こちらIR!〜会社と投資家をつなぐ物語〜
第3回 株主はゲストだ。富山発の製薬企業ダイトが挑む、開かれたIRのかたち
中期経営計画の策定を経て、ダイトのIRチームは社内外と「対話する文化」を根づかせた。だが、変化はそこで終わらなかった。2025年夏、同社はIR体制刷新後、初となる株主総会を迎える。主役は経営陣ではなく株主。プレゼンテーションはナレーションを廃し、社長自らが登壇した。
――静かな製薬会社が見せた、新しい“開かれ方”のかたちとは。
株主総会を「説明会」から「対話の場」へ
2025年8月28日。富山市内の会場ホールには、約40名の株主が集まった。例年とほぼ同じ人数だが、その空気はまったく違っていた。
高畠「去年までは信託銀行の指示通り。映像に事前録音のナレーションを乗せる一般的なスタイルでした。正直、ごくありふれた株主総会の景色でした」
笠嶋「去年の株主総会は転職後初めてでしたが、正直私も『こういうものだよね』と思っていました。
大津賀「私は去年事務局側で初めて見て、これでは誰も興味を持ってくれないと思いました。知名度もなく大きな会社でもない我々は、他社と同じことをやっても意味が無い。株主総会で工夫して『この会社は面白い、応援したい』と思ってもらう必要がありました」
そこで、やり方を大きく変えた。プレゼンテーションは全部自前で準備。ナレーターは雇わず、自分たちの言葉で話すスタイルとした。
笠嶋「今年は社長がマイクを握り、20分ほどプレゼンテーションを行いました。業界の現状や今後の展望を自分の言葉で語る姿は、株主にとって新鮮だったと思います」
アメリカで学んだ、株主を「ゲスト」として迎えるという発想
質疑応答も積極的に促した。従来の株主総会は、無事に終えることを目的にしがちだ。だが、ダイトが目指したのは、“来てよかった”と思ってもらう体験だった。
高畠「これまではとにかく質問させず、1時間以内に終わらせることを重視していたんです(笑)」
それが一転、約2時間という長丁場になった。会計監査人のパートナーからは「担当している会社の中で一番良かった」と言われるほどの充実した内容になった。
大津賀「以前は役員が後から会場に入り、先に出て行くような、どちらがゲストか分からない形でしたが、株主総会は株主のための年に一度の対話の機会。ホストである経営陣が来場者をゲストとして迎え入れ、お見送りする。”一般的”と言われる形式よりも誠意を重視したいと考えました」
その背景には、大津賀のある思いがあった。
大津賀「私は以前、バークシャー・ハザウェイの株主総会に行ったことがあります。片田舎のネブラスカ州に本社があり、小さな空港では対応できないほど多くの人が世界中から集まって4〜5万人規模のスタジアムで開催される3日間のイベントです。ウォーレン・バフェットに質問したい人が多く、前半は質問会、後半は議案審議という形式。私は古びたホステルのシングルベッドを友人と共有しながら参加しましたが、すごい熱気なんです。いつかダイトの総会も『面白いから1年に一回この日は富山に遊びに行こう』と思ってもらえるようにしたい。株主総会は、企業次第でスタイルを変えられます。基本的なルールさえ守れば、やり方は自由です。株主が楽しみ、叱咤し、満足して帰る。それでいいと思っています」
KPIを「上からの数字」ではなく「対話の起点」に
とはいえ、いくらIRに注力したからといって、会社の業績が上向くわけではない。
大津賀「時価総額が500億円や1000億円以下の会社では、やはり業績がすべてです。IRは相応に力を入れていますが、PBR一倍を下回る中、私の時間の多くをIRに費やしているわけではありません」
株主とのコミュニケーションを重ねる一方で、IRチームは社内にも新しいループを作っていた。それがKPIの設定。社内で目指すべき目標をきちんと定め、それに向かってまい進していく方策である。中計の骨格で定めた3つの重点分野ごとに担当本部を置き、ブレイクダウンしたKPIを設定。毎月の会議で進捗を公開する仕組みを作ったのだ。
大津賀「まず、3つの山をデザインして、それぞれに担当本部を定めたうえで、目標を設定しました。それを毎月の役員会議で発表しています。現在の社長の方針で、以前はクローズドだった執行役員会を、『経営情報共有会』としてオンラインで全管理職に公開するようにしました。経営の最新情報や計画の進捗を共有する一方で、秘匿性の高い内容は別の場で議論しています」
高畠「各本部に『どんなKPIがいいか』を聞きながら初案を決めました。トップダウンではなく、相談しながら作っていくんです。また、1年間運用してみてKPIに不具合があればその都度見直す。その繰り返しです」
大津賀「KPIは業績と連動するものでなければ意味がありませんが、まずは“動く仕組み”を作ることが大切だと思っています」
KPIは単なる数値管理ではなく、現場と経営が同じ地図を見ながら話すための道具だ。そして、今後は地理的なメリットもさらに活かしていきたいと語る。
富山だからこそできる、ダイトだからできる、発信がある
笠嶋「富山では『唯一のプライム上場の製薬会社』という立場を活かせます。東京本社なら埋もれていたかもしれないニュースも、地元では大きく取り上げてもらえるわけです。『富山といえば薬』というイメージがあるのも強みですね」
IRやPRの一環として、政治家や官僚を招いての工場見学など、これまでにない取り組みも始めている。外部委託の広報担当者を置き、地元メディアだけでなく全国紙の支局との関係も深めている。
高畠「IRは投資家向けの活動ですが、PRはもっと広い。地元の人、行政、メディア。情報の流れを広げることで、自然と投資家にも伝わります」
中期経営計画の運用、株主総会の刷新、そして積極的な情報発信。IRの取り組みはダイトという会社そのものの在り方を変えた。情報の積極開示から始まった“開く経営”は、いまや社内外を巻き込む連鎖となったのだ。
ダイトのIRは、説明するための仕組みではなく、共感を生むための文化へと進化している。地方の一製薬会社が見せた変化は、「誠実な会社が、誠実に語る」というシンプルかつ本質的なIRの原点を思い出させてくれる。
(執筆:吉州正行)
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