パラジウムの代替として使われるプラチナ
提供元:ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル(World Platinum Investment Council, WPIC)
サマリー
プラチナ市場は2023年から需要が供給を上回る供給不足となっており、その不足分は27.3トンと言われています。需要を大きく押し上げたのは自動車分野で、自動車触媒のプラチナ需要は、2023年は前年から16パーセント増えて101.8トンになりました。ガソリン車の浄化触媒装置でパラジウムの代わりにプラチナを使う代替の動きが盛んになったのがその大きな原因です(図1)。2022年には代替としてのプラチナの需要が12.1トンありましたが、それが2023年には20.8トンに増えています。2024年にはさらに増えて23.1トンに達するとされています。
図1: 2019年以降、パラジウムの代替としてのプラチナの需要は、自動車分野でパラジウムの需要よりも多くなる背景となりました
プラチナとパラジウムは多金属鉱石中に存在し、多くの場合そのほかの白金族金属(PGM)とともに採掘されます。プラチナもパラジウムもそれぞれ特有の物理的・化学的特質を持っていますが、同じPGMに属する金属として様々な特質を共有しており、多くの利用分野、特に自動車触媒においては高い互換性があります。
プラチナがパラジウムの代替となることは、経済性、つまり両者の価格が大きく違うことで注目が集まり、メーカーにとっては同じ浄化効果が得られて且つ安価なプラチナを使うインセンティブとなりました。
自動車触媒に使われるプラチナはプラチナ需要全体の約4割を占める大きな分野ですが、プラチナはそれ以外にも、近年発展目覚ましい水素関連など様々な需要があります(図 2)。一方でパラジウムの需要はその8割以上が自動車触媒です。
WPICによるとプラチナ市場は今後水素経済が発展期を迎える数年間は供給不足で、地上在庫が需要に使われるとともにマーケットはタイトになると言われています。逆にパラジウム市場はリサイクルからの供給が増えるため、長期的には2025年頃から供給過剰になる予測です。これによって、パラジウムがプラチナの代替となる、つまり今とは逆の流れが起こる可能性があります。 そうなれば自動車触媒に使われていたプラチナは、今度は水素経済の発展を支える分野に利用できることになります。
昨今パラジウムとプラチナの価格差は縮まりつつあります。パラジウムがプラチナよりも安くなった場合、今と逆の代替の流れが始まる可能性が大きくなるかもしれません。しかし、2024年の予測を含めたパラジウムの代替としてのプラチナの需要の大部分は、排ガス規制値に対する承認過程と自動車の製造過程において既に自動車分野の需要に組み込まれています。(PGMを使う自動車触媒の仕様は通常7年とされる自動車のモデルのサイクルで固定されています。)
図2: 産業分野別のプラチナ需要
代替のしくみ
PGMは遷移元素として同じグループに属し、似た物理的化学的特質を持っています。つまり様々な用途においてある程度同じ役割を果たすことができますが、その効果には差があります。自動車触媒に使われるプラチナとパラジウムの場合、プラチナはパラジウムよりも硫黄毒素への耐久性が非常に高い一方で、パラジウムは高温でも安定性が高いという特徴があります。過去20年の間にガソリンの硫黄含有量が減ったおかげで、ガソリン車の自動車触媒においてプラチナとパラジウムの互換性は1対1、つまり同量で置き換えられるようになっています。
排ガス規制値をクリアするための自動車触媒装置に使 PGMの割合は新型モデル車のエンジンの排ガス制御システムの開発段階で、あるいは新たな排ガス規制が導入された際に決められます。一度各メタルの割合が決まると、そのモデルのライフサイクルの間(通常は7年程度)、モデルチェンジが行われるまで変わることはありません。その間にメタル価格が変動して触媒装置の経済性が落ちても、排ガス制御システムの設計を変える、排ガス規制基準の承認プロセスを再び行うといった作業にはコストがかかり、リスクも大きいことから、特に普通乗用車の場合に行われることはほとんどありません。
WPICの推定では毎年市場に出回る車の約15パーセントが、開発段階で代替を行いやすい新車モデルであるとしています。したがって代替の方向を変えるには長い年月がかかることになります。例えば今行われているプラチナをパラジウムの代替として使うという動きは今後も長い期間続くということになります。
なぜ代替を行うのか
コモディティーの価格は需給バランスの変化に影響されます。市場が供給過剰である場合、経済的な見返りのない供給が消えるまでの水準、あるいは新たな需要を誘い出す水準まで価格が下がるのが通常です。逆に市場が供給不足の場合は、新たな供給が市場に誘い出される水準、あるいは需要がなくなってしまう水準まで上がります。PGMは複数の金属を含む鉱石から採掘されることから、その生産の経済性を決める価格水準は複数あることになります。したがってPGMの鉱山供給は、一つのメタルの価格が変動しても、それに直ぐに反応して生産を調整することは難しく、価格弾力性はゼロではありませんが低いと言えます。
しかしプラチナをパラジウムの代替として使う、あるいはその逆の代替を行うことで消費する量を変えるということは、長い期間で見ればある程度市場のバランスを保つ働きがあり、現に自動車セクターでは、市場に不均衡が生じれば自動車触媒のPGMを入れ替えるということを行ってきました。
2017年にパラジウム価格がプラチナ価格を超え始めた時期あたりから、その価格差と、その後は価格差よりも安定供給への不安から、排ガス制御システムにプラチナがパラジウムの代わりに使われるようになったわけです。
といってもこれは新しい現象ではなく、パラジウムとプラチナは供給の安定性や価格、そして浄化装置の効率性の点から、両方向の代替を繰り返してきました (図3)。
図3: ガソリン車とディーゼル車、プラチナとパラジウムの代替の歴史
プラチナ市場とパラジウム市場の見通し
プラチナ市場は2023年から数年間は供給不足となり、 WPICのデータによれば、2023年は全体で27.3トン、2024年は13.0トンのプラチナが不足する予測となっています。2024年以降は、WPICによる最新の『2年から5年先のプラチナ需給見通し』では2028年まで毎年約15.6トン(500koz)の供給不足となるとしています(図4)。
図4: 2028年までのプラチナの供給不足
今後数年間は供給が不足することと、さらにパラジウムの代替としてのプラチナの需要 (2023年は20.8トン、2024年は23.1トンになる予測) で、足りない需要分はプラチナの地上在庫が使われて市場がタイトになる一方で、水素経済が急成長して水素関連のプラチナ需要が増えるとみられています。
パラジウム需要は8年間供給不足が続いた後、2019年をピークに減少に向かっています。コロナ禍の間、自動車生産が減ったため、2020年にはパラジウム市場は供給余剰になりましたが、2021年と2022年は再び供給不足になっています。2023年のパラジウム市場は18.7トンの供給不足になったと推測されています。
WPICによる今後5年間のパラジウム市場の展望は、需要の 約8割を占める自動車産業の需要が緩やかに増え2027年は全体で 264.4トンになるとしています。市場の供給不足は2024年に3.3トンに減り、その後はリサイクルからの供給が増えることを背景に、パラジウム市場は大きく供給過剰の状態が長く続くとしています。
今後の代替の傾向
プラチナは今後供給不足が続き、パラジウムは2025年から供給過剰になる予測の中で、 プラチナをパラジウムの代替として使う動きは徐々に減り、パラジウムの供給がいつ、どの程度増えるかにもよりますが、だいたい2026年ごろから逆の代替、パラジウムをプラチナの代替として使う動きが始まるのではないかというのがWPICの推測です。
しかし、これはあくまでも両メタルの市場バランスに基づく推測であることに注意する必要があります。世界のパラジウム鉱山生産の約45パーセントを占めるロシアをサプライチェーンに組み込む地政学的リスクを避けるために、プラチナを使い続けるエンドユーザーがいる可能性もあります。(ちなみにロシアのプラチナ供給は世界の11パーセント。)
パラジウムをプラチナの代替として使う動きは、始まったとしても、仕様変更は新型モデルにのみ行われることから、量的には当初は多くないと思われます。通常車のフルモデルチェンジは7年に一度と言われているため、現在行われているプラチナをパラジウムの代替として使う動きが逆転するには長い時間がかかるということになります。
プラチナにとっては逆の代替が始まることによって、自動車セクターに回っているプラチナが急成長中の水素関連の需要に使えることになります。このことによって、エネルギー転換の鍵を握る水素の生産に不可欠な固体高分子型水電解装置の発展にプラチナの供給がボトルネックになるとの懸念の解消にもなると考えられます。
プラチナについて動画で学びたい方は以下ページもご参照ください。
https://www.jpx.co.jp/ose-toshijuku/tag/31.html
(ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル)
(World Platinum Investment Council, WPIC)
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