【三宅香帆の本から開く金融入門】
『「働き方」の教科書 人生と仕事とお金の基本』
年齢ごとの働き方
今回紹介するのは、「働き方」というタイトルがついている本であるため、お金とは何の関係もない本に見えるかもしれない。しかし実は、本書は徹頭徹尾、人生とお金の話をしている。
どうやって働くのか、という問題は、つまりは、どうやってお金を稼ぐのか、という問題であるからだ。
「働き方の教科書」は、「お金の稼ぎ方の教科書」でもある。
そんな本書『「働き方」の教科書 人生と仕事とお金の基本』の著者は、ライフネット生命保険株式会社創業者で立命館アジア太平洋大学元学長である出口治明。彼は1970年代に日本生命保険相互会社へ入社し、50代の時退職しのちのライフネット生命保険株式会社を創業したという異例のキャリアの持ち主である。そんな彼が語る「働き方」は、20代、30~40代、50代とそれぞれの年齢でやるべき仕事がある、という年齢別のキャリアの組み立て方。そして、今後の日本や社会がどうなっていくのかを踏まえたうえで、仕事をするということについて、である。
後悔のない人生を送り、やりたいことをやるためには、ある程度のお金が必要になる。ならば、人生をどう設計すればいいのか? それを説明するのが、本書なのである。
お金は使い切る?
著者の人生観はいろんな意味でユニークである。
たとえば、「人生が楽しいかどうか」の定義。ふつうは、苦しいことや悲しいことが起こらないこと、そして楽しいことや嬉しいことばかりが起こることであると感じる人が多いのではないだろうか。しかし著者は、それは違う、と言う。「人生の楽しさ」は、「喜怒哀楽の総量」である、と語るのである。つまり、山も谷もあったほうがいい。そしてできるだけその起伏は大きいほうが、楽しい。著者はそう説明する。
これだけ聞くと納得できない人も多いだろうが、しかし著者は「できるだけいろんなことに挑戦し、人生のうれしさも苦しさもどちらもたくさん味わったほうが、全体的には楽しい人生になる」と語り、その語り口にだんだん共感してくるから不思議だ。
そして著者は、さまざまな経験に挑戦するためにも、お金はどんどん使っていくべきだ、と言う。
まずは自分が楽しいと思えること、好きなことを見つけることから始めてください。楽しいことや好きなことを悔いなくやり切るためには、それなりにお金がかかります。遺産など残している場合ではありません。
これも極論ですが、お金を残そうとすると、やりたいことを我慢して家の中に閉じこもるしかなくなります。人や社会との交わりを絶ってしまうと、やがて信頼できるものはお金だけということにもなりかねません。そうした考えが人生を無駄にしてしまうことに、早く気づいていただきたい。僕はそう思っています。
(『「働き方」の教科書 人生と仕事とお金の基本』)
お金を人生で使い切るには、どのような働き方、そして生き方をしたらいいのか。どうやったら人生の楽しさを最大にすることができるのか。本書はそれを説いていく。
仕事は人生の三割に過ぎない
たとえば本書は、「仕事は人生の三割に過ぎない」「たいしたことではない」と言い切る。
あとの七割は何になるのか、ぜひ本書を読んでみてほしいのだが、それにしても「仕事は人生のすべではない、仕事は人生の三割に過ぎない」と『「働き方」の教科書』というタイトルの本で書いているのは衝撃的だ。
しかし、それはある意味、「三割程度のことでしかないのだから、思い切って人目や他人の評価を気にせず、自分に正直であるべきだ」というメッセージの裏返しでもある。つまり、仕事は人生のすべてではないのだから、仕事では誰に嫌われてもいいのだ、ということである。
たしかに、仕事でお金を稼ぐことも人間関係の構築もどちらもやろうとすると、仕事が途端に大変なものになってしまう。しかしそうではない、と本書は説く。
楽しく仕事をするために、本当に必要なことは何なのか? それを知るべきだ、ということを著者は私たちに伝えてくれる。
歴史を知って、お金の流れを知る
さらに本書の魅力は、歴史や社会全体から見た時のお金の流れについても語っている点である。
たとえば、今後30年の世界はどうなっていくのか? アメリカの未来は? ヨーロッパは? 中国は? そして、日本は? 将来の見取り図を、人口や国ごとの状況や歴史を踏まえたうえで描いていく。日本の税金はどうなるべきか、あるいは医療や産業など日本全体がどこにお金を投じていくべきなのかを説く。
個人がどうお金を稼ぎ、使うべきか? という個人単位の問いと、日本がどうお金を稼ぎ、使うべきか? という大きな国単位の問い。それが一冊の本でどちらも語られているところが、本書の魅力なのである。
私たちのお金は、決して私たち個人のものだけではない。それは税収になり、企業が生み出した金額になり、そして日本全体を循環していく。そのようなダイナミズムも感じることができる一冊だ。歴史や社会情勢に詳しい著者ならではの「お金」の本になっている。
個人でどうお金を稼ぎ、使うのかという問題も重要だ。しかし個人の人生は、どうしても大きな流れの中にある社会情勢に左右されてしまう。だからこそ社会情勢や歴史にも目を配りながら、人生の計画を立てるべきだ、と本書は語る。個人が人生に向き合うとはそういうことなのだ、とも。
お金を稼ぐ手段――働き方について、さまざまな角度から語ってくれる本書。年齢や立場を問わず、学びの多い一冊となっている。ぜひたくさんの人に読まれてほしい名著である。