人間の生活に不可欠なインフラ「社会的共通資本」前編
東大教授が解説! 現代の日本で「社会的共通資本」が求められる理由
良品計画が2021年に掲げた「公益人本主義経営」。オーナーシップを持った社員を事業活動の主役に据え、その活動が公益に寄与するというものだ。この経営活動の指針となっているのが、1970年代に経済学者・宇沢弘文氏が提唱した「社会的共通資本」。
「社会的共通資本」とは、人が人間らしく尊厳を持って生きるために不可欠である一方、“見えにくく気付きにくい”社会インフラのこと。
なぜ、いま「社会的共通資本」が注目されているのだろうか。宇沢氏の遺志を継ぐ東京大学大学院経済学研究科の松島斉教授に聞いた。
経済の力だけでは整備し切れない「社会的共通資本」
「『社会的共通資本』とは、教育・医療・司法・交通・都市基盤・自然環境などのインフラのことです。道路や上下水道のような見えやすいものもあれば、地域の子育て支援や公園の安全性など、気付きにくいものもあり、“空気のような存在”とたとえられます。普段は意識しないけれど、ないと困るもので、誰かが責任を持って維持しなければいけません」(松島教授・以下同)
生活に不可欠なインフラと聞くとイメージしやすくなるが、既にさまざまな制度や設備が充実している日本で注目されているのは、なぜなのだろうか。
「きっかけは、2015年に国連で採択された『SDGs』です。“誰ひとり取り残さない”という理念のもと、世界中の人が心をひとつにして、教育や医療、労働、気候変動などに関する目標の達成を目指すことを掲げたもので、『社会的共通資本』の考え方と一致します。つまり、宇沢先生はいち早くインフラを末永く維持管理することの大切さに気付いていたのです」
宇沢氏は経済学者だったが、経済の力だけでは持続的に維持管理し切れない「社会的共通資本」こそ重要ではないかと、1970年代に発表していた。しかし、当時の経済学の世界では宇沢氏の発言は聞き入れられず、異なる方向に進んでいったという。
「GDP(国内総生産)を高めることに重きが置かれたのです。アメリカの経済学者のミルトン・フリードマン氏がこの方向性を明確に打ち出し、この流れは現在も続いています。2023年にノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン氏は女性の労働市場に関する研究が評価されましたが、インフラの維持管理というよりもGDPに対する影響という観点での研究でした」
また、1970年代には、経済学者の間で「助かる人が助かればいい」という考え方が浸透していったそう。
「先進国を中心に『我々は生産性が高い人間で、世界全体に貢献できる。そういう人間を積極的に救済すべきで、途上国は優先度が低い』という論法がなされ、経済学の先生方も暗黙に了解していました。人口の急増による食糧難を危惧した経済学者が、『人口増加の原因は途上国にあるから、彼らを救済する必要はない』という論を展開したこともあったようです」