新制度のクロージング・オークションも導入
東証にとって70年ぶりの改革、4年の道のりを経て行われた「取引時間の延伸」
2024年11月5日から、東京証券取引所の取引時間が延伸された。これまで15時だった取引終了時刻は、70年ぶりに変更されて、15時30分に。時間にすれば「30分」の違いだが、その裏にはさまざまな調整があったという。このプロジェクトに携わった、東京証券取引所 株式部 株式総務グループの若松弘晃さんと吉井皓亮さんに聞いた。
4年前の2020年10月から議論がスタート
取引時間の延伸について東証で検討が始まったのは、およそ4年前のこと。契機となったのは、2020年10月に起きた現物売買システムの障害だった。これを受けて、東証では「再発防止策検討協議会」を設置。約半年をかけて、システム障害が再度起きないよう議論を重ねていった。
実はこのとき、協議会で議題にのぼったのが取引時間の延伸だった。システム障害の再発を防止するのは当然だが、一方で、仮にシステム障害が発生した場合にも、極力、当日中に復旧し、売買機会を提供するという観点から、取引時間の延伸という考えが出てきたという。ただし、延伸するとなれば広範囲に影響が及ぶため、ここで結論を出すのではなく「時間をかけて慎重に検討することになりました」と、若松さんは説明する。
その後、おおよそ5年に一度の周期で更改される東証の売買システムの更改時期が近づいてきたことから、2021年5月に市場機能強化に向けた検討ワーキング・グループを設置。ここで取引時間の延伸に関する検討も行った。
約半年にわたり市場関係者と議論を重ねる中で、次期現物売買システムの更改タイミングに合わせて、取引時間の延伸を行う方針が決まったという。その方法ならスムーズな移行につながると考えたためだ。
正式な延伸に向けて具体的な検討を進める方針を対外公表したのは2021年10月のこと。そしてその3年後、2024年11月5日に実施されたのだった。
「取引時間を延伸することは、たくさんの市場関係者にさまざまな影響をもたらします。なぜなら、これまで長く続いてきた『15時』の終了時刻を基準に、各社の業務フローが構築されているからです。延伸するとなれば、それらを調整しなければなりません。だからこそ慎重に議論し、30分の延伸と、それを実施する時期が決まりました」(若松さん)
大引け後にスタートする投資信託業務、「延伸の影響」をどう抑えるか
取引終了時刻が変更されたのは70年ぶり。前回は1954年、それまで14時だった終了時刻が15時になった。それ以来、市場関係者は「15時の取引終了」という前提のもと、業務フローや自社システムの構築を行ってきた。
だからこそ、時間にすれば30分だが、その延伸により各業界の関係者や業務に大きな影響が起きかねない。そこで、延伸が決定してから実施されるまでの3年間は、各関係者ともに調整を重ねていったという。
特に重要だったのが投資信託に関する取り組みだ。投資信託では毎日、その日の基準価額を算出・公表している。これは、その日の終値をベースにしているため、関連会社は取引が終了してから基準価額の算出・公表に向けた業務をスタートさせる。
ただし、取引が終了してから各社一斉に処理を行うのではなく、まずは証券会社が持つ当日の取引情報とベンダーが配信する時価情報をもとに、投信委託会社と信託銀行が基準価額の算出・照合処理を行い、その結果をベースに投信の販売会社や報道機関が後続の処理を行うなど、多くの関係者が段階的に業務を進めている。全体で数時間にわたる業務プロセスになっている。
「今回ポイントだったのは、このプロセスの終盤に行われる処理は、時刻を後ろにずらせないことです。そのため、延伸分の30分をプロセス全体で吸収する必要があったのです」(若松さん)
そこで東証では、投資信託協会や信託協会といった業界各社を取りまとめる団体と連携しながら、各社における業務プロセスの効率化や、ワークフローの見直しを進めたという。各業務を少しずつ効率化し、最終処理の終了時刻は今までと変わらない形を目指した。実際にその取り組みを行った吉井さんは、当時をこう振り返る。
「私たち東証の人間は、必ずしも各社の業務を熟知しているわけではありません。まずは実際に担当者の方々にヒアリング等を行い、業務を知るところから始め、より良くできる部分を探していきました」
こうした業務効率化への働きかけのほか、ベンダーと協力して時価配信時刻の前倒しを行うなど、地道に関係各所と対応を進めたという。「一連の取り組みをきっかけとして、今後も各社の業務が効率化されていけばうれしいです」と吉井さんは話す。
このような過程をたどって実施された、取引時間の延伸。30分と聞くと、小さな変化に感じるかもしれない。しかし「1日の取引時間が10%延びたと捉えることもできます」と若松さん。「日中の取引はしやすくなると思いますし、投資家の方にはぜひ有効に活用していただきたいですね」という。その上で、東証としての考えも伝える。
「投資家の方により多くの取引機会を提供することは、東証にとって大切な使命です。24時間取引ができる投資商品もある中、私たちも取引機会の拡大を追求していきますし、今回の延伸はそうした活動のひとつです」
クロージング・オークションで、安心した「大引けの売買」を
この記事の前半で触れた通り、11月5日には、取引の中枢となる売買システムも更改された。それに加えて、この日から新たに導入された取引制度もある。そのひとつが、現物市場における「クロージング・オークション」だ。
クロージング・オークションとは、「大引けの売買」に関する制度。つまり、1日の取引の終わりに行われる売買に関連したものである。
実は近年、大引けの売買が活発になっている。たとえば東証プライム市場を見ると、1日の取引のうち、大引けの取引が全体の約15%か、もしくはそれ以上になっている。
その理由として、近年、TOPIXのような“株価指数”に連動する投資信託が人気になっていることが挙げられる。先ほど触れた通り、投資信託の基準価額は終値がベースになる。そのため、終了時刻付近の注文が増加してきたという。
「大引けの売買が増えたことで、終了時刻間際に注文した際、投資家の想定から乖離した終値がつくケースが増えてきました。取引は継続している中で、大量の注文が集中するためです。こうした状況に対し、投資家がより安心して大引けの売買ができるように、クロージング・オークションが導入されました」(若松さん)
クロージング・オークションでは、「ザラバ」と呼ばれる通常取引を15時25分に終え、そこから取引終了時刻(15時30分)までの5分間は、売買は成立しない「注文受付時間」となっている。この間の状況は板に反映されるため、投資家はどのくらいの終値になりそうかを想定しながら注文を出せる。かつ、一度出した注文の変更や取消も可能だ。その上で、15時30分に注文受付時間が終了し、“板寄せ”という処理を経て1日の終値が決まる。
近年、取引終了時にクロージング・オークションを取り入れるケースは世界各国で増えており、東証もこの形を導入した。「終値形成の透明性が高まり、今までより終値がどの程度の値段になりそうかという予測も立てやすくなります。大引けの売買がしやすい環境になったのではないでしょうか」(吉井さん)
若松さんと吉井さんが所属する株式総務グループは、より良い市場を目指して、適切な株式制度を考える部門。取引時間の延伸やクロージング・オークションの導入は、まさにその一環だ。「これからも、さまざまな属性、考え方を持つ投資家の方にとって参加しやすいマーケットを作っていきたいですね」。若松さんがそう口にすれば、吉井さんも「魅力のあるマーケットを目指して、売買制度のあり方を考えていきます」と続ける。今後も一歩ずつ、着実に市場の環境を整えていく。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2024年11月現在の情報です