Exchange & beyond~取引所をさらに進める~

これまでに3万3000人を超える親子が参加

株式投資の本質は「お金儲けではない」、20年間子どもたちに伝え続けている東証の活動

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今から20年前の2004年、東京証券取引所では新しい組織が立ち上げられ、金融経済教育に力を入れ始めた。それまで行っていた取引所の見学などに加え、親子経済教室や学校への出張授業、先生向けのセミナーなどを本格的にスタートした。以来、親子経済教室の参加者は3万3000人以上になる。現在は「金融リテラシーサポート部」がこの活動を行っている。

学校教育でも、お金に関する学びが重要視される昨今。東証ではどのようなことを行ってきたのか。金融リテラシーサポート部 金融経済教育ファシリテーター(推進役)の町田貴子さんと吉村慈子さんに聞いた。

「金融経済教育」に携わりたいと手を挙げた

20年前に東証が新しい組織を立ち上げて、金融経済教育に力を入れていくことになったとき、自ら手を挙げてその組織に異動したのが町田さんだった。それまで人事部の一員として新入社員に会社の福利厚生や保険、貸付金などの説明などを行っていたが、東証に入社する若者さえも「身の回りのお金については知らないことが多い」と感じていたという。だからこそ、子どもたちにお金や経済のことを伝える必要があり、その一役を担いたいとこの組織へ来た。

「それまでも、東証では学生向けの取引所見学などを長く行ってきました。こうした土台を活かし、新たに親子経済教室や学校向けの出張授業などを始めたのです」(町田さん)

子どもたちに伝えたかったのは、経済や株式会社の基本的な仕組み。投資や資産運用よりもっと手前のことだった。とはいえ、当時は、教育現場でのお金の話はタブー、ましてや株式、お金儲けの話をするなんてと非難され、「投資は怖い」「ギャンブル」というマイナスイメージを持つ人が非常に多い時代だった。市場運営者である東証がこうした活動を行うことについて、学校や保護者の理解を得るのに苦労したという。

それから20年、地道に続けた親子経済教室の参加者は3万3000人を超え、満足度も90%以上を維持してきた。また、学校や保護者の意識もここ数年で大きく変化しているという。

「お金に関する学びを子どもたちに行ってほしいという先生や保護者の方が本当に増えていますね。学習指導要領に金融教育の項目が入り、また資産形成の大切さが徐々に浸透していることも大きいでしょう」(町田さん)

一方で、金融詐欺をはじめ、お金に関するトラブルは後を絶たない。投資にも当然リスクはある。こうした知識も子どもたちに伝えてほしいという声は非常に多い。町田さんとともに金融経済教育を行う吉村さんは、「経済や株式会社の仕組みに加えて、リスクや気を付ける点についても時間を割いて話しています」と口にする。

言葉だけで説明しても、子どもたちは興味を持ってくれない

現在行っている教育プログラムは幅広く、全国で実施する親子経済教室や、東証社員を学校に派遣しての出張授業、教員向けのセミナー・研修などがある。また、WEBサイト「スクールマネ部!なるほど!東証経済教室」では、経済や金融の知識を身につけることができるコンテンツを掲載している。

親子経済教室や出張授業では、さまざまな学びが用意されている。その一つは、前述した「経済や株式会社の仕組み」を解説するものである。とはいえ、言葉だけで説明しても興味を持ってもらえない。そこで「子どもたちに社長役や株主役を演じてもらうロールプレイング形式で伝えています」と町田さんは笑顔を見せる。

興味深い授業の好事例もある。杉並第一小学校(東京都杉並区)では、毎年5年生が模擬の株式を発行して資金を集め、会社を立ち上げてチョコレートを販売する「起業家教育」を行っている。その一環として、まず東証社員が出向き「株式会社とは何か」を説明しているという。

「私たちが伝えたいのは、株式とは本来どういう役割かということです。株式に関する話を聞いていると、この銘柄が上がりそう、いつが買い時かといった内容が多いですよね。どうしてもお金儲けの要素が強くなります。でも本来、株式は企業が行う“資金調達”の一つです。たくさんの株主からお金を集めることで、会社はいろいろな活動ができ、元気になります。そうして生み出した利益を配当として株主に還元することで、経済が循環していくのです。株主から見れば、株式を買うことで企業を応援し、その企業の経済活動の一部を担うことになります。こういう根本の意義を知ってほしいのです」(町田さん)

このほかに授業でよく行うのは、ボードゲーム型の教材「ブルサ bursa® educational」を使ったプログラムである。自動車、洋服、スーパーという3つの会社があり、ゲーム内でさまざまなニュースが提示される。それを見て、参加者はどの会社の株価が上がるかを予想。仮想の所持金で株式を売買していく。

「今年の夏は暑くなるというニュースが出れば、ドリンクやアイスの売れ行きが伸びてスーパーの株価が上がる……というように、ゲームの内容はシンプルです。最近は、円安のニュースも出題しています。どの企業がどのような影響を受けるかを考えてほしくて聞いていますね。こうして、日頃のニュースを株価の動きを通じて、経済活動と結び付けてほしいと思っています。」(吉村さん)

先生向けのセミナー活動も長い歴史を持つ

子どもに向けたプログラムのほか、教員向けのセミナー・研修も手厚く行っている。学校現場で金融教育を行う流れが強まる中、どのような授業を行えば良いのか、先生たちが情報を得られる場も提供しているという。具体的な中身を吉村さんが説明する。

「毎年、夏休みと冬休みに先生のための経済教室・経済セミナーを行っています。『他の先生方がどのような教育を行っているのか知りたい』という声が多く、夏期に行うセミナーでは、実際の現場の先生方が行っているさまざまな授業例や取り組みをご紹介いただいています。さらに、その場で専門分野の大学教授の方などにご講演いただいています。」

2024年の夏は東京と大阪で2日ずつ開催し、それぞれ1日目は中学、2日目は高校を対象に行った。冬の開催はプログラムの方向性を変え、これからの教育やAIと教育の関連性など、知識をインプットする内容が主になるとのこと。こうした形での先生向けの経済教室は、始めてから17年を数える。

学校現場での壁、使えるようになった「株式投資」という言葉

これらの活動を行う中で、2人が大切にしていることがある。町田さんが心がけるのは「言葉遣い」だ。

「とにかく難しい言葉は使わないようにしています。使った途端に子どもたちは楽しくなくなり、学ぶ意欲を失ってしまいます。例えば『売買(ばいばい)』という言葉も、私たちは当たり前に使いますが、ピンとこない子どもいます。私はまず『売り買い』と言っています。もし専門用語や難しい言葉を使うなら、必ずその前後に丁寧な説明を付け加えています。『上場』を説明する際も、試験にたとえて『皆さんにも試験があるように、試験に合格した会社の株式が東証で売買されます』というように説明しています」

一方、吉村さんが意識するのは、子どもたちと先生・保護者の各々に満足していただくことだという。

「これらの教育プログラムは、依頼してくださる方と実際にプログラムを受ける方が違うのが特徴です。依頼してくださるのは先生方や保護者の方ですが、受けるのは子どもたち。なので『こういうことをやってほしい』とリクエストをいただいても、そのまま行うと子どもたちには難しすぎる可能性もあります。いただいたリクエストを大切にしつつ、いかに子どもたちが楽しく学べる内容にするか。それはいつも気をつけていますね」

加えて、この活動で大切なのは“公正・中立”に伝えることだ。商品の宣伝や偏った情報が入れば教育ではない。その点、東証には安心して依頼できるという声も多いという。「公正・中立な立場にいる東証だからこそ、私たちがこうした活動をしなければなりません」と、2人は口をそろえる。

20年間この道を歩んできた町田さんは、これからの目標を問われて「これからも変わらずに、株式の仕組みをしっかりと伝えていきたいですね」と答える。

「私たちが株式投資をして、その資金を使って企業が良い商品やサービスを提供すれば、私たちの暮らしは良くなります。それにより会社の売上が増えれば、社員の給料も上がるでしょう。そして株主は配当をもらえます。また、社会課題の解決にもつながります。社会をよくする投資はみんなが幸せになれるものなんです。だからこそ正しく伝えていきたいですね」

町田さんは、学校ではあえて「株式投資」という言葉を使わなかったという。「投資は怖い」「ギャンブル」というイメージが強く、しょせん金儲けの話と思われてしまうからだ。経済や株式の仕組み、株式を買うことで会社を応援することは伝えるが「株式投資」という言葉は口にしなかった。しかし、最近になって使うようになったという。その理由は投資への理解が進んできたからだ。

東証社員の中には、子どもの頃に町田さんの講義を受けた人もいる。別会社の人から「昔、授業を受けました」と言われたこともある。町田さんは「20年間蒔いた種は、芽が出たばかりのもの、実をつけ始めたもの、それぞれがしっかりと根をはり、成長をしているのを感じます」と微笑む。これからも、その活動は続いていく。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2024年8月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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