マネ部的トレンドワード

生成AIが「伝統文化」を受け継ぐカギになる!?

振り付け生成AI「最強AIダンサー」が目指す“エンタメ産業の変化”と“文化の保全”

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市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回のテーマは、「現代用語の基礎知識選 2023ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に入った「生成AI」。

生成AIと聞くと「ChatGPT」のような文章を生成するAIをイメージする人も多いかもしれないが、最近では画像や動画を生成するAIも出てきている。そのなかでも特徴的なのが、福岡発のスタートアップ・マッドソフトが発表した「最強AIダンサー」。楽曲をアップロードするだけで、その楽曲に合う振り付けを生成してくれるAIだ。

「最強AIダンサー」を開発したマッドソフト代表取締役の芝原隼人さんに、開発に至った経緯や振り付け生成AIが世の中に与える影響について聞いた。

手軽かつ安価で振り付けを生成できるAI

「最強AIダンサー」は、楽曲をアップロードするだけで、AIが振り付けを自動生成してくれるサービス。何度でもリテイクすることが可能で、生成された振り付けの一部だけ再生成したいという要望にも対応してくれる。

【振り付け生成AI】最強AIダンサーの使い方

今後は、音楽に合わせて即興で振り付けを生成する「ライブ生成」や、ダンス動画からAIの学習データを生成する「学習データ生成」といった機能も追加される予定だ。

「現在は、ダンス動画から体の動きを推定して『学習データ生成』を行う機能を開発しています。現状は細かい表情や手の動きまで推定するのは難しいのですが、海外ではモーションキャプチャー(動きをデータ化するシステム)のAI版のようなシステムの開発が進んでいるので、来年あたりには精度が高くなり、『最強AIダンサー』が生成できる幅も広がると考えています」(芝原さん・以下同)

なぜ、AIに振り付けを生成させようと思ったのか。その答えは、芝原さんのこれまでの経験にあった。

「もともとダンスを10年くらいやっていて、人の動きに興味があったんです。それにプラスして、大学院の頃に言語化できない知識をセンサーネットワークで保存する方法を探る研究を行っていたことも影響しています。ダンスの動きは言語化するのが難しく、それをセンサーネットワークで解決できないか、ずっと考えていたのですが、近年になって生成AIで動きを再現できるようになったので、これならダンスを保存できるかもしれないと思って動き出しました」

マッドソフトを立ち上げる前はIT企業に勤め、AIを活用したアプリの開発などを担当していた芝原さん。AIを扱うノウハウや知識を得ていた状態で「最強AIダンサー」の開発に乗り出したため、スピード感をもって完成まで進められたそう。

「開発開始からざっくりとサービスの原型ができるまで3カ月ほど、そこから現在リリースしているベータ版へのブラッシュアップまで2カ月ほどの期間で進めました。工数的には4人分くらいの仕事量だったのですが、半分くらいの工程を『GitHub Copilot』という生成AIに頼り、コードを生成してもらったり調べものをしてもらったりしたことで高速かつ自分1人で進められました」

芝原さんが拠点を置いている福岡県福岡市は「エンジニアフレンドリーシティ福岡」という取り組みを進めており、エンジニアが活動しやすい街になってきているという。

「『エンジニアフレンドリーシティ福岡』に参加して『最強AIダンサー』のアイデアを考え、2023年8月頃から開発を始め、同年12月に『エンジニアフレンドリーシティ福岡アワード2023』で表彰していただきました。それがきっかけで本格的なサービス化を考え始めて、起業家養成プログラム『FUKUOKA STARTUP ELITE(エリート)』に参加しました。そのプログラムでも評価していただいて、マッドソフトの創業に至ったんです」

高い評価や表彰につながったポイントは、構想から完成まで一気に進められたところ。そして、社会を変える可能性を秘めているところにあったという。

「例えば、アバターを踊らせようと思うとモーションキャプチャーを用いる必要があり、5秒くらいの短いモーションでも10万~20万円はかかります。また、モーションキャプチャーが取れるのは都市部の大規模なスタジオに限られるので、中小企業や個人クリエイターは予算的にも地理的にも使いづらいという現状があります。その点、『最強AIダンサー』であれば、パソコン上のボタンを押すだけでアバターが踊ってくれるので、産業構造が変わる可能性があるという点に注目していただきました」

「最強AIダンサー」の料金は、アマチュアプランで1曲500円~、プロプランで1曲5000円~、エンタープライズプランで1案件5万円~と、モーションキャプチャーと比べるとかなり低い。スタジオやスタッフを確保する必要もないため、中小企業や個人クリエイターも活用しやすいだろう。

「エンタメ業界」だけでなく「教育現場」でも活用される可能性

「最強AIダンサー」の本格稼働はこれからとのことだが、すでにさまざまな企業から問い合わせが届き、検証を進めているケースもあるそう。

「大企業からは『バーチャルタレントを踊らせたい』という話をいただいています。これまではモーションキャプチャーやディープフェイクを用いていたところを、生成AIに置き換えられたら面白いのではないかということで、検証を進めている企画もあります。中小企業や個人クリエイターには手軽にモーションやダンスをつくれないという課題があったため、安価に使える『最強AIダンサー』は引き合いがあります。『VTuber活動で使いたい』『歌ってみたの曲に合わせてダンサーが踊るMVをつくりたい』といった話をいただいています」

バーチャルタレントやVTuberが活用するだけでなく、より多くの人が目にするであろう広告などでの活用も考えられるようだ。

「街中にあふれているデジタルサイネージにずっと同じ映像が流れていたら、飽きますよね。でも、流れる音楽に合わせて面白い動きをする映像が入ってきたら、つい見入ってしまうでしょう。カラオケの映像なども同じといえます。モーションキャプチャーと比べると生成AIのコストは低いですし、今後『ライブ生成』もできるようになったら、さまざまなダンスをリアルタイムで大量に生成できるようになります」

さらに、バーチャルの世界だけではなく、生身のダンサーの踊りを「最強AIダンサー」に生成してもらうということもできる。

「人が振り付けをつくると、どうしても体に馴染んだ動きが出てしまうんですが、生成AIはさまざまな人の動きを混ぜてつくり出すので、思いもよらない動きが出てくる可能性が高いといえます。AIが生成した振り付けに対して『女性らしい動きにしてほしい』『ブラジルのダンスの要素も入れて』といった指示を出すことでユーザーの理想に近付けながら、予想もしないダンスを生み出すことができると考えています」

人のダンスを「最強AIダンサー」に生成してもらうという活用法は、芝原さんも想定していなかった問い合わせがきっかけでひらめいた部分だという。

「教育機関の方から『生徒が希望する曲を使って、授業で踊れる振り付けを生成できないか』という問い合わせがあったんです。いまは体育の授業にダンスがありますが、先生方も生徒もダンス経験がないと振り付けをつくるのは難しいですよね。そのような場合に活用できるんだと気付かされました。大阪で歌手活動されている方からも、『自分の曲に合わせて簡単な振り付けをつくりたい』という問い合わせがありました。ベータ版をリリースしただけでさまざまな問い合わせをいただいたので、『最強AIダンサー』にはもっといろいろな用途や可能性があると感じます」

振り付け生成AIは「エンタメ」や「文化」を発展させるカギ

「『最強AIダンサー』によって産業構造が変わる」という評価は、ユーザーからのニーズを見ても間違いなさそうだ。

「生成AIの登場によって、新しい産業やムーブメントが起こるという予感は皆さん抱いていると思います。自分自身も生成AIを使うことで、4人分の仕事量を1人で短期間に進めることができました。ダンス業界やエンタメ業界でも、『最強AIダンサー』によってダンサーの仕事のあり方やクリエイターのワークフローが大きく変わる可能性があります。今後『最強AIダンサー』が本当に“最強”になり、人間がAIからダンスを教えてもらう未来が来るかもしれません。そんな予想もつかない世の中に変わっていくのが楽しみですね」

「AIからダンスを教えてもらう未来」は、ビジネスを変えるだけでなく、文化の保全にもプラスに働くと芝原さんは考えている。

「福岡市の伝統芸能『博多をどり』は、師匠から長い期間をかけて教えてもらわなければマスターできないものです。ただ、伝統を引き継ぎたいものの、場所や時間の問題で習えない人もいるかもしれません。もし、AIが『博多をどり』を学び、教えることができるようになれば、次の世代に引き継ぎやすくなります。伝統文化だけでなく、マイケル・ジャクソンのような伝説的なダンサーの動きや空気感を生成AIで再現できたら、すごいことが起こりそうですよね。そのためにも、研究を継続していきたいと思っています」

マッドソフトは2024年内に初めての資金調達を行ってチームメンバーを増やし、国内と同時に海外展開も進めていく予定とのこと。

「来年~再来年にかけて、カンフーや中国武術などのアクション、手を振るなどのアイドル的なモーションを生成できる『最強AIタレント』も開発したいと考えています。そして、将来的にはエンタメ系生成AIでポールポジションを取るというビジョンを描いています。日本はエンタメ系コンテンツが強いですし、法規制も生成AIに対して寛容です。また、最近は海外の投資家やエンジニアが日本に興味を持ってくれているので、これらの流れに乗って事業を拡大していきたいと思っています」

世の中の“不”を解消し、新たなムーブメントを生み出す可能性を秘めている「最強AIダンサー」。エンタメ業界での生成AIの活用は、今後見逃せない分野となっていきそうだ。
(取材・文/有竹亮介)

著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。

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