金融経済教育の最初の一歩は「ライフプランの設計」
青山学院大学・亀坂安紀子教授が語る「投資教育を行ううえで大切にしたいこと」
金融庁が中心となって推進している金融経済教育。学校教育にも資産形成や投資の要素が取り入れられるなどの変化が起こっているが、子どもに何から勉強させたらいいのか、親自身も大人としてどんな知識を持っているといいのか、わからないという人は多いだろう。
青山学院大学経営学部で経済や金融に関する講義を受け持っている亀坂安紀子教授は、どのように考えているのだろうか。現在の日本の金融経済教育のあり方、進め方について伺った。
お金の知識がなくても考えやすい「今後のライフプラン」
「国として推進している金融経済教育には関心を持っている」と話す亀坂先生。そのきっかけは、青山学院大学で金融広報中央委員会の寄附講座を導入したことにあるそう。
「2015年から2019年の5年間、青山学院大学で金融リテラシーを学べる寄附講座を導入したのですが、その講座の進行を担当したのが私だったんです。寄附講座を開講できる大学の数が限られているので、現在は開講していないのですが、学生にとって意義のあるものだったと感じています」(亀坂先生・以下同)
寄附講座は、金融庁や日銀、日本FP協会、日本証券業協会、全国銀行協会などから派遣された講師が週替わりで登壇するというもの。話す内容は金融広報中央委員会のホームページに資料として掲載されているもので、人生における3大支出(住宅費・教育費・老後生活費)やライフプランの設計という基本的な内容から触れていく。
「経営学部であっても『証券投資は怖い』というイメージを抱いている学生は多くいるので、さっそく投資について学ぶよりも、まずはライフプランから考えていくほうが入りやすいと感じます。寄附講座では、夫婦共働きの場合のキャッシュフローをもとに、『配偶者が仕事を辞めてパートになったら』『子どもが小学校から私立に進学したら』といったケースを学生に考えてもらうこともありました。授業の冒頭では『妻には専業主婦でいてほしい』と言っていた男子学生も、キャッシュフローを考えていくと『共働きがよさそう』と考えが変わったりしました」
投資などの具体的な話をする前に、まずはライフプランの設計を通して今後発生するであろう支出などを捉え、お金について考える土台をつくっていくのだ。
「寄附講座を始めた2015年は、教室の前方にいる学生のほとんどが中国や韓国からの留学生で、日本の学生は後ろの席に控えめに出席していました。金融に対する意識の差があったのだと思います。年数を重ねるごとに、日本の学生の間でも『金融庁の人の話を聞けるらしい』という話が広まり、受講者も増えていった印象があります。生きていくうえで金融リテラシーは学んでおいたほうがいいという考えを持つ学生も、増えてきているように思いますね」
投資に興味を抱いたら「ポートフォリオ」を考える経験を与える
寄附講座ではライフプランの設計を入り口に、まずはお金のことについて考える授業が行われた。一方、亀坂先生が担当している授業やゼミでは「証券投資論」を取り上げ、より具体的な内容を扱っているという。
「『証券投資論』というと難しそうですが、授業では分散投資の効果といった基礎の部分から入ります。値動きの異なるA株とB株を組み合わせると、リスクやリターンはどうなるかといったことを、学生に考えてもらっています。ゼミではもう少し踏み込んで、日経平均株価の推移や月次リターンからシャープレシオを計算したり、標準偏差について考えたりしています」
亀坂先生のゼミで特徴的なのが、ゼミ生全員が日経STOCKリーグにエントリーすること。日経STOCKリーグとは、グループで投資テーマを決め、そのテーマに沿うように500万円分のポートフォリオを構築し、レポートにまとめるコンテスト形式の金融・経済教育プログラムだ。
「私が講義したりテキストを輪読したりするよりも、目標を持ってグループワークを行うほうが、学生もモチベーションを高めて取り組めるんですよね。また、投資テーマを考える際に、いま何が求められているか、いまどの企業が好調かといったことを調べるので、最新のトレンドもつかめるようになります。例えば、2023年度のグループのひとつは、コロナ禍でオンライン会議が増え、男性も自分がどう見られているか気にするようになったという社会の変化を捉え、男性用化粧品なども含めた『美容』を投資テーマにしていました。自ら百貨店に赴いて、売れ筋をチェックしていましたね」
日経STOCKリーグを通して、単に投資の仕組みを知るだけでなく、どこに重きを置けば効果的な運用ができるかということも学んでいく。
「株式市場にはさまざまな業種の企業が存在するので、自分が興味を持った業界を分析対象にできるという点も、学生が楽しみながら取り組める理由だと思います。また、ゼミ生の半分以上は金融業界を志望していて、日経STOCKリーグにエントリーしたことが就職活動でプラスに働くという点がモチベーションにつながることもあるようです。日経STOCKリーグに参加していると、人事担当者から興味を持たれるそうです」
就職活動に直接影響するだけでなく、ゼミでのグループワークの経験が社会に出てから間接的に活きてくることもあるそう。
「投資テーマを考えるためにグループのメンバーとディスカッションし、市場調査や企業へのインタビューといったアクションを起こし、出てきたアイデアをレポートにまとめるという経験を積むことで、『就職活動やインターンシップでのグループワークにも取り組みやすかった』という話を学生から聞きます。実際に社会に出たら、授業のように誰かに教えてもらうことはほとんどなくて、自ら動いて提案することばかりですよね。ゼミでは社会人になってからやることに近い経験をさせているので、学生も社会に出て働くイメージを持ちやすいのではないかと思います」
自らアクションを起こしてお金について考えることは、金融や投資の知識を高めるだけでなく、世のなかに何が求められているのか、自分がどのように動けば人のためになるのか、といったことを考えるきっかけにもなるといえそうだ。
今後の金融経済教育に必要なことは「デジタル化」
金融や投資に関する授業を実践している亀坂先生に、これからの日本の金融経済教育に必要なことを聞いてみた。
「大学の授業をはじめ、もっとデジタル化が進むことを期待しています。実は、金融広報中央委員会の寄附講座を録画して、インターネットで公開する案があったのですが、青山学院大学の規定で学内の授業を記録したものは外に出せないことになっていて、断念したことがあったんです。あの授業を誰でも見られる状態で出すことができたら、金融経済教育はもっと進むと思っています」
コロナ禍をきっかけに、オンライン授業などのシステムも広く普及した。この技術を活かし、金融経済教育のデジタル化も進められるはずだ。
「お金に関する授業がいつでもどこでも誰でも見られる環境になったら、家でごはんを食べながら金融について学ぶこともできるはずです。ただ、注意すべきなのは、インターネット上に掲載された情報が確かなものであること。主導するのは金融庁でもJ-FLEC(金融経済教育推進機構)でも東証でもいいと思うので、確かな情報を持っている機関からいろいろなテーマの動画や素材が提供されるといいなと思います。一般的な金融リテラシーは、日々の株式の値動きなどに左右される内容ではないので、一度デジタル化されれば長く活用できます。より多くの人に金融の大切さを知ってもらうため、進めていきたいところですね」
金融や投資に関する知識量に応じて、必要な学びは変わってくる。まだ金融について詳しくないという場合は、まずライフプランを設計し、今後必要になるお金について考えるところから始めてみるとよさそうだ。
(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)