これからの観光業界のキーワードは「量より質」「高付加価値化」
じゃらんリサーチセンターが解説!「インバウンド」の課題と今後の戦略
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観光業界が重視し始めている「旅行者の消費単価」
コロナ禍を経て、観光業界は変化のときを迎えていると、松本さんは話す。キーワードは「量から質への転換」だ。
「これまで観光地では宿泊者数や来客数に重きが置かれていましたが、ただ数を追うのではなく、旅行者の消費単価をきちんと記録し、稼げる地域にしていこうという意識に変わってきています。変化が生まれている理由は、コロナ禍を経たからだと考えられます」
コロナ禍がある程度落ち着き、渡航が再開された当初、いきなりコロナ以前と同水準に戻るということはなく、飛行機の便数は少なかった。そのため、旅行者1人当たりの単価を重視する流れが生まれたのだ。また、コロナ禍の観光業界では離職者が相次いで人材不足になり、数を対応し切れなくなったため、単価を上げる方向に舵を切ったという背景もある。
「当時は旅行者が少なかったため、データを分析し直す時間や余裕があったことも大きいといえます。さまざまなデータを見ていくと、旅行者全体のうち富裕層の割合は数%だったにもかかわらず、旅行者による売上の10%以上は富裕層によるものだということがわかったのです。その結果から、富裕層に限定するわけではありませんが、地域の文化や価値を理解し、地域のファンになってくれる人をターゲットにする傾向が出てきています」
そこでポイントとなるのが「高付加価値化」。観光地は、旅行者のニーズに合わせて商品を造成していくことに注力し始めているそう。
「現在、ヨーロッパを中心にサステナブルツーリズムが注目されています。環境保全だけでなく、地域独自の文化や伝統の継承を応援したいというニーズが増えてきているのです。そのため、伝統に触れられる体験や地産地消をテーマにしたグルメなどを提供している地域も出てきています。ファンコミュニティをつくるような仕組みも生まれてくるでしょう。“高付加価値旅行層”のニーズにいかに応えていくかが、今後の観光業界のカギとなるかもしれません」
いま観光業界に期待されている「質」は、旅行者に対するものだけではないようだ。
「最近は『現地調達率』が意識され始めています。単価を上げるだけでなく、地域の事業者や生産者に還元することも視野に入れ、商品や食べ物に現地で調達されたものがどのくらい含まれているか検証しようという動きが出てきています。先んじて進められている京都市では、『現地調達率』の効果検証の方法などが検討されています」
「質」を上げるためのもうひとつのキーワードが「住民満足度」。外国人旅行者の急増が、住民の生活に影響を及ぼしているからだ。
「『住民満足度』は、観光業界における重要指標のひとつといえます。インバウンド産業は住民の方々にもメリットがあると感じていただけないことには、長期的な産業にならず、地域も潤わないので、『住民満足度』の向上は喫緊の課題といえるでしょう。さまざまな地域が試行錯誤しているところです」
今後の観光業界は「二極化」が進む…?
今後のインバウンド産業の進む先について、松本さんの予想を聞かせてもらった。
「大きく二極化していくのではないかと考えています。少子高齢化のなかで日本の魅力を担保していくとなると、受け入れる側の人の数が足りないので、『高付加価値化=人が価値を生むもの』と『効率化=デジタルによって省力化されたもの』に分かれていくでしょう。ホテルを例に挙げると、すべてのサービスで人が対応するラグジュアリーなホテルとあらゆるサービスが完全自動化されたホテルに分かれるイメージです。観光業界においても、ITやAIの活用は重要になると思います」
デジタル活用に関してはシステムの面だけでなく、サービスにも影響してくる可能性がある。
「ARやVRといったバーチャルなものが、いかに『高付加価値化』と掛け合わさるかという点が気になるところです。現在、ツアーガイドは外国人旅行者から重宝されているので、今後ますますニーズが高まっていくといわれていますが、人手が少ない地域ではガイドを用意できません。そのような場所の歴史や文化、土地のストーリーを伝えるため、ARやVRを用いて旅行者に体感してもらうということができるので、今後バーチャルを活用する地域も出てくるのではないかと感じています」
旅行の中身に関しては、「ウェルネスツーリズム」や「スロートラベル」が注目を集め始めているとのこと。
「海外の方々の健康志向が進んでいるいま、心身のリラックスや浄化を目的とした『ウェルネスツーリズム』のニーズが高まっています。温泉大国の日本は相性がいいので、得意分野として押し出されていくのではないかと思います。さらに、旅先で暮らすように生活する『スロートラベル』も注目されているので、地域のローカルコミュニティに特化したテーマ型観光も増えていくのではないでしょうか」
課題とともに可能性も見えてきているインバウンド産業。旅行者・住民・サプライヤーのニーズを汲み、“三方良し”となる産業に育っていくことを期待しながら、各地域の動きにも注目していこう。
(取材・文/有竹亮介)