医療のプラチナ需要

提供元:ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル(World Platinum Investment Council, WPIC)

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サマリー

様々な分野があるプラチナの需要の中で、工業分野の利用は需要の32%を占めています(図1)。工業分野と言っても多様な産業を含み、医療のプラチナ需要は便宜上、工業用需要に分類されています。医療やバイオメディカル分野のプラチナ利用は量としては比較的少ないですが、近年成長目覚ましい重要な分野で、2023年は工業のプラチナ需要の中の11%となりました。

図1: 産業分野別のプラチナ需要

出典: WPIC プラチナ四半期レポート、2019年から2023年の需要変動幅

プラチナはその特性上、医療の利用に特に向いているとされています(図2)。生体適合性と放射線不透過性が高く(エックス線下で見える)、電気伝導率も高いため、ペースメーカー、人工内耳、ニューロモデュレーションの装置など体内に埋め込むタイプの医療器具に広く使われています。また45年以上前にプラチナベースの抗がん剤としてシスプチンが登場して以来、プラチナは最前線のがん治療薬に使われてきました。

医療分野のプラチナ需要は2024年には3%増えて9.3トンになるとされています。がんの治療薬市場に対する投資は他の医療分野を大きく引き離して二桁台の増加となるとされていますが、それを反映して、がんの治療薬に使われるプラチナ需要の伸びが最も大きくなる見込みです。一方で医療器具のプラチナ需要も徐々にですが確実に伸びています。その背景には人口の高齢化や、開発途上国でも医療やヘルスケアの需要が高まっていることがあります。

図2: プラチナが医療器具に適している理由

はじめに

医療とバイオメディカル分野の2023年のプラチナ需要は9.0トンで、プラチナ需要全体の4%(図3)、プラチナの工業需要の11%を占めています。今日プラチナは、心血管疾患やがんなどを含む、世界の人々を脅かす最も深刻な健康問題の対処に重要な役割を果たしているといえます。

図3: 2023年のプラチナ需要全体に占める医療のプラチナ需要は4%

出典:メタルズフォーカス

医療に使われる材料の中で原子番号が最も大きいプラチナは、比重が大きくエックス線を通さない、つまりレントゲンなどでもよく見える特性を持っています。心血管疾患患者の命に関わる高度な手術などでもプラチナの特性を活かした器具などが使われる所以です。

またプラチナは、強度が高いゆえに、極小サイズ、複雑な形、薄くて繊細なワイヤーなど様々な形に加工できる粘り気のある金属であると同時に、他のものに反応しないため錆びにくく、アレルギーを起こしにくい特徴があります。動脈瘤の治療の一つに、破裂する恐れのある血管にコイルで詰めものをするコイル塞栓術がありますが、それにもプラチナコイルが使われています。

プラチナを使う医療の多くはまた、医療費を抑え、貴重な人的・物理的医療資源の有効利用を促すという意味で広い意味での社会的経済的な貢献をしているとも言えます。例えば、上述のプラチナコイルを使う動脈瘤治療は、鍵穴手術などのように患者の負担が少なく回復期間が短い低侵襲手術の発達を促す動きを導きました。

プラチナベースのがん治療

プラチナは45年も前からがん治療の最前線で使われてきました。1978年に初めて登場したプラチナベースの抗がん剤、シスプラチンはがん治療に画期的な道を開きました。特に睾丸がんに有効とされるシスプラチンは、今日では手術と化学療法と組み合わせて使われ、ステージ1の患者の治癒率は 99%とされています。

プラチナ化合物であるシスプラチンは、静脈注射によって血管に直接投与され、がん細胞の遺伝子(DNA)と結合して抗腫瘍効果を発揮します。

プラチナ化合物ががん細胞を抑制する事実は偶然の発見でした。アメリカの生物物理学者バーネット・ローゼンバーグはプラチナ電極を使って大腸菌細胞に対する電磁放射の影響を調べていましたが、1965年、細菌細胞が分裂せずに死んでしまうことを見つけたのです。

当初、ローゼンバーグ博士らは電場の影響かと考えましたが、研究を進めるうちに、プラチナ電極の電解生成物が大腸菌の細胞分裂を抑制していることを突き止めました。

博士らはこの発見に基づいてがん細胞もプラチナ化合物に同じように反応することを確認し、数年間の研究を経て、他の分子との組み合わせなどから選ばれた最も毒性が少なく効能の高いシスプラチンが抗がん剤として開発されました。

シスプラチンにはプラチナが65%含まれていますが、副作用があり、またある種の癌に対しては耐性ができやすいことが確認されています。このため他のプラチナ化合物を使う治療薬が開発されていますが、シスプラチンは現在でも重要な抗がん剤の一つとして使われています。1986年には、プラチナを52.5%含むカルボプラチンが承認され、主に卵巣がんや肺がんの治療に使われています。また1996年にはプラチナを49%含むオキサリプラチンが開発され、大腸がんの治療に使われています。

今日では、がん治療を受ける約半分の患者に対して標準治療としてプラチナベースの抗がん剤がホルモン療法や免疫療法など最新技術と合わせて使われています。

医療器具に使われているプラチナ

ペースメーカー

ペースメーカーは胸部あるいは腹部に植え込まれる小型の電気器械で、脈拍の遅い病気の治療に有効とされています。ペースメーカーの発振器、リード線、ピンにプラチナ、あるいは白金族の金属であるイリジウムが使われています。古くは1926年に開発されましたが、現在のペースメーカーは2時間ほどの手術時間で植え込みができ、平均で20年間もつとされています。ペースメーカーを装着した人はめまいや意識消失などの症状が解消されて、ほぼ通常の生活を送ることができ、毎年世界で約70万台のペースメーカー手術が行われているとされています。

人工内耳

人工内耳は重度の聴覚障害がある人が聴覚を獲得できるとされている人工臓器です。補聴器のように音を大きくするのではなく、人工内耳は音を電気信号に変換し、直接脳へ電気信号を送ります。

蝸牛は内耳を形成する器官の一つで、カタツムリのような形をしています。外からの音は蝸牛にあるたくさんの有毛細胞に振動としてとらえられて電気信号に変換され、それが複合知覚神経を通じて脳に伝達されて、音として認識されます。

蝸牛の有毛細胞が徐々に壊れることで難聴になり、一度失った聴力は取り戻すことはできません。しかし、人工内耳を使うことで機能しなくなった耳の部分に代わって、音を聞き取ることができるようになるのです。

人工内耳は手術で体内に埋め込むインプラント(体内機器)と、プロセッサ(体外機器)とで構成されています。プロセッサは音を拾ってデジタル信号に変換し、送信コイルを通じて内耳のインプラントへ送ります。インプラントはそれを電気信号に変換し、電極を通じて蝸牛に送られた信号が脳に伝わって音として認識されます。プラチナは電極アレイの中で電気信号を送る送信コイルと蝸牛内の電極接点に使われています。

ニューロモデュレーションのディバイス

ニューロモデュレーション(神経刺激療法)とは、神経系に直接刺激を与えることによって神経機能を変化させる、あるいは調整する治療法です。多くの場合、神経、あるいは脳に電気的な刺激を与える電極を体内に入れて行います。また体内に埋め込んだポンプを使って薬を必要に応じて直接神経機能に作用させることもできます。てんかん、脳卒中、片頭痛、慢性疼痛、パーキンソン病などの運動障害など、幅広い症状の治療に使われています。

脳、脊髄、末梢神経など対象部分に電極を留置し(脊髄の場合は中に挿入するのではなく脊髄を包んでいる硬い膜の外側)、別に埋め込まれた刺激発生装置に繋いで電気を送って刺激を行います。電極がプラチナとイリジウムの合金からできているもの、あるいは刺激発生装置にプラチナを使うものなどがあります。

血糖値測定器

持続血糖値測定器とは、小型センサーが皮下の血糖値を測定して、その値をスマートフォンのモバイルアプリなどに送って血糖値をモニターする器械で、糖尿病患者はスキャンや指先に針を刺すことなく、常時血糖値を知ることができます。皮下の間質液中の血糖値を測定する小型センサーは上腕や腹部に貼り付けて使用します。センサーは触媒作用を持つ酵素が出す電気信号を読み取りますが、使われる酵素はグルコース酸化酵素が多く、グルコースを酸化してグルコン酸と過酸化水素に分解し、過酸化水素は電極でプラチナを触媒として水に変えられます。

医療のプラチナ需要の展望

先進国、開発途上国問わず、人口の高齢化が進み高度医療へのアクセスが広がって、医療に対する公的支援が増えるに伴って、医療のプラチナ需要は長期にわたって増える見通しです。

国連の環境計画によると世界の人口は2050年に97億人に増加し、65歳以上の比率は今の2倍になるとされています。国連は持続可能な開発目標の中で、心疾患、がんなどの非感染症疾患による死亡数を2030年までに減らす目標を立てましたが、世界保健機関はその目標を達成すべく取り組んでいます。国連はさらに2030年までにユニバーサル・ヘルス・カバレッジを達成し、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」 ことを目標にしています。

一方で、今後30年間で途上国の65歳以上の人口は、先進国の2倍以上の率となる2.7%で毎年増えることが予測されており、高齢化とともにヘルスケアサービスの需要は高まるばかりです。現在、米国はGDP の約19%、欧州は約12%を健康医療に支出していますが、途上国でも健康医療に対する支出は増え、やがて先進国に追いつくとされています。インドと東南アジアでは現在GDPの3%から5%が健康医療に使われています。*

医療分野のプラチナ需要は2024年には3%増えて9.3トンになるとされています。がんの治療薬市場に対する投資は他の医療分野を大きく引き離して二桁台の増加となるとされていますが、それを反映して、がんの治療薬に使われるプラチナ需要の伸びが最も大きくなる見込みです。一方で医療器具のプラチナ需要も徐々にですが確実に伸びています。その背景には人口の高齢化や、開発途上国でも医療やヘルスケアの需要が高まっていることがあります。

*モルガン・スタンレーによる「Navigating Emerging Markets Healthcare Trends」 2023年10月

(ワールド・プラチナ・インベストメント・カウンシル)
(World Platinum Investment Council, WPIC)

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