投資家の本棚
【経済愛好家の肉乃小路ニクヨさん】お金のニオイの大切さを知った『悪女について』
投資家としての一面を持つ各界のトップランナーに、投資への想いとオススメの本を訊くこちらの企画。今回登場するのは、金融業界でキャリアを積み、現在はお金や投資に関する情報発信を数多く行う肉乃小路ニクヨさんです。
「人生は経営」と考え、たくさんの人が「普段からお金のニオイに敏感になってほしい」と伝える肉乃小路さん。そうした思いに至ったきっかけが、今回紹介する一冊との出合いでした。詳しい話を聞いていきます。
「人生は経営」と考えると、物事を仕分けしやすくなる
――今日はどんな一冊を紹介していただけるのでしょうか。
肉乃小路 ずいぶん迷いました(笑)。最近読んだビジネス本やお金の知識を学べる本など、いろいろと候補は浮かんだのですが、もっと根本的に、お金と人生に対する自分の「思想」を作った本を紹介したいなと思いました。そう考えて持ってきたのが、有吉佐和子さんの小説『悪女について』(新潮文庫)です。
私はよく「人生は経営」だと話していますが、その思いに至ったきっかけの本でもあります。
――人生は経営。
肉乃小路 人生を経営に置き換えると、お金を含め、自分の状況や周辺の物事を整理しやすくなると思うのです。自分にとっての資産や負債を “仕分け”しやすいと言えるかもしれません。もちろん、人生には割り切れないものもたくさんあります。でも割り切れるものに関しては、多少なりとも整理しやすくなるのではないでしょうか。併せて、人生を経営と捉えると、目標や向かう先も考えやすくなります。
――その考えに至った本が『悪女について』だったと。
肉乃小路 そうですね。この小説は、女性実業家・富小路公子が一代で財をなし、時代の寵児となりながら最後は謎の死を遂げていく様を、公子に関わった人へのインタビュー形式で描いていきます。
私は大学時代に作品を読み、公子に魅了されました。芸名の“肉乃小路”も、彼女から取っています。名前の“ニクヨ”については、とてもこのメディアでは由来をお話しできないので、またの機会に聞いてください。
――名前の由来は今度にするとして、公子という人物のどこに惹かれたのでしょうか。
肉乃小路 公子が持つ「自己プロデュース能力」と、彼女が財をなすベースに「簿記」の知識があったこと。そして「お金のニオイ」に敏感で、それを自分のものにする経営感覚です。主にこの3つが、公子に魅了された理由ですね。
まず自己プロデュース能力について、宝石店や不動産で巨額の富を築いた公子ですが、悪いことをたくさんした一方で、彼女を「良い人だった」という声も聞かれます。印象は人によって大きく異なるのです。
ただし一貫しているのは、彼女はつねに上品なんですね。それがとても印象的で、言葉遣いや立ち居振る舞いがとても美しいのです。その姿から、上品でいる方が自分の欲しいものを手に入れやすくなるのだと感じました。だからこそ、私はこんな見た目ですが、言葉遣いや振る舞いだけは上品でいようと心がけています。
――そんな公子が成功する背景に、「簿記」の知識もあったということでしょうか。
肉乃小路 公子はかつて簿記学校に通っており、当時その姿を見た人が作中で公子のことを語っています。
私も簿記や会計の知識は人生に役立つと考えていますし、この小説でその思いを強くしました。2級までなら、誰もが取っておいて損はないのではないでしょうか。人生を経営と捉える上で、間違いなく大切な知識です。
――なぜそう思うのでしょうか?
肉乃小路 簿記を学ぶと、先ほど話したような自分の資産や負債、周りの物事の仕分けがしやすくなるからです。
例えば簿記では、さまざまな取引による財産の増減を「借方」「貸方」として帳簿に記載します。詳しい説明は省きますが、日々のお金の収支を借方・貸方に仕分けすると、自分の経済状況はもちろん、頭の中も整理される感覚になります。
お金に加えて、費やした時間や努力の見方も変わります。人生を経営と捉えたとき、あれだけ時間を費やしたこの行動で資産を得られているのか、自然と確かめる感覚が身につくんですね。私も大学時代に簿記を勉強しましたが、本当に人生に役立ちますし、公子の成功にも大きく関連していると思います。
給料アップのためにも「お金のニオイ」に敏感になる
――もう一つ、公子に魅了されたポイントとして「お金のニオイに敏感であること」を挙げていますよね。
肉乃小路 彼女は、お金のニオイがするところに思い切った投資を行っていきました。こうした経営感覚は、ビジネスや投資はもちろん、人生でも大切なことだと思いますね。つねに世の中のお金の動きを見ながら、自分の振る舞いを考える。人生を選択していく。お金のニオイに敏感になるとは、こういうことだと思うのです。
――つねにお金の動きを見ながら、人生を選択していく。
肉乃小路 例えば「うちの会社はなかなか給料が上がらない」と嘆く方がいたとします。その原因は会社ではなく、そもそも業界が相当な不景気かもしれません。お金のニオイがしない業界にとどまり続ければ、給料は上がりにくくなります。勤務先や転職の判断をする上でも、お金のニオイに敏感になることが大切なのです。
あるいは、円安が進む最近ですが、勤めている企業によってはその恩恵を受けられない方もたくさんいます。そこで嘆くのではなく、給料が上がらない分、円安で利益を上げる企業に投資してカバーするという方法もあるでしょう。こうした感覚を持つことが大切ですよね。
――今のお話にもあるように、お金のニオイに敏感になることは、投資にもメリットを生みそうです。とはいえ、どうやってその嗅覚を鍛えれば良いのでしょうか。
肉乃小路 お金が集まりそうなところを注意深く見続けることです。仮にあるビジネスが発展しそうだと感じたら、そのビジネスを追いかけて経過を見る。さらに実際の経過に対して、なぜそうなったのかを考える。もしビジネスが思ったほど発展しなかったのなら、今度はその理由を分析するのです。
一番良いのは、適切な範囲で身銭を切って、実際に投資しながら勉強することです。身銭を切ると、勉強する気持ちも高まります。日経平均株価やTOPIXなど、日本経済全体に投資するのも良いですが、自分の嗅覚を養うには、各企業の個別株を見ていくのが良いでしょう。投資をして経過を見ながら、自分の嗅覚が合っているか答え合わせをしていくのです。
――投資をするのは「怖い」という方もいると思います。何かメッセージはありますか。
肉乃小路 投資を怖いと感じる方も、きっと自分のお子さんに入ってほしい会社のほとんどは株式会社だと思います。株式会社はそれだけ機能的に優れていますし、だからこそ増えてきたわけですよね。
投資を怖いと思うのは、いまだに投資をギャンブルや博打と捉えることがあるからです。しかし、株式会社はギャンブルや博打のために株式を公開しているわけではありません。広く資本を集め、自社のビジネスで利益を上げる。そして、投資をしてくれた株主に利益の一部を還元するのが本質です。
株式会社が誕生したばかりの頃は、未成熟な部分もあったかもしれません。ですが、これだけ経済が成熟した今、株式会社が優れていることは十分に証明されてきました。だからこそ、もっと株式会社やその仕組みを信頼してもらえたらいいなと思います。
自らの資産を投資して、自分にできないことを株式会社に実現してもらう。そんな感覚で投資をする人が増えてくれたらうれしいですね。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2024年8月現在の情報です
1975年東京都出身。幼少期から高校まで千葉県在住、渋谷教育学園幕張高等学校卒業、慶應義塾大学総合政策学部卒業。大学在学中(1996年)に女装を開始。証券会社に就職後、銀行と保険会社でキャリアを積む。会社員と並行してショウガール・ゲイバーのママとして勤務。経済・お金・ライフハック・人生観を独自の視点で語る。