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海外投資家から選ばれ、盛り上がる市場に

生成AIを使って日本の銘柄情報を世界へ、「JPX Market Explorer」が果たす役割

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日本取引所グループ(JPXグループ)のJPX総研では、生成AIを活用して上場会社の情報を手軽に入手できるサービスを提供している。「JPX Market Explorer」というもので、生成AIのテクノロジーを持つイスラエルのスタートアップ企業と提携して開発した。サービスは日本語を含めた10カ国語に対応しており、世界の投資家に日本市場が選ばれるためのものでもあるとのこと。それは日本市場の活性化につながるという。開発メンバーであるJPX総研 フロンティア戦略部の髙頭俊さんと命苫昭平さんに聞いた。

上場会社それぞれの財務状況をスコアで算出

JPX Market Explorerは、国内外の投資家がさまざまな上場会社の情報を取得できるサイトだ。利用は無料で、各上場会社がどのような事業を行っているか、そして直近の決算情報やその分析まで掲載されている。まだ正式ローンチ前の段階であり、現在はサービスの利便性や効果を検証する「PoC(概念実証)」として公開されている。

サイトのトップページに行くと、直近の「売買代金上位銘柄」や「売買高急増銘柄」、「値上がり率上位銘柄」「値下がり率上位銘柄」といったランキングが表示されている。

そしてこのサービスの最大の特徴は、個別銘柄のページだ。各銘柄のチャートや時価総額、PER(株価収益率)といった基本情報に加え、その企業の財務状況を点数化した「財務スコア」を算出。全体のスコアのほか、貸借対照表や損益計算書、キャッシュフローといった項目ごとのスコアも算出する。

さらに下へとスクロールすると、各社のファンダメンタル分析(※貸借対照表や損益計算書など、その会社の経済状況を決める基本的要素の分析)や、テクニカル分析(※株価チャートの動きをもとにした分析)について、それぞれ現在どのような状況にあるかを自然言語(※人が書いたり話したりする言葉)の文章で説明してくれる。

これらのスコア算出や自然言語には、イスラエルのスタートアップ企業「Bridgewise(ブリッジワイズ)」のAI技術が使われている。髙頭さんが詳しく説明する。

「各スコアは、Bridgewiseが独自のアルゴリズムで算出したものになります。アルゴリズムの詳細は開示されていませんが、スコアを出すだけでなく、その前提となる各項目の現状、例えばその企業の財務はどういった状況なのかを分かりやすく自然言語で説明してくれるのがBridgewiseの独自性といえるでしょう。ここから各スコアが導き出されたヒントを得ることができます。この自然言語の部分に生成AIが使われています」

Bridgewiseは2019年に創業したスタートアップで、株式分析やスコアリングの技術を開発。世界中の上場会社の情報を分析・発信している。各国の取引所や市場とパイプを作っており、ブラジルの総合取引所B3も同社の技術を使って上場会社の情報を発信しているという。

先述のファンダメンタル分析については、他企業との比較も行える。「同業他社とスコアを比べられるほか、自分が気になる企業を入れて比較分析することも可能です」と、命苫さんは伝える。

このサービスの魅力は「金融機関のアナリストがカバーできていない小型銘柄まで情報を発信している点です」(命苫さん)とのこと。決算などの開示日において時価総額が10億円に満たない会社や、上場後に一定回数の決算発表を行っていない会社以外は、基本的にすべての上場会社でこうした“分析レポート”が閲覧できる。レポートの更新頻度は1日2回とのこと。

Bridgewiseの生成AIは日本語を扱ってきた実績が乏しいため、細かな文章表現にはまだ改善の余地を残す。この点は徐々に精度を高めていくという。

一方で重要なのは、このサービスが10カ国語に対応している点だ。つまり、海外の投資家もJPX Market Explorerを使って日本の上場会社の情報を細かく得られることになる。実はこの点こそ、本サービスを作る大きな目的だったという。

日本市場が世界から「選ばれる」ために生まれた本サービス

日本の株式市場を盛り上げるには、国内の投資家を増やすことに加えて、海外投資家に日本市場を“選んでもらうこと”が重要になる。つまり海外投資家が取引しやすい状況を作らなければならない。そのためには、世界に数ある市場の中で日本が一段と魅力的な市場になる必要がある。

こうした観点で見たとき、日本の市場には課題があったという。

「日本市場は世界でも非常に大きなマーケットであり、その中に良い会社がたくさんあることは海外投資家も知っています。しかし、各会社の情報が十分に外国語で投資家に届いているかというと、そうは言えません。日本の上場会社の情報をさまざまな言語で世界の投資家に広めることは、われわれJPXグループにとって長年の課題でした」(髙頭さん)

長年にわたり、東証は上場会社に英語の決算等開示を推奨してきた。徐々にその動きは広まっているものの、大企業が中心という実態がある。また、英語開示は日本語に比べて資料が少ない、もしくは開示日が遅いといったケースも少なくない。

「情報が少ないと、どうしても日本市場が候補に入りにくくなります。特に最近は、さまざまな国の投資家から『日本株の調子が良いので興味はあるが、外国語の情報が少なく扱いにくい』といった声をいただいていました。企業の規模にかかわらず、広く日本の上場会社の情報を多言語で提供したいと考えていたのです」(髙頭さん)

こうした中で生まれたのがJPX Market Explorer だった。10カ国語への対応は、まさしく世界の投資家に情報を届けることにつながる。

髙頭さんと命苫さんが在籍するJPX総研は、2023年にニューヨーク事務所を開設。2人は普段そちらで勤務している。世界の金融の中心であるニューヨークを拠点に、海外の投資家がどのような日本株の情報が欲しいのかヒアリングしながらサービスの実装を進めたという。

日本の個人投資家にとっても「情報の余白を埋めるサービス」に

各社の財務状況をスコア化したり、ファンダメンタルやテクニカルを分析して投資家に示したりというのは、中立・公正な立場にあるJPXグループにとって一歩踏み込んだ取り組みでもある。

「どうすれば海外投資家の注目度を高められるのか、東証の立場を守りながらできる新しい施策を探った結果です。何かに挑戦しないと新しいことは生まれません。あくまでPoCということもありますし、こうしたサービスが何をもたらすのか、この期間に良い面・悪い面を検証して今後の進め方を判断していきます」(髙頭さん)

海外投資家の利用を想定して作った本サービス。とはいえ、もちろん日本の個人投資家にも有用なものであることは間違いない。

「日本にもさまざまな投資の情報サービスがあります。とはいえ、4000ほどある上場会社について、全銘柄で詳細な企業分析やレポートが用意されているかというと、必ずしもそうではないでしょう。このサービスはその余白を埋める役割になれると思います」(命苫さん)

投資を始めたばかりの層の活用も想定しており、スマホで閲覧しやすいUI/UXを考えたとのこと。生成AIを活用したJPX Market Explorer。この新たなサービスは、日本の上場会社の情報を国内外の投資家に行き渡らせていく。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2024年9月現在の情報です

著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。

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