増える自社株買いをうまく活用するのがポイント
「時間を味方に、長く日本株への投資を」アセットマネジメントOne・酒井氏が伝える銘柄の発掘方法
米国株やオルカン(オール・カントリー:全世界株式)が話題になる中、「日本株の魅力」はどこにあるのか。これから期待できる国内の産業や投資テーマはあるのか。こうした質問を“日本株のスペシャリスト”にぶつける連載「ニッポン、新時代」。今回お話を聞いたのは、アセットマネジメントOne 運用本部 株式運用グループ 国内株式担当ファンドマネジャーの酒井義隆氏だ。
すぐれた運用実績を示したアクティブファンド(※)を表彰する「R&Iファンド大賞」。2024年の同賞において、過去10年間および過去20年間の運用成績を対象とした部門で最優秀賞を受賞したのが、酒井氏の運用する投資信託「One国内株オープン」だ。そんな同氏は、日本株の魅力や国内で注目の投資テーマをどう捉えているのか。話を聞いてみた。
※ファンドマネージャーと呼ばれる運用担当者が、投資する銘柄や投資割合などを決定し運用するファンド。
日本株のメリットがよく分かる「ハロウィン現象」
さまざまな国に株式投資できるこの時代、私たちが日本株に投資するメリットはどこにあるのだろうか。「日本の投資家は、海外投資家に比べて国内の成長企業を見つけやすい立場にいます。ここに大きなメリットがあるでしょう」。酒井氏はそう答える。
なぜ日本の投資家は、国内の成長企業を見つけやすいのか。前提として、日本は4000近い上場会社があり、アメリカに次ぐ規模を誇る。しかし「アメリカ市場を見ている投資家が世界中にたくさんいる状況に比べれば、日本市場を細かく見ている海外の投資家は決して多くない」と酒井氏。その分、日本の投資家には優位性が生まれる。
加えて「言語のバリア」もある。日本の上場企業における情報開示は、多くが日本語のみ。一部の大企業では英語開示も進んでいるが、日本語の開示に比べると情報量が少ないといったケースも見受けられる。こうしたことから、日本には「海外投資家がなかなかたどり着けない“投資のチャンス”が転がっています」と笑顔を見せる。
「日本のハロウィンは良い例ですよね。最近は、渋谷区の取り組みなどによって流れが変わっていますが、数年前まではハロウィンが近づくと、たくさんの若者が量販店で衣装を購入し、当日は街や居酒屋、カラオケなどに人があふれました。関連企業には大きな売り上げが発生していたわけです。こうした実情を海外の人はなかなか知ることができません。私たちが日本株に投資するメリットはここにあると感じます」
大きな下落時こそ「時間を味方にしてほしい」
2023年から長い上昇トレンドとなった日本市場。ファンドマネージャーとしてその動向を見続けてきた酒井氏は、上昇が起きた要因として「企業の自社株買い」が大きかったと考えている。
「企業の自社株買いは近年増えており、2023年は10兆円ほど、2024年は13、14兆円ほどになる見通しです。よく日本株の上昇要因として『外国人投資家の買い』が挙げられますが、2023年における外国人投資家の買いはおよそ6兆円。自社株買いこそが大きな上昇を生んだといえるでしょう」
企業が自社株買いを進めれば、市場に流通するその企業の株式は少なくなる。結果、一株あたりの価値が高まり株価が上がる。こうした中で上昇基調になったという見立てだ。
なお2024年8月以降は、その日本株に乱高下が起きた。これについては「悪い要素が重なっての結果」だと分析する。日銀の利上げ、米雇用統計の結果の悪さ、急激な円高などだ。
こうした相場に対して、個人投資家はどう向き合えばいいのか。特に聞きたいのが、急激な下落に直面した時だ。酒井氏はこんなアドバイスを送る。
「下落した瞬間は買い時でもあります。たとえば8月に日本株が大きく下落した際、TOPIXの配当利回りは約2.8%にまで上がりました。通常は2.1~2.2%ほどであり、高い水準です。さらに、企業の自社株買いも含めた総還元性向(企業が株主に対して還元する利益の割合)は4.2%ほど。コロナショックの時の総還元性向も同水準程度でしたので、歴史的に見て相当良い状況だったといえます」
とはいえ、下落局面で買うのは勇気がいる。買った後にしばらく株価が上がらない、あるいはさらに下がる可能性も否めないからだ。しかも酒井氏によると、最近は下落した株価がどのくらいの時間をかけて戻るのか、予測するのが難しくなったという。機関投資家の運用手法が複雑化したことなどが一因だ。
「そこで私が言いたいのは、時間を味方にしてほしいということです。つまり、株価がいつ回復するかを予測するのは難しいので、1年後くらいに利益が出れば良いという気持ちで、時間軸を長めにとって下落時に株を仕込んでおく。いわば回復するタイミングが読めないリスクを時間分散していく。これが時間を味方にするということです」
過去を振り返ると、株価の大きな下落は「2年に1度ほどは起きるもの」と酒井氏。近いところから並べると、クレディ・スイスの経営不安による下落や、ロシアのウクライナ侵攻、コロナ禍、トランプ大統領時代の米中貿易摩擦など。そういった局面が来たら、1年後くらいのリターンを描きながら資金を少しずつ投入する。こうした手法を提言する。
日本で増える自社株買いを、投資戦略に役立てるには
今後の日本株において、酒井氏が注目しているテーマや産業はあるのだろうか。これについては、まず以下のような私見を述べる。
「最近、私が投資の軸に据えているのは『ワクワクするものに人はお金を使う』という考えです。『モノ消費からコト消費へ』とも言われますが、今の時代、生活に必要なものや便利なものよりも、楽しいものや気分が高揚するものにお金を使う傾向が高まっているんですね。まずはそういったビジネスを展開する企業を探すことが、銘柄探しの切り口になっています」
それに加えて、日本で注目するテーマとして「少子高齢化」を挙げる。これから世界中の先進国に訪れるであろうこの社会問題に対し、いち早く新たなビジネスを創出する日本企業に注目しているとのこと。
ただし、テーマをもとにした銘柄探しは“第一ステップ”に過ぎない。ここからより深い企業分析を行い、投資先を選定していく。一例として、各企業のバランスシート(貸借対照表)を見ながら、市場の評価が低く株価が割安な企業、いわば買い時の企業を探す。
たとえばバランスシートを見ていくと、資産のかなりの割合を現金で保有している企業が見つかる。こうした企業は株価が割安になっている場合もあり、今後の上昇余地がないかを調べていくという。
あるいは、先述した「自社株買い」を予定している企業をピックアップし、これからの株価上昇が期待できないかを考えることもあるという。
企業が自社株買いを行う際、どの期間にどれだけの株式数を取得するかという情報は公開されている。それをもとに、1日あたりに取得する株式数の大まかな見当がつく。次に、東証では各銘柄が1日にどのくらい売買されたか、その数量を「売買高(出来高)」として公表している。
「この売買高と、先ほど話した1日あたりの自社株買いの数を照らし合わせれば、全体の売買高に対する自社株買いの割合が予測できますよね。すると過去のデータなどから、○%の水準で6カ月買い続けるなら、ある程度株価が上がるのではといった見通しが立つでしょう。自社株買いが増えている日本だからこそ、こうした視点は有効になりますよね」
自らの投資手法の一端を示した上で、最後に個人投資家へのメッセージとして、「一瞬の下落で投資を止めてしまうのではなく、長く続けてほしいと思います」と話す酒井氏。この国の市場ならではの魅力や特徴を活かしながら、長期でじっくりと資産を運用していく。日本株を知り尽くした酒井氏は、そんな投資スタイルが広まることを願っている。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2024年11月現在の情報です