書は語る。
たとえば、ふつうお金の使い方というと「ラテ・マネー」をやめよう、と語られる。ラテ・マネーとは、習慣でつい買ってしまうコーヒー代のように、毎日ちょっとずつ使ってしまうお金のことである。節約本などでは「まずラテ・マネーを見直しましょう、積もり積もると大きな金額になりやすいし、ラテ・マネーを使ってると貯金ができません」などと言われやすい。
だが本書の著者は、そのような批判を踏まえたうえで、「コーヒーが好きで、一日の活力や癒しになる人にとって、コーヒー代とは人生に必要な使うべきお金であるはずだ」と語る。つまり、自分が本当に好きで人生を豊かにするためのお金であれば、たとえ他人から散財といわれるような使い方であっても、使うべきだ、と主張するのだ。
みなさんにとっては、「これは使うべき、これは節約すべき」と教えてもらったほうがラクかもしれません。僕も、正解があるならお伝えしたい。しかし、すべての人にとって「善」「悪」の使い方などないのです。大切なのは、世間が「いい使い方だ」と思うことではなく、自分の価値観を知り、どのように使えば自分はハッピーになれるのかを知ること。自分の好みを知らずして、限られた収入のなかで最高の消費はできないのです。
(『働く君に伝えたい 「お金」の教養』より引用)
マイホームは、必要?
ほかにも、たとえば「マイホームについては、友人や家族の意見に流されてなんとなく買うのではなく、しっかり自分の人生に家の購入が必要どうか考えてみるべき」という意見や、「株式投資も大切だが、実は自分に投資して自分が稼げるようになることが若い時代にやるべき一番の投資である」という主張など、他の金融入門本には書いていないことがたくさん綴られている。
たとえばマイホームを購入することのメリットを挙げる人はたくさんいるが、マイホームを購入することのデメリットを教えてくれる本はなかなか存在しないのではないだろうか(本書の著者は若い世代のマイホーム購入をあまり勧めない立場なのだ)。もちろん、家の購入のような大きな買い物においてもっとも重要なのは、メリット・デメリットをどちらも知ったうえで検討することだろう。そういう意味でも、若いうちに本書を読んで「自分はどんな人生を送りたくて、そのためにどんなお金の使い方をすべきなのか」を考えるのは良い影響があるはずだ。
自分の人生について考えるきっかけとなる一冊
マイホームにしても年金や定年の制度にしても、現代日本の「お金の常識」は、高度経済成長期という、日本がたまたまラッキーだった時期に生まれたものだ、と著者は語る。だとすれば、これからの時代にそのような常識を鵜呑みにしても、損をするのは若い世代なのだ……と。
ではどうすればいいのか? それは本書の結論に書いてある。端的に言えばそれは自分の人生をどう生きたいかそれぞれが考えよう、ということなのだが、この話の細部はぜひ本書を読んでみてほしい。
お金も人生も、なにか正解があるわけではないとわかっていても、つい友人や家族の使い方を気にしてしまったり、他人と比べてしまったりする。そんな時に本書を読むと、結局自分は自分の人生を生きるしかないのだなとなんとなく納得できる。
新社会人のみならず、この春、自分の生活や人生についてじっくり向き合いたい時に助けてくれるような一冊である。