人間の生活に不可欠なインフラ「社会的共通資本」後編

インフラを持続させるためのキーワードは「制度設計に参加する意識」

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国や自治体、企業が持つべき3つの視点

「制度疲労」を防ぐポイントとなる要件の明確化や適切な役割分担を実践するため、自治体や企業には3つの視点が求められるという。

「『透明性と説明責任』『長期インセンティブの設計』『包摂とケアの倫理』という視点です。『透明性と説明責任』は前編でもお話ししましたが、制度ができた経緯や責任者となっている組織の情報などをしっかりと開示することを意味します。そこが明確でないと制度に対する不信感が生まれて、利用者は無関心になり、制度の劣化につながってしまいます」

2つ目の視点「長期インセンティブの設計」とは、短期的な利益に左右されない“続けられる仕組み”をつくること。

「ついESG評価やKPIなど、数字で表せる指標に頼ってしまいがちですが、『社会的共通資本』は数字だけでは解決できないことがたくさんあります。例えば、環境投資や福祉支援といったことが挙げられ、すぐには効果が出にくいものです。だからこそ、続けられる仕組みが必要だといえます。これからは持続的価値の創出が問われる時代です」

3つ目の「包摂とケアの倫理」は、いわゆるダイバーシティ(多様性)に関する取り組みだ。

「子どもや高齢者、障がいのある方、未来世代など、声を上げづらい存在にも配慮された制度設計が求められています。ただし、包摂に関する制度は自治体や企業単体で担えるものではありません。官民連携はもちろん、NGO(非政府機関)や市民の関与、認証制度の導入といった『シェアードガバナンス』の仕組みが必要になってきます。社会全体で取り組んでいくことが重要なのです」

重要なのは市民が「参加する意思」を持つこと

これからの社会の在り方、自治体や企業に求められることを聞いてきたが、もうひとつ重要なカギがあるという。

「制度を利用する市民や消費者が、制度設計や選択に参加する意思を持つことが大切です。現在は、市民が制度に関する責任を自治体や企業に任せてしまっている状態だといえます。信頼しているというよりは、丸投げしているという状態に近いでしょう。私が考える『制度信託』は、行政や企業、制度を信頼して託すという考え方です」

市民自身が制度設計に参加することで、その制度に対して愛着が湧き、主体的な選択につながる。そして、ただ漫然と制度を利用するのではなく、不具合が生じた際に意見を述べたり改正案を考えたりするといった行動につながり、制度がアップデートされていく。

「参加する意思とともに大切なのは、制度を提供する側と利用する側は対等であるという意識です。利用する側が優位な立場に立つと、提供する側の人を道具と認識してしまうものです。それは非常にまずいことで、『社会的共通資本』の考え方と乖離してしまいます。互いに対等であり、支えあう関係であることが重要です」

宇沢氏が提唱した「社会的共通資本」はもともと理念だったが、現在は実践的な道筋が見えてきている。実現に至るために重要なのは、「制度を信じて託す社会」をつくること。

「制度は“当たり前に存在するもの”に見えていますが、実際はつくり続けていかなければ崩れてしまうものです。その意識を持って自治体も企業も市民も制度設計に参加し、できあがった制度をどう信じて託すか、どう誠実に応えていくかということに向き合っていく社会が求められます」

国や自治体、企業が目指し始めている「社会的共通資本」。消費者や投資家という立場においても、大切な行動指針となるだろう。社会の変革期のキーワードとして、押さえておこう。

(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)

お話を伺った方
松島 斉
東京大学大学院経済学研究科教授。研究分野はゲーム理論、情報の経済学、ミクロ経済学、メカニズムデザイン、実験経済学。東京大学大学院経済学研究科博士課程を修了した後、筑波大学社会工学系助教授、東京大学経済学部・大学院経済学研究科助教授を経て、2002年4月より現職。近年では、限定合理性および倫理的動機を考慮したメカニズムデザインについての新しい領域を開発。
著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。

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