実証実験を重ねて「オンデマンド配送」の可能性と課題を模索
「ドローンによる医薬品配送」実現のカギは「レベル4飛行」
市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。ロボティクス・ドローン編第6回となる今回は、KDDI、KDDIスマートドローン、日本航空(JAL)、JR東日本、ウェザーニューズ、メディセオの6社が共同で進めている実証実験プロジェクトを取り上げる。
実証実験で検証されているのは、ドローンによる医薬品配送。2021年11月からプロジェクトがスタートし、当初3カ年計画で医薬品配送ビジネスモデルの策定と検証が行われてきた。
これまでに、隅田川に架かる複数の大橋を横断する実験や東京都あきる野市・檜原村での輸送実験などを行い、実績を積んできた当プロジェクト。3年が経過した現在、事業としての実現性はどの程度高まっているのだろうか。プロジェクト全体を取りまとめているKDDIプロダクト本部の保澤辰至さんに聞いた。
「ドローン配送」が医療現場における課題を解決
ドローンを用いた実証実験プロジェクトは、JALとのやり取りのなかでスタートしたそう。
「もともとJALさんとKDDIはドローン実証の取組を進めている間柄で、JALさんが物流に携わっていることもあり、物流において活用できないかという話が出ていました。また、JALさんでは医薬品の卸売を行うメディセオさんとコミュニケーションを取っていました。ドローンは重いものを運べないものの、飛ばすには原価がかかることから、軽くて付加価値の高い医薬品の配送にマッチするのではないかというアイデアが出ていたそうです」(保澤さん・以下同)
「ドローンによる医薬品配送」というテーマでJALが両社の橋渡しを行い、街づくりにおけるドローン活用を検討するJR東日本や気象データの提供を行うウェザーニューズも参画してプロジェクトが始まった。KDDIやKDDIスマートドローンは、ドローンの自動運転に欠かせない通信の環境整備やドローンの運航を担当している。
「ドローンでの配送と医薬品の相性がいいだけでなく、医療現場における課題の解決にもつながると考えました。病院は抗がん剤などの稀用医薬品をストックしておかなければいけないものの、使用する頻度が高くないため、期限が切れたものを廃棄することがあったそうです。もし、必要なときに必要な分だけを取り寄せるオンデマンド配送が実現すれば、廃棄ロスの削減につながるため、ドローン配送の検討が始まりました」
2022年2月に行われた実証実験は、メディセオ新東京ビルから学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院への配送を想定し、隅田川上空を約2キロメートル飛行するというものだった。
2023年2月にはあきる野市内の医療センターから研究所までの約1カ月間の輸送、2023年12月には檜原村内の診療所から特別養護老人ホームまでの往復約4.8キロメートルの輸送を行い、検証が進められた。
「実験段階では高額な稀用医薬品を運ぶことはできませんが、医薬品を入れるガラス製のアンプルや検証用の検体、第3類医薬品などをドローンに積み込みました。実証実験の結果ではアンプルの破損や内容物の変質がなく、医薬品にも影響はないという予測を立てることができている状況です」
現状はドローンによる医薬品配送の検証という段階だが、今後はビジネスとして成立するかといった視点での検証も必要になっていく。
「買い物難民への配送や災害時の支援などの公共事業でのドローン活用も期待できるところですが、すべてを税金で賄うとなると継続は難しいと思われます。医薬品配送をはじめとするドローン活用のニーズが高まり、ビジネスとして成立するようになれば、そのビジネスを行う事業者が公共事業にも参画することで継続できるようになると考えています。そのため、ビジネスとして成り立たせることは必須と捉えています」
配送ドローンを都市部で飛ばせないワケ
順調そうに見える実証実験だが、ビジネスとして動かしていくには、大きな壁を越えなければいけないという。
「航空法により都市部でのレベル4での飛行が制限されているため、ビジネスとしての実装はまだまだ難しいという現状があります」
ドローン飛行は、航空法により次のような4段階のレベルで区分けされている。
レベル1:目視内で操縦飛行
レベル2:目視内で自動飛行
レベル3:無人地帯での目視外飛行(自動飛行)
レベル4:有人地帯での目視外飛行(自動飛行)
自動飛行とは、操縦機などを用いずにあらかじめ設定したルートや範囲で飛行する方法のこと。レベル4は、人が生活している地域で、直接ドローンを目で追うことなく自動飛行を行うことを指す。都市部での医薬品配送はレベル4に該当するのだ。
「実際に医薬品を配送するとなると、無人航空機の飛行許可・承認手続の『カテゴリーⅢ(特定飛行のうち、無人航空機の飛行経路下において立入管理措置を講じないで行う飛行=第三者の上空で特定飛行を行うこと)』に当たるため、飛行許可・承認手続が必須となるのですが、人口密集地域でレベル4飛行ができる機体は現状存在しないため、都市部でのレベル4での飛行は難しいのです」
隅田川での実証実験の際には、ドローンが横断する橋の上に何人ものスタッフを配置し、安全性を確保したうえで実施したという。1日の実証実験であれば人材の手配も可能だが、毎日のように医薬品を配送するとなると、人手がいくらあっても足りなくなってしまう。
「あきる野市や檜原村などの郊外であれば、人がいないルートを探せるのですが、都市部となるとそう簡単ではありません。ただ、政府や航空局もドローンの活用には前向きだと感じるので、航空法改正の協議が続けられていくことを期待しています」
ルールづくりや活用しやすいシステムの構築も重要
航空法以外にも課題はあるという。そのひとつが、ドローン運航に関するルールづくり。
「このプロジェクト内では重大なインシデントなどが起きることなく無事に済んでいるのですが、今後はドローンが飛行するルート上で火事が発生するなど、安全に運航できなくなることもあると予想されます。その際の対応手順などを示す公的なルールやマニュアルは現状存在していません。ただ、トラブルが起きた際に議論している時間はないので、我々はJALさんが培ってきた安全運航のノウハウをもとにCRM(Crew Resource Management)を取り入れたオペレーション体制を策定、実施しています」
CRMとは「安全運航のため、利用可能なすべてのリソースを有効活用する」という考え方。当プロジェクトでは、時系列ごとに考えられるスレット(脅威)やそれに対する具体的な手順をまとめ、全員で共有するという形で実施している。
「運航に関わる全員が対処法を把握することで、イレギュラーが起きた際に素早く対応できます。また、このような体制を構築することが、公的なルールづくりの一助になればと思っています。ルールができて基準が統一化されると、検証も進めやすくなると考えています」
既に当初の計画の3年は過ぎているが、今後も実証実験は継続していくとのこと。そこで重要になるのが、医薬品配送を活用する医療機関の声だ。
稀用医薬品の廃棄ロスが減るのはいいこと』という声をいただく一方、『配送品を無事に受け取れるかが不安』という反応もいただいています。医薬品がほかの人の手に渡って流用されたり紛失したりするトラブルがないとはいえないので、ドローンが着陸するポートを活用し、特定の人だけが受け取れるシステムの検証も進めています。ドローン自体もメンテナンスフリーなものに進化させ、医療従事者の方々の業務フローにいかに自然に組み込んでいけるかという点も実現のカギだと思っています」
最後に、ドローンによる配送サービスの今後について、保澤さんの思いを伺った。
「我々のような実証に取り組むことができる事業者が検証を進め、ビジネスとしての可能性を明らかにしていくことで、新たなドローン事業者が生まれ、運航ルートやオペレーション体制なども活用され、ドローンによる配送サービスが成立していくのだと思います。外を見たら当たり前のようにドローンが飛んでいる環境になることを楽しみにしながら、今後も取り組んでいきたいですね」
実証実験を重ねながら課題を見つけ、ひとつひとつ解決している医薬品配送プロジェクト。法律などの壁はあるが、ドローン活用が現実的に進んでいることを感じさせてくれている。今後の展開に期待しよう。
(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)