素人が描いたスケッチも「デザイン化」する夢のようなツール
大林組がAIツール「AiCorb」で描く“建築設計の未来”
市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回のテーマは、「現代用語の基礎知識選 2023ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に入った「生成AI」。
写真をもとにイラストなどを生成するAIが登場し、プライベートで楽しんでいる人もいるだろう。そんな画像生成AIを、日々の業務に活用しようと動き出している企業がある。総合建設会社の大林組だ。
大林組は米国シリコンバレーの研究機関・SRI Internationalと共同で、デザイン検討アシストツール「AiCorb(アイコルブ)」を開発。手描きのスケッチをもとに、ファサード(建物の外観)のデザイン案や3Dモデルを生成するツールだ。開発の経緯や今後の展開について、大林組 設計本部グローバル設計部長の辻芳人さん、技術本部 技術研究所の中林拓馬さんに聞いた。
「デザイン化」「3Dモデル化」を担う生成AI
2023年に社内運用が開始した「AiCorb」は、現在「デザイナーAI」と「モデラーAI」という2つの機能を備えている。
「『デザイナーAI』は、手描きのスケッチや建物のイメージを表現したテキストを読み込ませることで、AIがレンダリング(建物の完成予想図を作成するプロセス)されたようなファサードデザイン案を生成してくれるものです」(中林さん)
「デザイナーAI」はウェブ上で使えるようになっているため、タブレットなどでも操作できる。左側のスケッチ用ウィンドウにイメージする建物を描き、希望するデザインをテキストで入力すると、1分足らずでファサードデザイン案が出力されるという設計だ。
「基本的には社内の設計担当者が使用する想定ですが、誰でも初見で使えるような設計を意識し、実際に社内外のさまざまな方に試していただいています。現実的なビルのデザインだけでなく、キャラクターや動物を模したスケッチを描いてもAIが応えてくれます。ある設計担当者が『妻に怒られて反省している絶望感』というテキストを打ち込んだところ、かなりダークな反省部屋のようなデザイン案が出てきたこともありました(笑)」(中林さん)
「2024年1月に、駐在していたシンガポールの現地の中学生に職業体験として試してもらいました。『将来住みたい家』というテーマでスケッチを描いてもらったんですが、横長の平屋のような家があったり上の階から下の階に滑り台で下りる家があったり、子どもの自由な発想が面白かったですね。もちろん『デザイナーAI』はユニークなスケッチにも応えていました」(辻さん)
さらに、出力されたデザイン案をコピーし、その上に変更点などを描き足すことで、新たなデザインを生み出すこともできる。短い時間でさまざまなデザインが生み出され、具体的なイメージをつかむことができそうだ。
「もうひとつの機能『モデラーAI』は、デザイン案をもとに3Dモデル化する作業をサポートするものです。より現実的なところに落とし込んでいく作業ですね」(中林さん)
「モデラーAI」では設計図を3次元化するだけでなく、外装の特徴を読み取ってパラメーターにするという特徴もある。例えば、窓の開口部などをパラメーター化すると、その数値を変えるだけで窓の大きさや形状を変えることができる。
「これまではクライアントと話し合いながら、もらったフィードバックをもとに次回会議までに修正したデザイン案を用意し直すという作業が発生していました。デザインの検討はスケッチを描いたり3Dモデルを直接修正したりと、設計者ごとに好みはありますが、何かしら定量的な分析を行うには3Dモデル化が必要です。ただ、従来の方法では3Dモデルの作成に時間がかかっていました。しかし、『モデラーAI』があればすぐに3Dモデル化ができるので、話し合いの場での急な修正に対しても3次元的に建物の雰囲気をつかめるだけでなく、環境性能など定量的な評価も付けて検討できるようになる可能性があります」(中林さん)
いままで初期検討に要した「2カ月」を「1週間」に短縮することが目標
「AiCorb」の企画がスタートしたのは2017年。「ChatGPT」などがリリースされるよりも前のことで、まだ「生成AI」という言葉もなかった頃だ。
「当社がアメリカにObayashi SVVL(シリコンバレー・ベンチャーズ&ラボラトリ)というオープンイノベーションのための拠点を新設したタイミングで、社員から最新技術を建設業界に取り入れるアイデアを募集していました。その際に、辻から『自動設計』というアイデアが提出されたのです」(中林さん)
当初、辻さんが提案したアイデアは、スケッチや設計図を読み込ませることで、ファサードデザイン案だけでなく3Dモデルや建物ボリューム(その土地に建てることのできる建物の大きさ)なども、AIが導き出してくれるというものだった。
「従来のやり方だと、クライアントの要望を聞いてから建物ボリュームやファサードデザイン案を数点つくり、再び話し合って方向性を決めて、場合によっては再度デザイン案をつくるというステップを踏む必要がありました。設計者が時間をかけて一生懸命デザインを考えても、クライアントの意向に沿わないと全部ボツというケースもあります。もし、最初の話し合いの場で要望に合うデザインをクライアントと一緒に素早く考えることができれば、早く合意することが可能ではないかと考えました」(辻さん)
「設計者の方々から、最初のアイデアはほとんどがボツになる想定で描くという話を聞いたことがあります。そこから話し合いを重ねて意向に近付けていくのですが、どうしても時間がかかってしまいます。デザイン案の作成や3Dモデル化をAIに任せることができれば時間を短縮でき、建物の品質も上げられて、クライアントの満足度も上がると考えました」(中林さん)
クライアントとのやり取りは、実際にどの程度の短縮が期待されるのだろうか。
「一般的にはクライアントとの最初の話し合いから1~2週間程度でデザイン案を数点つくり、再び話し合った後にさらに1~2週間かけてデザイン案を修正するという工程を二度、三度繰り返します。案決めには、コストや工事期間なども検討しないといけない場合もあります。そのため、デザインが固まるまでに2カ月程度はかかっていました。目標としては、クライアントと話し合いながら『AiCorb』を使ってデザインや定量的な検討を行い、1週間程度で初期検討が固まるところまで持っていきたいと考えています」(辻さん)
さらに、AIが生み出すファサードデザイン案は、設計担当者がアイデアを生み出すアシストにもなるという。
「設計者自身もさまざまな建物や美術品などを見て引き出しを増やし、デザインを考えていきますが、目の前にあるものをベースに考えていくと範囲が限られてしまいます。そこに、果てしない量の情報を蓄積したAIが生み出す斬新なアイデアが加わると、設計者もいままでにない発想ができると思っています。生成結果をそのまま使うのではなく、クリエイティブのアシストも、『AiCorb』の役割のひとつです」(辻さん)
「AiCorb」は設計者のためのアシストツール
「AiCorb」は、クライアントとのやり取りの短縮化やアイデア創出のアシストを目指すツールであり、これだけでデザインを完結させるものではないという。
「『AiCorb』が生成したデザインを最終案にするということは、想定していません。あくまで生成されたデザイン案は議論の叩き台にするもので、クライアントの要望を伺いながら理想の形に近付けていくのは設計者の仕事だと考えています」(中林さん)
「僕ら自身がデザインをせず、『生成AIに任せています』と言うつもりはありません。AIに手伝ってもらい、発想の幅を広げていくようなイメージですね。たとえクライアントが『AiCorb』で生成されたデザイン案を気に入ったとしても、実際に形にするには予算やボリュームも加味して考えなければいけません。そのためには人の力が不可欠です」(辻さん)
大林組のなかで「AiCorb」は“設計アシストツール”と呼ばれており、現在はさらなるアシスト機能の実装を検討しているそう。
「現時点の『AiCorb』はファサードデザイン案を生成するものですが、いずれはそのデザインを実現するためのコストや施工性を考慮した提案なども導き出せるツールにしたいと考えています。より現実的な提案が可能になりますし、ゼネコンとしての役割を果たしやすくなると思っています」(中林さん)
「かつては、世のなかにある情報や社内の事例などを自分で集める必要がありましたが、いまはそこをAIに任せることができます。経験や知識の少ない若手設計者にとっては思考の幅を広げるための時間を、経験豊富な設計者にとってはクライアントや自身が考えるデザインをより深く検討するための時間を取れるようになるので、よりクリエイティブで柔軟な発想が出てくるようになるでしょうし、ユニークな設計者が生まれる気がしています。これからが楽しみですね」(辻さん)
かなりの時間と労力がかかっていた建物のデザイン。そこをAIにサポートしてもらうことでスムーズになるだけでなく、クライアントの意向や設計者の考えを反映しやすくなるという利点もある。いままで以上に斬新な建物が増えていきそうだ。
(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)