CO2を排出せずに生成・利用できる「グリーン水素」普及のカギ

東京都が開始した世界初の「グリーン水素トライアル取引」ってなに?

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2030年カーボンハーフ(※)、2050年脱炭素社会の実現とエネルギー安定供給の両立に向け、水素エネルギーの普及拡大に取り組んでいる東京都。

※2030年までに都内温室効果ガス排出量を50%削減(2000年比)すること

その取組の一環として、2024年12月に「グリーン水素トライアル取引」が実施された。この取引は、グリーン水素を対象に供給側・利用側の入札者がそれぞれに販売価格、購入価格を入札し、グリーン水素の落札単価を決定するというもの。

なぜ、入札による市場形式での水素取引を試行することになったのか。そもそも水素エネルギーの活用は社会にどのような影響を与えるのか。東京都 産業労働局 産業・エネルギー政策部 水素取引推進担当課長の新井賢太さん、2024年度新規採用職員の同部・松下直也さんに取組の経緯や狙いについて聞いた。

「水素」はCO2を排出しないクリーンなエネルギー

2022年3月、東京都は水素エネルギーの活用を推進するため「東京水素ビジョン」を策定。水素エネルギーがさまざまな分野で活用される2050年の社会像を提示しながら、その実現に向けた2030年までの都の取組の方向性を紹介するものだ。

「東京都では従前より環境対策として水素の利活用促進に取り組んでいましたが、世界的な脱炭素の動向やそれを踏まえた企業経営の革新といった『産業』の視点から、エネルギー政策を捉える必要性が増大してきたことを受け、2022年に産業・エネルギー政策部が新設されました。水素エネルギーの普及についても産業政策として強力に推し進め、『東京水素ビジョン』の実現を目指していくこととなりました」(新井さん)

東京都は水素エネルギー分野の技術開発や利活用の推進に力を入れ、2023年度に約100億円だった予算を、2024年度には倍の約200億円に増額して取り組んできたそう。ところで、なぜ水素エネルギーの活用が脱炭素社会の実現につながるのだろうか。

「地球上でもっとも軽く、豊富に存在する水素は、エネルギーとして使う際にCO2(二酸化炭素)を排出しません。そのため、クリーンなエネルギーとして世界中で注目され、各国で生成や活用に関する技術開発と実証が進められています」(松下さん)

都内では水素を原動力とする燃料電池を搭載した自動車やバスが実際に多く走行しており、水素エネルギーが社会実装され始めている。さらに、水素をビルなどの建物の熱エネルギー源にするなど、モビリティ以外の分野でも活用が広がり始めているとのこと。

一方で、水素は「生成」の際にひとつの課題がある。現在は主に天然ガスや石油といった化石燃料を原料にして、水素が生成されているのだ。水素エネルギーを活用するときはCO2が排出されないものの、生成するときには化石燃料を使用し、CO2が発生してしまう。そこで、いま注目されているのが「グリーン水素」だという。

「グリーン水素とは、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(再エネ)由来の電力を利用して生成される水素のことです。再エネを用いると生成過程においてもCO2が発生しないため、脱炭素社会の実現に大きく寄与すると考えられます」(松下さん)

「グリーン水素は再エネ由来の電力を使用するため、現状高値となっています。また、再エネをいかに確保するかという課題もあります。一方で、技術開発により生成技術も向上しており、グリーン水素製造の取組も広がってきているので、今後コスト面も変化していくことを期待しています」(新井さん)

2024年12月に実施された「グリーン水素トライアル取引」

グリーン水素にかかるコストは高いとのことだが、世に出てきたばかりのものであるため、市場のニーズもつかみづらいといえる。そこで実施されたのが「グリーン水素トライアル取引」だ。

「2024年11月に開催されたCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)に小池百合子東京都知事が出席した際、小池知事から『グリーン水素の普及に向けて、市場形式として世界初となるグリーン水素のトライアル取引を実施する』『取引の事例を積み重ね、東京都に水素取引所を立ち上げる』という内容を発信しました。その第一歩となったのが、今回の『グリーン水素トライアル取引』です」(松下さん)

「グリーン水素トライアル取引」では、グリーン水素を供給する事業者が販売価格を、利用する事業者が購入価格を入札するというダブルオークション方式が採用された。もっとも低い販売価格ともっとも高い購入価格でそれぞれ落札され、その差分は東京都が支援する。

画像提供/東京都 産業労働局 グリーン水素トライアル取引のイメージ図。

2024年12月に公表された入札結果は、次のようになっている。

●供給側落札単価

●利用側落札単価

※Nm3=ノーマルリューベ。0℃1気圧の標準状態に換算した水素ガス量を表す。

「これまでにない取組ということで入札者数自体は多くないですが、グリーン水素の利活用が発展途上にあるなかでも、価格競争が働いたということは価値があると考えています。エネルギー業界の方々に話をお聞きすると『水素を新しいエネルギーとして普及させていかなければいけない』という強い思いや『技術面や価格面でハードルがある』という現実的な認識を持っていらっしゃることを感じるので、我々のような行政側が後押ししていく必要があると、改めて感じています」(新井さん)

市場活性化で見えてくる「水素の適正価格」

今回の「グリーン水素トライアル取引」は文字通りトライアルの位置付けではあるものの、収穫は大きいという。

「これまで水素な相対でのみ取引されており、価格に関する情報などはほとんど開示されていなかったため、予算などの予測が立てにくく、新たな事業者が参入しづらいという面がありました。そのため、今回のトライアル取引で、価格を含めた取引自体が可視化されたことは大きな意義があると思っています。今後、取引を積み重ねる必要がありますが、価格の目安ができると、将来の事業計画を立てやすくなるだろうと感じます。そして、将来的に入札者が増えていくと競争が生まれ、供給側はさらに価格が下がり、利用側の価格は上がっていくものと想定しています。その結果、販売価格と購入価格が同じ水準となってマッチングし、東京都の支援がなくても取引が成立するところが目標です」(新井さん)

最終的な目標としては、「水素取引所を創設すること」と話してくれた。

「小池知事がCOP29で発信したように、取引事例を増やして知見を蓄えながら、市場から受け入れられるような土壌をつくり、水素取引所の立ち上げにつなげたいと考えています。そして、都内に水素エネルギーが行き渡る世界を築いていきたい。そのための施策をひとつひとつ実施していくことが重要だと考えています」(新井さん)

東京都がスタートさせた世界初の取引。その先に見えるものは、環境に負荷をかけない社会。日常生活にも影響してくるであろう「グリーン水素」、これから注目していこう。
(取材・文/有竹亮介 撮影/鈴木友樹)

著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。

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