経済学者が説く「いまこそ向き合うべき“共感経済”」前編

現代社会の課題を解決するカギとなり得る「共感経済」とは?

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3人の哲学者・経済学者が目指した社会

アダム・スミスは、「公平な観察者=中立的な立場の人」に対する共感が秩序を生むとした。その前提で構想したのが、資本家が競争する社会。

「資本家が秩序のもとでフェアな競争を行うことで、限られた資源が有効活用されて資本が蓄積し、経済成長につながると考えられます。その結果、当時の人口の90~95%いたとされる労働者の雇用につながる。雇用は労働者にとっての救いの手となります。これこそアダム・スミスが言っていた“見えざる手”なのです」

画像提供/堂目卓生教授 アダム・スミスが目指したのは、資本家によるフェアな競争によって、労働者に雇用が行き渡る社会。

この社会の形はひとつの国や地域にとどまらず、世界全体でも実現できると考えられていたという。

「アダム・スミスが本当に求めていたのは、特定の国や民族、文化、宗教などに染まっていない『公平な観察者』です。そのためには、国同士で理念や理性で考えるのではなく、肌と肌が触れ合う交流をして共感し合うことが重要です。例えば、別々の国の商人同士が直に取引を行い、『ちゃんと品物が届いた』『あの国の品物は念入りにつくられている』というやり取りのなかで信用と尊敬が生まれ、文化や国籍を超えた共感が広がっていきます。この意味で自由貿易がいかに重要かということを表しています」

アダム・スミスが「国や文化などの分断を乗り越え共感を広げる方法」という課題を残した後、イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルやインドの経済学者アマルティア・センらが解決法を模索していく。

「ミルは、労働者に普通教育を普及させてスタートラインを揃え、全員で競争することで分断が減り、所得も等しく分配されると考えました。センは、人生の目的(ケーパビリティ)の拡大を重んじる社会を構想しました。資本を持つ人や健康に働ける人だけでなく、子どもや高齢者、障害者、外国人にも選択の幅を広げることで成長が促され、社会が繁栄していくとしています」

画像提供/堂目卓生教授
ジョン・スチュアート・ミルが目指した社会。機会均等化によって全員が競争に参加できるようにし、成長と分配を両立。
画像提供/堂目卓生教授
アマルティア・センが目指した社会。経済成長よりも、弱者ケーパビリティを拡大することを優先した。

“もの”の消費が引き起こした現代の課題

18世紀にアダム・スミスが提唱し、その後もさまざまな哲学者や経済学者が追求してきた「共感経済」だが、世界は別の方向に進んでいったという。

「中世は信仰の時代でしたが、異端審問や宗教戦争などもありました。やがて産業革命が起こり、人は財やサービス、それに付随する知識などの“もの”を消費して幸せになることを目指し始めました。利他が求められた信仰から、利己心に基づいて取引できる“もの”中心の世界へと変わっていったのです」

正義さえ守れば自由な取引ができる資本主義社会となり、物質的な豊かさが優先され、物を言わない自然は乱開発された。19世紀に10億人だった総人口は80億人にまで増え、エネルギー消費量やCO2の排出量、ゴミの排出量も比例して増えた。

「“もの”で幸せになろうとすると、“もの”を増やしてくれるリーダーや“もの”を奪いに来る国や人を排除してくれるリーダーを選ぶことになり、ますます“もの”から逃れられなくなります。その結果、人間自体が“もの”のように扱われるようになり、自然も破壊されてしまい、人口増大や気候変動といった問題を抱えることになりました。世界全体で大きな豪華客船をつくって優雅に航行してきたつもりが、実は船底に穴が開いていて、沈みかけている状況にあるのだといえます。穴が開く心配のない陸地を探すときが来ているのです」

いま求められている陸地こそ、利他でも利己でもない「共感経済」なのかもしれない。

「共感は、利他と利己を一致させる感情です。例えば、母親や父親は自身の赤ん坊が泣いていたら苦しくなりますよね。これは共感によるものです。そして、赤ん坊を楽にさせてあげることは、自分自身を苦しみから解放することであり、利他と利己が一致している状態だといえます。これが現代では求められているのだと思います。海の向こうの飢餓や環境破壊、児童労働の問題だけでなく、国内の相対的貧困や虐待、DVなど、身近な問題に一人ひとりが目を向けることで、社会や経済は変わっていくのだと思います」

いまこそ機能させていくべきだといえる「共感経済」。後編では、いまの社会に求められていること、一人ひとりができることを堂目教授に伺う。

(取材・文/有竹亮介)

お話を伺った方
堂目 卓生
大阪大学総長補佐、社会ソリューションイニシアティブ長。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。専門分野は経済学史、経済思想。「Political Economy of Public Finance in Britain 1767-1873(Routledge 2004)」で日経・経済図書文化賞、『アダム・スミス-「道徳感情論」と「国富論」の世界』(中央公論新社)でサントリー学芸賞を受賞。2019年に紫綬褒章を受章。2018年に大阪大学にシンクタンク「社会ソリューションイニシアティブ(SSI)」を創設し、2050年を視野に「命を大切にし、一人一人が輝く社会」を目指し、「まもる」「はぐくむ」「つなぐ」視点から社会課題に取り組む。2025年に「いのち会議」事業実行委員会委員長に就任し、「いのち宣言」の発出を目指す。
著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。

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