【三宅香帆の本から開く金融入門】

ライトに日本の空き家問題に切り込んだエッセイ『私の実家が売れません!』

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家の売買をめぐる笑えるエッセイ

税務署を舞台にした『トッカン』シリーズや、百貨店の内部を描いた『上流階級』シリーズで知られる小説家の高殿円さん。彼女の最新作は、なんと「実家が売れない」という事態から始まるエッセイ『私の実家が売れません!』である。自分の実家が、売れない。それがわかった時、高殿さんは、まさかの行動に出る。なんとあのアプリで実家を売ったというのだ!

家の売買をめぐって、あの手この手をつくしながら著者が奮闘する様は、読んでいて思わず笑ってしまう。さらに、エッセイに付されたコラムでは、専門家による不動産に関する知識もわかりやすく解説されている。

読者は笑いながら実家に関する実録レポートを読んでいると、古い家の売買に関する知識もついている。一冊で二度おいしい、爆笑エッセイなのである。

……と、エッセイとしての面白さも紹介したいが、それ以上に私が本書を推したい理由は、「古い家をなんとかしたいが、なんともできない」という日本でしばしば聞こえる声を扱った本だからだ。実家問題。それは実はいまひそかに日本で大きな問題になっているのだという。

日本の空き家問題は今後の課題?

いま高齢者となっている世代が若い頃、今よりマイホーム信仰がずっと強かったという。そして人口も多く、地方にたくさんの家が建った。いまであればもう過疎地域と呼ばれるような場所にすら、家が建っている。

その結果、いまや全国に空き家や、売れない実家がたくさん生まれてしまっているのだ。

家は高い。多くの人にとって、人生で最も高い買い物のひとつとなる。そして高い買い物は、そのまま捨てる時も、人にあげる時も、やはり高い値段がかかるのだ。

さらに家にはたくさんの人の思い出が沁み込んでいる。本書においても、高殿さんが家をなんとかしようと乗り込めば、親戚のある人が口を挟んできたり、思い入れがあるから捨てないでくれと言ってきたりする場面が描かれる。家は多くの人にとって居場所であるからこそ、勝手に捨てられたり売られたりすると怒る人が出てくる。そのような家にまつわる人間のしがらみもまた、本書の読みどころのひとつだろう。

高殿さんは「今後、実家を売れない問題に困る自分と同世代(就職氷河期世代)が増えるのでは」と言及する。要は、親世代が実家を手放すかどうか、子供たちが考えなくてはいけないからだ。

自分事じゃなくとも読んでほしい一冊

私は本書を読んでいて、今後は介護や育児といった家庭内ケアのジャンルに、「実家の売買」という項目も入ってくるのではないか、と思うようになった。

「古い家なんて、そんな大変な思いをするなら、取り壊して土地にして売ったらいいのでは?」と思う方もいるかもしれない。が、案外そんな簡単に話は進まない。それは本書を読めば理由がわかる。

何せ、家を建てた時から、法律は変わってしまっているのだ。本書も道路法改正によってまさかの展開が描かれるのだが、昔は大丈夫だった建築も、いまは勝手が異なっていることも多い。このような法改正を調べるのも、ある程度若い世代でないと難しいなと私は思った。

そして結局高殿さんは実家の売買において、あるアプリを駆使することで、危機を乗り越える。アプリの名前はぜひ本書を読んで確かめてみてほしいが、「こんなふうにアプリを使いこなすこと自体、実家の持ち主の世代では、なかなか無理なのでは」と感じてしまう。

そういう意味で、やはり本書を読むと「今後、さらに日本の空き家が増えた時、若い世代がすすんで問題解決しようとしないとどうしようもないのでは」と思う。実家の売買は、今後いまの現役世代共通の課題となるのではないか。

そういう意味で、決して「私の実家が売れません!」というタイトルが自分事でなくとも、本書を読んでおいて損はない。それはいつか自分に降りかかるかもしれないことだからだ。

とはいえそんな堅苦しい本ではない。社会問題になりそうな出来事を、あくまでライトに、面白く、語ったエッセイだ。勉強にもなる面白いエッセイを読みたいなという気分の時、ぜひ手に取ってみてほしいと思う。

著者/ライター
三宅 香帆
京都大学大学院人間・環境学研究科卒。会社員生活を経て、現在は文筆家・書評家として活動中。 著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』などがある。フリーランスになったことをきっかけに、お金の勉強を始めている。

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