ダメだとわかっていても「塩漬け」してしまうのはなぜ?

人間の「心理」を知って投資スキルを上げる? 不思議の多い市場の本質を可視化する行動ファイナンス

TAGS.

「塩漬け」のメカニズムも、心理を知ることで明らかに

――どうしてこの理論で「負の歪み」を説明できたのでしょうか。

新関: 順を追って説明しましょう。まずプロスペクト理論では、「人は得した時の喜びよりも、損した時の悲しみを強く感じる」と考えています。自分の保有する銘柄Aが1%値上がりした時と1%値下がりした時を比べた場合、変動幅は同じでも、人間が受ける感情の揺れは後者の方が大きくなる。こうした心理から、人は「損失を強く回避する傾向にある」としています。

これによって起きるのが「塩漬け」です。保有銘柄に損失が出ていると、どうにかそれを回避したくて損切りできない。逆転を待って放置してしまう。もっと下がる可能性があるにもかかわらず……です。

たとえばこんな実験があります。「100%の確率で1万円がもらえる」「50%の確率で2万円がもらえる」という2つの選択肢があった場合、どちらを選びますか。両方とも「得られる金額×確率」から算出した“期待値”は一緒ですよね。しかし、多くの人が選ぶのは前者。確実に1万円が手に入る方です。

しかし、これが損失局面になると変わります。「100%の確率で1万円を失う」「50%の確率で2万円を失う」という選択肢になると、多くが後者を選ぶのです。

――少しでも「損をしない可能性に賭ける」ということですか。

新関:これが先ほど話した損失回避の傾向です。たとえ損失が倍になるリスクがあっても、まったく損をしない可能性を追い求める。損失局面では、人は不確実な方を選ぶ、つまりリスクを取りに行くんですね。

すると、株価の下落局面ではリスクを選ぶ投資家が増えることに。市場の不確実性は高くなります。その結果、ボラティリティの上昇につながるのです。

一方、利益が出ている時は、確実にその利益を得たいので、多くの投資家は早めに利食いをします。不確実性は高まりにくいでしょう。行動ファイナンスやプロスペクト理論は、こうしたことを明らかにしていきました。

――確かに損失が出ると、少しでもダメージを少なくしようと塩漬けしてしまうことも。かたや、保有銘柄の株価が上がり始めると、すぐに売却してしまうことがありますね。

新関:古くから「損切りは早く、利食いはゆっくり」という格言がありますが、それはまさに投資家の心理に対する戒めの言葉なのです。

好調な投資家ほど「都合のよい情報だけ集める」可能性

――行動ファイナンスを学ぶことで、個人投資家の役に立つ部分もあるのでしょうか。

新関:たくさんあると思います。たとえばプロスペクト理論では、「人はヒューリスティックな行動を取る」とされています。ヒューリスティックとは、広く情報を収集して論理的に分析・計算をすることなく、経験や直感で判断や意思決定を行うこと。

人は、自分の近くにある情報や手に取りやすい情報、もっと言えば自分にとって都合の良い情報に頼って意思決定してしまうことがありますよね。これもヒューリスティックのひとつです。株式投資でも、自分の保有銘柄の良い情報しか聞き入れなくなる。悪い情報を耳にしても、何かしら理由をつけて信用しない。そんな場面があるのではないでしょうか。

――耳の痛い話です……

新関:こうした傾向は、社会的地位の高い人や、一定の実績を積んで権限のある人ほど強くなります。詳しい説明は省きますが、それらの人は「認知的不協和」が強いためです。

これを投資家に当てはめると、投資経験が長い人や、直近の運用成績が良い人ほど認知的不協和が強くなり、自分好みの情報ばかり選ぶ可能性も。こういったことをふまえて、意識的に広くさまざまな情報を集めることが大切ではないでしょうか。

――投資で成果が出てきた時こそ要注意、ですね。

新関:そうですね。もうひとつ、確率についての理解を深めることも重要だと思います。高度な理論を学ぶのは難しいとしても、「余事象の確率」だけでも考えられるようになると良いのではないでしょうか。

――余事象の確率。

新関:仮に「90%の確率で手術が成功する」と言われた場合と、「10%の確率で手術が失敗する」と言われた場合、ふたつとも同じ事象の確認を前提にしているのに、印象は大きく異なりますよね。このように、ある事象に対して「それが起こらない事象」を余事象といいます。

確率の見せ方で騙される人は少なくありません。フレーミング効果とも言われますが、ある確率をどのようなフレームで見せるかで印象は大きく変わります。この銘柄は「80%の確率で上がる」と言われるか「20%の確率で下がる」と言われるか。同じことを言っているはずなのに、受け取り方は変わり、判断も異なります。

投資詐欺にフレーミング効果が使われることもありますし、こうした視点を身につけるだけでも自分の資産を守ることにつながるのではないでしょうか。行動ファイナンスの知識は、さまざまな点で役立つと思います。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2025年7月現在の情報です

お話を伺った方
新関 三希代
同志社大学 経済学部経済学科教授
慶応義塾大学商学部卒業後、慶応義塾大学大学院修士課程商学研究科修了、大阪大学大学院博士後期課程経済研究科単位取得退学。専門は「金融商品の評価と実証分析」。著書に『マクロ経済学の視点』(2007年、八千代出版)。
自身が担当するゼミでは、「勉強も遊びも全力で」をモットーに学生に対して熱心な指導を行い、「日銀グランプリ」(日本銀行主催)や「日経STOCKリーグ」(日本経済新聞社主催)で数多くの賞を受賞。その功績が評価され、自身も2009年度に「NOMURA Award」を受賞するなど、学内の人気ゼミとして学生からも高い支持を得ている。
著者/ライター
有井 太郎
ビジネストレンドや経済・金融系の記事を中心に、さまざまな媒体に寄稿している。企業のオウンドメディアやブランディング記事も多い。読者の抱える疑問に手が届く、地に足のついた記事を目指す。

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード