福永博之先生に聞く信用取引入門
【信用取引入門】第17回:リスク管理の具体例3(追証、株価と担保の両方下落)
【福永博之先生に聞く信用取引入門】
前回記事はこちら 第16回:リスク管理の具体例2(代用有価証券の下落と追証への備え)
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これまで建玉の下落と代用有価証券の下落が別々に発生した例を解説しましたが、今回は建玉と代用有価証券の両方が同時に下落した例を取り上げて解説したいと思います。
投資家のみなさんのなかには、配当利回りの高いバリュー株など、下落しても限定的と考えられるような銘柄を担保にして、なるべく現金を使わずに信用取引を行いたいと考えている人がいるかもしれません。
そんな場合でも今年8月1日から5日にかけて発生したような下落が発生してしまうと、値動きが安定していると思われる銘柄も値下がりしてしまいます。また、変動の大きい銘柄はより下落率が大きくなり、損失の発生や拡大につながりやすくなります。
そこで、今回代用有価証券として取り上げるのはNTT(9432)です。NTTは低位株で値動きもさほど大きくないことから代用有価証券に適していると思われます。一方、信用取引で買い建てするのはソフトバンクグループ(9984)です。ソフトバンクグループはボラティリティが高い銘柄ですが、この組み合わせで7月から8月中旬にかけての値動きが建玉の損益と担保価値にどのような影響を与えるのか見ていきましょう。
まずソフトバンクグループの信用買いについてですが、6月中旬に節目の1万円台を株価が回復したあと売り物に押されて一旦反落しましたが、6月26日に1万円を上回ったあと、翌営業日も1万円台を維持したことから1万円が定着するのではないかと考え、ソフトバンクグループを同月27日の終値(10,135円)で100株買い建てたとします。
またこの時の約定代金は、10,135円×100株=1,013,500円であり、信用買いに必要な委託保証金の金額は1,013,500円×30%=304,050円です。
ここで、代用有価証券を用いるにあたり気をつけなければならないのは、代用有価証券は掛目を乗じて評価する必要があり、時価より割り引きされてしまうことです。前回も解説しましたが、株券を代用有価証券にした場合、掛目は80%になりますので、代用有価証券の時価が304,050円でも、80%の評価(243,240円)となり、最低委託保証金額の30万円に届かないことになります。
実際にNTT株を代用有価証券とした場合、304,050円÷0.8(掛け目)=380,062.5円が必要な代用有価証券の額となり、これを6月27日の終値(151.3円)でNTT株に置き換えると、380,062.5円÷151.3円≒2511.98株になりますが、NTT株は100株単元ですので2,600株以上が必要になります。
そこで、保有していたNTT株4,000株をすべて代用有価証券として担保に差し入れてソフトバンクグループを100株買い建てたとします。買い建て当日の担保の評価額は151.3円×4,000株×0.8=484,160円になります。
その後、買い建てたソフトバンクグループの株価は予想通り上昇を続け、7月11日には終値で11,920円をつけ、評価益が(11,920円-10,135円)×100株=178,500円にも上りました。また、代用有価証券として担保に差し入れたNTT株も上昇していたため、安心していた矢先のことです。
高値をつけた翌営業日からソフトバンクグループの株価が反落し始めます。ただ、このときのNTT株は160円前後で推移しており、担保の評価額は160円×4,000株×0.8=512,000円と、買い建てたときより保証金額が増えているのが分かります。
このように、担保に差し入れた代用有価証券の価格が上昇すると、投資余力が増すと同時に、建玉に含み損が発生しても追証が発生しにくくなるというメリットが得られます。
では、代用有価証券も建玉と同時に下落した場合はどうでしょうか。それが7月下旬から8月5日にかけての下落です。まず、ソフトバンクグループの買い建玉ですが、7月25日には買値を下回って9,365円となり、(9,365円-10,135円)×100株=-77,000円の評価損が発生しました。
一方、代用有価証券であるNTT株の7月25日の評価額は、158.1円×4,000株×0.8=505,920円となり、この評価額から評価損の77,000円を差し引いた委託保証金の現在高は428,920円で、追証が発生する委託保証金額10,135円×100株×0.2(委託保証金維持率である20%)=202,700円まで倍以上の余裕があるように見えます。
ところが、8月2日になると、ソフトバンクグループの株価下落が加速し、終値で7,868円をつけ、評価損が226,700円まで一気に拡大したことに加え、NTT株も7月前半の水準から下落し152.9円となり、担保としての評価額152.9円×4,000株×0.8=489,280円から評価損226,700円を差し引くと、262,580円が委託保証金の現在高となり、追証が発生する水準(202,699円以下)まであと6万円弱です。ソフトバンクグループが前日比600円以上下落したり、NTT株が下落したりすると追証が発生してしまうことが予想できます。
そうしたなか8月5日を見るとどうでしょう。当日は日経平均が過去最大の下落幅となったこともあってソフトバンクグループは終値で6,400円をつけ、建玉の評価損は(6,400円-10,135円)×100株=-373,500円となりました。このような大幅下落はめったにないことから予想するのは難しいとはいえ、現実に起こったことです。
一方、安定した株価と見られていたNTT株ですが、終値で145円をつけ、買い建て当日の株価(151.3円)を下回ってしまいました。これらをまとめて見ると‥‥。
代用有価証券であるNTT株の評価額は145円×4,000株×0.8=464,000円で、買い建て当日の評価額(484,160円)を下回っています。
この評価額から評価損を差し引くと…委託保証金の現在高は464,000円-373,500円=90,500円となり約定代金の20%(202,700円)を大きく下回る結果となってしまいました。
ここでのポイントは、ボラティリティの高い銘柄を信用取引で売買する場合、利益が出ている場面で欲を出さずに返済を早めに行うこと。また、評価損が発生し始めた段階で早めにロスカットを行うこと。資金に余裕がない投資家は、なるべくボラティリティの高い銘柄の売買は避けること。
さらに、安定した値動きに見える銘柄でも、代用有価証券として差し入れた銘柄の株価が下落すると、建玉の評価損と代用有価証券の担保価値の目減りが同時に発生し、予想以上に大きな追証が発生することが考えられますので注意するようにしましょう。
日本テクニカルアナリスト協会・前副理事長
勧角証券(現みずほ証券)を経て、DLJdirectSFG証券(現楽天証券)に入社。同社経済研究所チーフストラテジストを経て、現在、投資教育サイト「itrust(アイトラスト) by インベストラスト」を運営し、セミナー講師を務めるほか、ホームページで毎日マーケットコメントを発信。テレビ、ラジオでは、テレビ東京「モーニングサテライト」(不定期)、日経CNBC「昼エクスプレス」(月:隔週担当)、Tokyo MX「東京マーケットワイド」(火:午後担当)、ラジオ日経「ウイークエンド株」(有料番組)、「マーケットプレス」(金:午後隔週担当)、「スマートトレーダーPLUS」(木:16時~16時30分放送)などにレギュラー出演中。また、四季報オンラインやダイヤモンドZAIなどのマネー雑誌にも連載を持つ。著書には「テクニカル分析 最強の組み合わせ術」2018年6月発売(日本経済新聞出版社)、「ど素人が読める株価チャートの本」(翔泳社)などがあり、それぞれ台湾で翻訳出版され大好評。テクニカル指標の特許「注意喚起シグナル」を取得、オリジナルで開発した投資&ビジネスメモツールi-tool(アイツール)を提供中。