当選の行方よりも注視しておきたいことがある

投資家が見ておきたいアメリカ大統領選のポイントは? 「地政学」の大切さを知る

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お金にまつわる学問はたくさんありますが、その中には「知っているようで知らない学問」も多いのではないでしょうか。これらを詳しく理解すると、自分の家計や貯蓄、資産運用のプラスになるかもしれません。

そんな考えのもと、取材を通してお金にまつわる学問を深掘りする本連載。今回のテーマは「地政学」です。投資の世界では「地政学リスク(または地政学的リスク)」という言葉がよく聞かれますが、どういったものなのでしょうか。また現在注目されるアメリカ大統領選挙についても、地政学リスクの観点から「投資家が見るポイント」を知りたいところ。

そこで今回は、海外経済の調査・分析を行う三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査・開発本部 調査部 主任研究員の細尾忠生氏と、同研究員の井口るり子氏に話を聞きました。

「地政学リスク」の大切さが広まった9.11

――今日は「地政学」について理解を深められたらと思います。投資の世界では「地政学リスク」といった言葉が頻繁に使われますよね。

細尾 地政学とは、ひとことでいえば国際情勢のことです。そしてそういった国際情勢から経済や各企業が受ける影響のことを、投資における「地政学リスク」と捉えると良いでしょう。

地政学リスクという言葉が投資の世界でよく使われるようになったのは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降だと考えています。

世界の経済や金融の成り行きに関わる機関として、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)があります。日本銀行(日銀)と同じように、その国の金融政策を決定する存在ですね。FRBの議長の言動は世界中から注目されるのですが、なかでも1987~2006年に議長を務めたアラン・グリーンスパンの発言はつねに高い関心を集めていました。

その彼が、9.11のテロ以降、この事件が経済に大きな影響を与えていること、そしてそのような地政学リスクはまた起きる可能性があり、今後も目配りする必要があるという考えをよく口にしていました。この頃から地政学リスクという言葉がよく使われるようになったと感じます。

――なぜ、投資において「地政学」や「地政学リスク」を考えることが重要なのでしょう。

井口 ひとつは、国際情勢によって為替や貿易量が大きな影響を受けるからです。国と国の関係が変われば為替や貿易量も変化し、株価に反映される可能性があります。

細尾 そのほかに、企業のサプライチェーンに対する影響も考えられるでしょう。国際情勢によって企業が自社のサプライチェーンを再編しなければならない場合も出てくるためです。なかには海外の事業や拠点から撤退するケースもあるでしょう。例えば今なら、中国事業の縮小・撤退を検討している日本企業も見られる。当然これらは株価を左右しますよね。

地政学に詳しくなると、こうしたリスクに対して予測の目を持ったり、何か起きた際に素早く対応したりする準備ができるのではないでしょうか。

世界の投資家がアメリカ大統領選で気にすること

――地政学の観点でぜひ聞きたいのは、アメリカ大統領選挙(投開票日:2024年11月5日)についてです。共和党のドナルド・トランプ前大統領と民主党のカマラ・ハリス副大統領の決戦について、投資家はどんな視点で見れば良いのでしょうか。

細尾 皆さんが気にされているのは、どちらが大統領になるのか、それにより株価にどのような影響が出るのかということではないでしょうか。しかしそれ以前に押さえておきたい重要なポイントがあります。そもそもアメリカ大統領選前の9、10月は基本的に株価が下がりやすく、選挙が終わると上がりやすい傾向にあるということです。

なぜなら、共和党と民主党のどちらが政権を取るかにより政策は大きく変わります。すると、世界中の投資家は選挙の行方が分かるまで投資行動は起こしにくい。その結果、買い控えが起きて9、10月はいったん下がりやすいのです。特に今年は混戦ですから、その動きは強いでしょう。

株価が下がるからといって、投資家が何かを心配しているわけではありません。選挙自体が最大の不透明要因ですから、いったん投資を控えて“通過”するのを待っているのです。

ですから投資家の皆さんは「どちらが当選するか」に注目する前に、そもそも選挙前は買い控えが起きやすいことをふまえ、それに合わせた投資戦略を立てることが大切ではないでしょうか。



――ちなみに、トランプ氏とハリス氏が掲げている政策の中で、株価に関係しそうなものはありますか。

細尾 とりわけ注意が必要なのは、トランプ氏が主張する「関税」政策です。中国に100%、日本やヨーロッパを含む全世界に20%の関税を賦課すると話しています。もし現実になれば、各国の貿易量や実体経済に影響が出る可能性もあるでしょう。トランプ氏が当選した場合、本当にこの政策を実行するのか、実行するならいつ頃なのかは見ておいたほうがいいですね。

対するハリス氏は、低所得層への支援や児童税額控除、医療費支援などの政策を打ち出しています。バラマキ政策と言われることもあり、財政赤字が増える可能性も。それにより金利が上がれば市場にはネガティブに働くかもしれません。

ただし、これらが現実になるのはおそらく2025年後半。やはり投資家にとっては、それ以前に起きる「大統領選の通過」が何よりのビッグイベントであり、重要な機会でしょう。

――あくまで注目事項はそこだと。

細尾 もうひとつ、アメリカには選挙戦以外にも注視したい重大リスクがあります。「債務上限問題(※)」です。

※アメリカ政府が国債などにより借金できる金額(債務)の上限は法律で決められている。債務が上限に達すると、議会の承認を得て引き上げる必要がある。できなければ米国債がデフォルト(債務不履行)に陥る危険が高まり、市場に大きな影響が出ると言われる。

アメリカは財政の健全な国という印象を持たれていますが、すでに債務上限に迫っており、近年大きな問題となっています。議会で上限引き上げの承認を得られれば問題ありませんが、ここ最近、上院と下院で過半数を占める政党が異なる“ねじれ”状態により合意が難航しています。2023年6月には、いったん上限の適用を2025年1月1日まで停止する形でデフォルトリスクをしのぎました。

――ということは、2025年1月1日にはまたそのリスクが待っていると。

細尾 はい。この問題は2024年末にかけて市場のテーマになると思います。注視しておくべきでしょう。

幅広い世界の動きを知るには、何を見れば良いのか

――個人投資家はどのような視点を持って地政学やそれに関するニュースを見れば良いのでしょうか。コツがあれば伺いたいと思います。

井口 地政学は対象が広く、最初からすべてのテーマに触れようとすると難易度が高くなります。まずはひとつのテーマで良いので、興味のあるところから見ていくのがポイントではないでしょうか。たとえ最初は小さなテーマ、狭い領域でも、理解していくと他のテーマや国・地域の話につながっていきます。地政学は、単体で完結するものが少ないですから。

――アメリカ大統領選挙を追いかけると、中国との関係につながるというのもその一例ですよね。

井口 近年は、ロシアのウクライナ侵攻や米中対立など、地政学リスクを考える重要性は増しています。まずは小さなところからニュースを追いかけてみるのがよいでしょう。

細尾 投資の観点でいえば、世界中の投資家がどこを見て、何を判断材料に投資をしているのか、そこに思いを馳せることが重要でしょう。その上で、日々の報道やニュースなどからしつこく徹底的に考え抜くことです。こうした姿勢で日々の報道をコツコツ見ていくと、きっとどこかにヒントがあると思います。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2024年9月現在の情報です

お話を伺った方
井口 るり子
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査・開発本部 調査部 研究員
慶應義塾大学経済学部卒業。2015年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し、現職。海外経済、主にASEANのマクロ経済分析を専門とする。
お話を伺った方
細尾 忠生
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査・開発本部 調査部 主任研究員
早稲田大学大学院商学研究科修了。1998年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。その後、内閣府や清水建設・次世代リサーチセンターへの出向を経て現職。専門は海外経済。著書に『実践景気予測入門』(東洋経済新報社)、『経済 金融 トレンドに強くなる』(きんざい)がある(いずれも共著)。
著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。
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