大腸や胃、食道などのあらゆる部位で開発・普及が進む
「がん発見・診断」の心強いパートナー、内視鏡AIは医師たちをどう支援するのか
人の作業をAIが支援する――。さまざまな業界でそんなケースが起きる中、医療現場でも人とAIが力を合わせるシーンが多くなっている。その代表が「内視鏡AI」だ。消化器向け内視鏡の世界シェア7割を占めるオリンパスも、早くからこの技術を高めてきた。AIは内視鏡の分野でどのように「人を支援」するのか。AIの能力を高めるカギはどこにあるのか。
市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。デジタルヘルス編5回目の本記事では、オリンパス 先進技術開発機能長の後野和弘氏に尋ねた。
見落としを防ぎ、セカンドオピニオンとしての提案も
大腸や胃、食道などで行われる内視鏡検査。内視鏡がとらえた体内の映像をモニターに映し出し、がんやポリープといった“病変”がないかを医師が確認していく。このシステムにAIを搭載し、医師の検査をサポートするのが内視鏡AIだ。
「大腸の内視鏡AIを例にとると、AIには大きく2つの役割があります。1つ目は、画像から病変が疑われる箇所を医師に知らせること。2つ目は、見つけた病変に対し治療が必要か、必要ならどのような治療を行うか、AIが解析して医師に提案することです」
1つ目の役割については、医師がモニター画像を見ていく中、AIも同じ画像を解析して病変が疑われるような画像上の変化がないかを確認していく。疑わしいものや異常を検出したら、目印や音を出して医師に知らせる。もちろん、AIの検出がすべて正しいとは限らない。しかし、このような支援を行うことで、病変の見落とし防止につながるだろう。
2つ目の役割についても詳しく触れたい。大腸で病変を見つけたとき、医師が行う処置は大きく3パターンある。1つ目は、特に処置をしないパターン。良性のポリープなどの場合だ。次に、内視鏡検査の際に「処置具」といわれる特殊な器具を使って病変を切除するパターン。早期のがんなどに多い。最後に、開腹などの外科手術を行うパターンがある。「医師は病変の色調や形状などからどの処置を行うか判断しますが、このときAIも医師の判断を同時に支援するのです」。
こちらも最終的な判断はあくまで医師が行う。「AIは医師にセカンドオピニオンを出し、一緒に考えるパートナーの役割です」と後野氏は伝える。
気になるのは、こうした内視鏡AIの精度。そこで参考になるのが「感度・特異度(※)」という指標だ。医療機器の性能を表す指標としてよく使われるもので、今回の内視鏡AIでいえば、感度が高いほどAIの見落としは少なく、特異度が高いほどAIの誤検出は少なくなる。オリンパスの「EndoBRAIN-EYE」は、臨床試験で感度96%、特異度98%という実績を出している。十分に人の判断を支援する精度といえそうだ。
※感度とは病気の人を正しく検出する力であり、内視鏡AIの場合は「画像中に病変があるときにAIが正しく病変があると判定できる確率」となる。特異度とは病気でない人を正しく検出する能力であり、同じく「画像中に病変がないときにAIが正しく病変がないと判定する確率」といえる。
AIの精度を上げるノウハウ、カギはデータの「比率」
内視鏡AIの精度を上げるには「質の良いデータをAIに学習させることが大切です」と後野氏。具体的には、大量の内視鏡画像と、その画像がどのような診断をされたかという“結果”をAIに読み込ませていく。
例えば、この画像の病変は「がん」と診断されたのか、その後の処置はどうしたのか。画像と診断結果をセットでインプットする。処置を行う必要がなかった画像も適切に与えて「病気ではない場合」を学習させる。
ただし、とにかく多くのデータを与えればAIの精度が高まるわけではないようだ。全体の中で、どのようなデータをどれくらいの比率で与えるかがAIの精度を上げるカギになるとのこと。
「例えば同じ大腸の画像でも、粘膜の色や細かな構造には個人差があります。そうした個人差をふまえて正しく解析できるAIを作るには、さまざまな種類のデータを適切な比率で与える必要があります。ここに企業のノウハウがあり、われわれも自社で構築したポリシーに従ってAIに与えるデータを整備しています」
また、医療従事者が使いやすい設計にすることも求められる。AIが病変を検出したとしてそれをどのように知らせるか、表示の仕方も医師にとって見やすいもの、気づきやすいものにする必要がある。オリンパスは長年、内視鏡を通じて医療現場と対話し、その声をもとに製品を開発してきた。内視鏡AIでもそのプロセスは変わらないという。
保険適用の事例も生まれ、これから普及のフェーズに
内視鏡AIの開発は加速しており、国内では2019年頃から実用化が進んできた。特に大腸向けの内視鏡AIが先行して発売されている。
それでもまだ普及の途中であり、未導入の医療機関は少なくない様子。「これから本格的に普及していく段階でしょう」と後野氏は伝える。
カギになるのは、内視鏡AIの保険適用が認められるかどうかだ。保険が適用されれば、医療機関が内視鏡AIを使った際に診療報酬を受けられる。医療機関が負担するコストは低くなり、導入のハードルは下がるだろう。
そんな中、2024年6月にオリンパスの「EndoBRAIN-EYE」が保険適用の範囲内となった。これから普及を加速させるきっかけになるはずだ。
後野氏は「内視鏡を使う領域すべてに、いずれAIが入っていくでしょう」と伝える。実際、胃や食道の内視鏡AIはすでに開発が進んでいる。
もちろん、部位が変われば内視鏡AIの仕様や開発ノウハウも大きく変わる。例えば食道と大腸では、扱う病気も違えば、処置や治療方法も異なる。内視鏡の画像のどこを見て、どのような観点で診断を下すのかも同じではない。医師の思考や判断基準を理解してAIを作る必要がある。
内視鏡AIの開発競争は、これからも続いていきそうだ。
(取材・文/有井太郎)
※記事の内容は2024年10月現在の情報です