水素がプラチナにとって重要な新規需要分野である理由とは?

提供元:ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル(World Platinum Investment Council, WPIC)

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サマリー

プラチナは長い間取引されてきたコモディティですが、水素経済という新しい分野での大きな需要が期待できるという点で唯一のコモディティと言えます。脱炭素化の必要性がますます重要になっている昨今、プラチナベースの固体高分子膜 (PEM) 技術は、エネルギー転換に欠かせない役割を果たします。

プラチナはその化学的、物理的特質からPEM技術を利用する分野において最前線で使われています。水素を生産する水電解装置、そしてエミッションフリー(有害な廃棄物を出さない)の燃料電池自動車を動かす燃料電池の両方にPEM技術が使われます。

水素関連のプラチナ需要は2023年現在ではまだ少ないですが、2020年代を通じて大きく増えると期待されており、2040年までにはプラチナの年間需要の35パーセントを占めると予測されています。

固体高分子型水電解装置

地球上で最も豊富な元素である水素は数多くの産業で使われています。例えば製鉄では天然ガスや石炭の代わりに燃料として多く使われ、またアンモニアの生産方法であるハーバー・ボッシュ法における重要な材料でもあります(そのほとんどは天然ガスから作られる水素ではありますが)。

水の電解は水素の製造方法の一つで、電力を使って水を水素と酸素に分解します。この電力が太陽光や風力など再生可能な資源から作られた場合、生産される水素はグリーン水素と呼ばれます。

グリーン水素は、「セクターカップリング(電力・熱・輸送などエネルギーの利用形態における複数分野が連携することで、再生可能エネルギーを効率的な利用しようという取組み)」を可能にするエネルギーキャリアです。つまり再エネ電力を通じて幅広い経済活動の分野を連携し、社会全体の脱炭素化が可能となります。発電部門を、電力を消費する部門やサプライチェーン全体における再エネ電力を輸送する部門と連携することで、社会全体が化石燃料から脱却できるのです (図1)。

図1: プラチナは、エネルギー転換の鍵を握るグリーン水素の生産と利用に欠かせない

グリーン水素の重要な点は、再エネ施設の近くでなくても利用できることです。従来の電力ハブから遠く離れた場所や電力が届かない所にまでも、エミッションフリーのクリーンなエネルギーを運ぶことができます。世界の炭素排出量の4割を占める大型輸送産業や、直接電動化やバッテリー技術が適さない分野でさえも、再生可能エネルギーの恩恵を受けるのです。

グリーン水素を使えば余った再生可能エネルギーは貯蔵でき、燃料電池自動車の補給ステーションネットワークなどのエンドユーザーに届けることができます。原油やガスなどのように世界的な舞台で取引できるコモディティとしての可能性もありますが、そのためには貯蔵や輸送のためのインフラが整うことが条件となるでしょう。

現在商業化されている二つのタイプの水電解装置のうちの一つである固体高分子(PEM)型水電解装置は、PEM膜を用い、プラチナはイリジウムとともに触媒として使われます(図2)。PEM型水電解装置は小型で、風力や太陽光などによる不安定な電源にも対応でき、様々なビジネスの場面において、性能や耐久性の点でも他の水電解装置よりも優れています。

図2: PEM型水電解装置の陰極に使われるプラチナ触媒は、水の分解を促進し水素を排出する

固体高分子形燃料電池

水の電解は電力を使って水を水素と酸素に分解しますが、固体高分子形(PEM)燃料電池はこの逆の原理で、水素と酸素を使って発電を行い、排出するのは水と熱のみです。PEM膜を通じてプラチナ触媒が塗布された電極を通る水素分子と酸素が反応します(図3)。

図3: PEM燃料電池の内部では陽極と陰極の両方の電極にプラチナ触媒が使われ、電気的化学反応によって発電が起こる

プラチナは、燃料電池内部の高い電力密度や複雑な化学的環境の中でも水素と酸素の化学反応を効率よく促進させ、そして耐久性も優れているため、燃料電池の触媒に非常に適しています。

燃料電池は、静音操業、動くパーツがない、化学反応による発電など従来のバッテリーに共通した特徴を持ちますが、従来のバッテリーと違うのは、PEM燃料電池は充電の必要がなく、水素さえあれば永遠に動き続けるという点です。燃料電池は作り出した電力を部品の一部としてのバッテリーに貯蔵することもできます。

燃料電池単品では数ワットのパワーしかないため、通常いくつかの燃料電池を組み合わせてスタックとします。スタックされた燃料電池のパワーは数キロワットから数メガワットまで様々です。プラチナベースのPEM膜技術を使わない燃料電池では、同じ発電量を確保するにも電池の大型化が必要となるため、燃料電池自動車などモバイル化された用途ではプラチナを使うPEM燃料電池が必須です。

固体高分子形燃料電池の利用

燃料電池は、家庭への電力供給や企業のバックアップ電源やデータセンターなど、様々な分野に利用できます。プラチナベースの燃料電池は特にガソリンやディーゼルを使わない燃料電池自動車に適しており、燃料電池トラックによる商品輸送や、倉庫の敷地内で商品を運ぶフォークリフトなど、既に様々な場面で活躍しています。そして燃料電池自動車の電力源がグリーン水素の場合、「Well to Wheel(油田から燃料をタンクにいれ、タイヤを駆動するまで)」のエミッションフリーな移動手段となります(図4)。

乗客を運ぶ交通でも既に燃料電池が使われており、燃料電池で走るバス、市電や電車などが世界各地で登場しています。さらに船舶や航空機でも脱炭素化の一環として燃料電池が注目されています。

世界的大手自動車メーカーの多くも、大気汚染を防ぎゼロエミッションを目指す自動車として、プラチナベースの燃料電池を使う燃料電池自動車を開発中、あるいは既に開発済みです。

燃料電池自動車は燃料補給が早いうえ、排気ガスを出さない電気自動車と、長い航続距離が可能な従来のガソリンやディーゼル車の両方の利点を持ちます。また燃料電池自動車はバッテリー電気自動車よりも軽量であるため、バッテリーの重さが積載量に取られてしまう大型車にとっては非常に有利といえます。

図4: グリーン水素で走る燃料電池自動車は「Well to Wheel」のエミッションフリーな交通手段

固体高分子膜技術の発展とプラチナ需要を支える要因

地球温暖化に対する行動が世界的に求められている今、世界のGDPの8割以上を占める90カ国以上がネットゼロ目標を定めています。

2021年に開催された「COP26」と称される「気候変動枠組条約締約国会議」では、約200近くの参加国が「グラスゴー気候合意」に合意し、気候変動に対する行動を加速させるとしました。2015年のパリ協定で定められ、気候変動を食い止めるには必然とされてきた、世界の気温上昇を1.5度に抑える努力目標をより明記する形となった「グラスゴー気候合意」は、化石燃料を廃止していくことに明言した初めての宣言となった点が重要ですが、現段階では完全に廃止するとまでは言い切っていません。

WPICリサーチによると、PEM型水電解装置の今後の普及計画を鑑みて、世界の脱炭素化の目標達成に果たすプラチナの役割はこれまで以上に重要になる可能性があります。実際に、プラチナベースのPEM型水電解装置が現在の計画通り全て実現し稼働すれば、パリ協定で2030年までに達成することを目標とした世界の炭素排出軽減量の11%を削減できるのです(図5)。

図5: PEM技術はパリ協定に定められた炭素排出量目標に有意義な貢献をすることができる

地球温暖化対策が本格化するにつれ、水素燃料はエネルギー転換の鍵であるという認識がますます強まっています(図6)。30以上の国々が水素戦略を定めており、特に米国と欧州での取り組みが進んでいます。

図6: プラチナベースのPEM技術の市場は広がっている

中でも重要視されているのは2022年に定められた米国のインフレ抑制法(IRA)です。グリーン水素産業にとっては画期的な内容で、条件はあるものの、炭素排出量を1キロ減らす毎に3ドルの免税となることで、米国で生産するグリーン水素はコストパフォーマンス観点では世界一となります。また同法では燃料電池自動車を含む様々な「クリーン」モビリティー技術にも補助金が約束されています。

米政府はさらに、2023年の初めに公表された「National Clean Hydrogen Strategy」にて、数ギガワット規模の水電解装置生産能力を目指すことを決めました。また2021年11月15日に施行された「インフラ投資・雇用法(IIJA)」では、10億ドル規模の投資を通じた、クリーンな水素のための水電解装置プログラムを含む水素市場促進の様々なイニシアチブを定めました。

リサーチ、開発、実演、商業化、運用までを含めたサプライチェーン全体を援助して水電解技術の効率と採算性を向上させ、2026年までに2ドル/キロのクリーンな水素を水電解によって生産することを目指します。さらに同法は水素ハブ・プログラム「Regional Clean Hydrogen Hubs」の設立のために80億ドルを提供しています。

一方欧州では、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけにしたエネルギー安全保障の戦略として「REPowerEU: Joint European action for more affordable, secure and sustainable energy」 を発表しました。

数多くの計画の中でも、注目すべきはインフラ、貯蔵施設、港湾施設を含む包括的な「Hydrogen Accelerator」の建設です。焦点を定めた投資によって、2030年までに、ロシアから輸入していた天然ガスのうち 250億立方メートルから500億立方メートルをグリーン水素で置き換えることができるとしています。このためには、既に「欧州グリーンディール」によって 2030年までの目標としていた500万トンのグリーン水素生産を2倍に増やす必要があり、新たな目標は1000万トン、この差となる分のグリーン水素は輸入に頼ることになるでしょう。

また、中国では「省エネルギー車と新エネルギー車技術ロードマップ2.0」を旗印に、燃料電池自動車の普及をはかっています。 2035年までに新エネルギー車のシェアは 5割、燃料電池自動車は約100万台に達すると予想されています。

PEM型水電解装置はグリーン水素の生産の鍵を握る技術であり、燃料電池はプラチナを多く使うため、プラチナ需要としてはより大きな期待が持たれています。2023年の燃料電池の需要は24%の増加が予測され、PEM型水電解装置の需要は低いところからのスタートですが129%増えると予測されています。今後10年間、そしてその後もPEM技術のプラチナ需要は大きく伸び、2040年までにはプラチナの年間需要の35%を占めるまでになると期待されています(図7)。

図7: 水素関連のプラチナ需要の予測

プラチナについて動画で学びたい方は以下ページもご参照ください。
https://www.jpx.co.jp/ose-toshijuku/tag/31.html 

(ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル)
(World Platinum Investment Council, WPIC)

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