あの理論を知ると、経済の動きが理解できる
AIが伸びる領域を新たな視点で予測? 「教養」を学ぶことが、仕事や投資にどう生きるのか
AIが伸びる領域を「教養」視点から予測する
――投資を行ううえで、何か役に立ちそうな教養はありますか?
永井 最近はAIの動向が話題になっており、この技術による未来の変化も予測されています。その中でよく言われるのは、たとえAIが発展しても「人間の感情労働は担えない」という見解です。
感情労働とは、感情のコントロールが求められる職種を指します。接客・サービス業やカウンセラーなど、人とのコミュニケーションが発生するものが多いでしょう。これらは「AI時代にも人間の仕事として残り続ける」と主張する声が少なくありません。
一方で、その主張に一石を投じる事象を、最近ネットで見かけました。ある女性がChatGPTに自分が好きな人を演じてもらう設定をして、1週間ほど会話を楽しんでいたそうです。この人は自傷癖があって、そんな自分が嫌でした。ある晩、そのことをChatGPTについ語りかけると、自分のことを細かいところまで理解して、しかも全肯定してくれる心のこもった返事が返ってきて、大声で泣いたそうです。これはSNSで話題になりました。
この事例で感じたのは、将来AIが感情労働の一部を担う可能性もあるのでは、ということです。
――AIには代替できない、のではなく。
永井 はい。私が今回執筆した著書の中で、感情労働について詳しく説明した『管理される心』(世界思想社)という本を紹介しています。キャビンアテンダントなどへの詳細な調査に基づき、感情労働の実態を解明した一冊です。
著者のA.R.ホックシールドは、本書の中で「感情労働のリスク」を挙げています。たとえば、顧客の苦情を自分事として受け止めるために燃え尽きてしまうこと。また、本心を隠して“演技”を行う場合も多く「相手を騙している」と自責してしまうことなど。心に負担のかかる職種です。
AIは、こうした負担を感じることなく、かつ24時間対応できます。感情労働の本質を捉えると、むしろAIがこの領域で活躍する可能性も高いかもしれません。AIの進化を予測して投資戦略を考える人も多いと思いますが、このような知識も少しは役立つのではないでしょうか。
最低でも学んでほしい「四大経済学者」の理論
――今回の著書では、経済学の代表的な作品も取り上げていますよね。
永井 そうですね。投資を行う方は、この辺を学んでおくと良いでしょう。特に四大経済学者と言われる、アダム・スミス、カール・マルクス、ジョン・メイナード・ケインズ、ミルトン・フリードマンは読むことをお勧めします。
特にケインズとフリードマンは真逆の主張をしており、この2つは経済の動きを捉える上で重要になります。
――真逆の主張とは。
永井:まずケインズから説明すると、彼は世界恐慌の中で公共事業を積極的に行うよう提言しました。それまでの古典派経済学は、商品を世の中に「供給」する量で雇用が決まるという考えでしたが、大恐慌に対応できませんでした。そこでケインズは、雇用は「需要」で決まるので、公共投資で先に雇用の「需要」を増やすことで経済が活性化する、という考えを提唱しました。公共投資で「大きな政府」を作ったと言えます。
――大きな政府ですか。
永井 はい。この理論は1930年代〜1960年代に機能し、世界全体の経済成長をもたらしました。しかし次第に公共部分が肥大化し、非効率が増えてきました。そこに台頭したのがフリードマンの主張です。公共事業は行わず、規制緩和と公共事業の民営化を進めました。「小さな政府」へと転換していったのです。
この手法は一定の成果が出たものの、今度はリーマンショックが勃発し、再び世界経済が揺らぎます。この時、生命保険会社のAIGが破綻すると、アメリカは救済のために公的資金を投入するなど、再びケインズ的な政策を取り始めました。
経済学の知識を学ぶと、世界は今、誰のどの理論に向かって進んでいるのかを知ることができます。それはきっと投資を考えるうえでも役立つのではないでしょうか。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年9月現在の情報です
慶應義塾大学工学部卒業。日本IBMの戦略マーケティングマネージャーを経て2013年に退社しウォンツアンドバリューを設立。多摩大学大学院客員教授も担当。2021年からはオンライン『永井経営塾』を主宰。「難しい理論をわかりやすく、使えるように読者に伝える」をモットーにし行動経済学などリベラルアーツの著書も多い。著書に60万部の『100円のコーラを1000円で売る方法』シリーズほか、18万部『世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた』シリーズ(すべてKADOKAWA)などがあり累計100万部を超える。





