厚生年金の標準報酬月額上限引き上げとは?保険料への影響も解説
厚生年金の標準報酬月額上限の引き上げとは、標準報酬月額の上限が2027年9月から2029年9月にかけて段階的に引き上げられることです。年金制度改正法により、引き上げが決まりました。
厚生年金の標準報酬月額上限が引き上げられると、従業員は手取りが減る可能性があり、事業主は保険料の負担が増える可能性があります。そこで、引き上げの影響を受けるか把握できるよう、厚生年金の標準報酬月額の意味や保険料の計算方法を理解しておくことが大切です。
本記事では、厚生年金の標準報酬月額上限引き上げの意味や、従業員・企業に与える影響を解説します。
厚生年金の標準報酬月額上限の引き上げとは
厚生年金の標準報酬月額上限引き上げとは、2025年5月に成立した年金制度改正法により、標準報酬月額の上限が段階的に引き上げられることを指します。2026年度において「65万円」に設定されている上限が、2029年9月までに以下のように引き上げられていく見込みです。
・2027年9月:68万円
・2028年9月:71万円
・2029年9月:75万円
なお、標準報酬月額とは毎月受け取る賃金などに所定の保険料率をかけて、実際の報酬の代わりに保険料の計算に使う数字のことです。実際の報酬をそのまま使用すると計算が複雑になるため、32等級に分類された標準報酬月額が使われています。
厚生年金の標準報酬月額上限の引き上げと保険料の関係
厚生年金では、標準報酬月額の上限が見直されると、一定水準以上の賃金を得ている人の保険料負担が増加する可能性があります。
2029年9月に上限額が75万円へ引き上げられた場合、月額賃金が75万円以上の人は、現行制度と比べて保険料が毎月約9,100円増える見込みです。社会保険料控除による税負担の軽減を考慮しても、実質的な負担増は月あたりおよそ6,100円になると想定されます。
一方で、月額賃金が65万円以下の人については、上限引き上げによる保険料額への影響は基本的に生じません。
そもそも厚生年金とは
厚生年金とは、常時従業員を雇っている会社などに勤務している70歳未満の一定の人が加入する年金のことです。保険料は、勤務先と従業員で折半します。
日本の年金制度は、「2階建て」である点が特徴です。2階建てのうち、1階部分は日本に居住する20歳以上の人がすべて加入する国民年金です。一方、厚生年金は2階部分にあたります。厚生年金の加入者は、同時に国民年金にも加入しているため、その分給付額が上乗せされます。
なお、従来厚生年金の支給開始年齢は60歳でしたが、段階的に引き上げられ、男性は2025年度、女性は2030年度から原則として65歳支給開始となっています。
厚生年金保険料の計算方法
厚生年金保険料を計算する流れは、以下の通りです。
1. 等級を確認する
2. 等級に応じた標準報酬月額に保険料率をかける
今回は、東京の全国健康保険協会(協会けんぽ)に加入していて報酬月額が63万円のケースを想定し、計算方法を解説します。
等級を確認する
保険料を計算する際は、まず報酬月額に基づき該当する標準報酬の等級を確認しましょう。
厚生年金の場合、標準報酬は32等級に分かれています。協会けんぽに加入している場合は、ホームページで最新の等級を把握できます。
今回は、報酬月額が63万円で「605,000〜635,000」の中に収まるため、31等級です。
等級に応じた標準報酬月額に保険料率をかける
等級を確認したら、標準報酬月額をチェックします。31等級の場合は、62万円です。
次に、標準報酬月額に対象年度の保険料率をかけて保険料を計算しましょう。2026年3月分からの厚生年金保険料は18.300%です。
そのため、今回のケースで納付する保険料は「113,460円」となります(62万円 × 18.3%)。ただし、厚生年金保険料は会社側と従業員側で折半するため、実際に従業員が負担する厚生年金保険料は「56,730円」です(113,460円 ÷ 2)。
なお、協会けんぽの場合は、自分で計算しなくても「健康保険・厚生年金保険の保険料額表」を確認すれば等級に応じた全額と折半額を確認できます。
標準報酬月額上限の引き上げが従業員に与える影響
標準報酬月額上限の引き上げが、従業員に与える影響は主に以下の通りです。
・手取りが減る可能性がある
・将来受け取る厚生年金額が増える可能性がある
それぞれ解説します。
手取りが減る可能性がある
標準報酬月額が引き上げられると、従業員の手取りが減る可能性があります。
事業主(会社側)は、毎月の給料や賞与から被保険者(従業員)の負担分の保険料を引いて、事業主負担分とあわせて日本年金機構に納付します。そのため、保険料負担が増えれば、手取りが今までよりも減ることが一般的です。
月額賃金が65万円を超える場合は、引き上げに伴い今後保険料負担が増えるため、賃金が変動していなくても受け取る額が減ることになります。
将来受け取る厚生年金額が増える可能性がある
標準報酬月額上限が引き上げられることで、将来受け取る厚生年金額が増える場合もあります。
「報酬比例部分」(※)などを合計した額が、老齢厚生年金の受取額です。過去の報酬が多ければ、その分厚生年金の受取額が増える可能性があります。
そのため、賃金が月65万円超の場合は、標準報酬月額が高くなり保険料負担が増える分、将来受け取る年金額も増えるでしょう。現役時代は標準報酬月額の引き上げが従業員にとっての負担になっても、このように従業員にとってプラスになることもあります。
※報酬比例部分:年金の加入期間や過去の報酬などに応じて決まるもの
標準報酬月額上限の引き上げが企業に与える影響
標準報酬月額上限が引き上げられることで、企業にも以下のような影響があります。
・事業主分の保険料負担が増える可能性がある
:手続きに手間がかかる可能性がある
・経営戦略の見直しを迫られる可能性がある
それぞれ押さえておきましょう。
事業主分の保険料負担が増える可能性がある
標準報酬月額の引き上げに伴い、企業は保険料の負担が増加する可能性があります。
厚生年金の保険料は、事業者側と労働者側で折半して納付するものです。そのため、標準報酬月額上限の引き上げで保険料負担が増える従業員(賃金が月65万円超の従業員)がいる場合は、企業側の負担も増えるでしょう。
なお、対象となる従業員数を多く抱えていると、その分企業の負担も重くなります。
手続きに手間がかかる可能性がある
厚生年金の標準報酬月額上限が段階的に引き上げられることで、企業側は手続きに手間がかかる可能性があります。
今回の引き上げは、2027年9月・2028年9月・2029年9月に分けて実施されるものです。そのため、毎年引き上げによる影響を受ける対象者が変わる場合があります。
企業や人事関連の担当者は、システム改修や従業員への説明などに対応を追われるでしょう。
経営戦略の見直しを迫られる可能性がある
企業側の経営陣は、標準報酬月額上限の引き上げをきっかけに経営戦略の見直しを迫られることもあるでしょう。
月の賃金額によっては、自社の一部従業員の手取りが減る可能性があります。従業員の手取りを維持するためには、賃上げも検討しなければなりません。
また、企業が負担する保険料が増加したり、システム改修にコストがかかったりして、利益を圧迫することもあります。そのため、人件費計画を見直さなければならない場合があるでしょう。
引き上げに向けて企業が取りうる対策
厚生年金の標準報酬月額上限の引き上げに向けて、企業は従業員に制度概要を説明することが大切です。特に、手取りが減ることに備えて給与体系などを見直す場合は、あらかじめ従業員にも理解を得なければなりません。
また、保険料の計算に混乱が生じないように、給与システムを新たに導入したり、改修したりすることも検討しましょう。
2029年9月まで段階的に厚生年金の標準報酬月額上限が引き上げ
厚生年金の標準報酬月額とは、毎月受け取る賃金などに所定の保険料率をかけて、実際の報酬の代わりに保険料の計算に使う金額のことです。2027年9月から2029年9月にかけて、標準報酬月額の上限が「65万円」から「75万円」まで引き上げられます。
標準報酬月額の上限が引き上げられると、一部従業員の手取りが減る可能性があります。一方で、将来受け取る厚生年金額が増えることもあるでしょう。
また、企業も保険料の負担が重くなったり、対応に追われたりする可能性があります。引き上げが実施されてから慌てないように、企業側も従業員側も制度を十分に理解しておいたり、あらかじめ対策を講じたりしておくことが大切です。
参考:厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」
参考:厚生労働省「年金制度改正法が成立しました」
参考:厚生労働省「いっしょに検証!公的年金 第04話」
参考:全国健康保険協会(協会けんぽ)「令和8年度保険料額表(令和8年3月分から)」
参考:日本年金機構「厚生年金保険料等の納付」
ライター:Editor HB
監修者:高橋 尚
監修者の経歴:
都市銀行に約30年間勤務。後半15年間は、課長以上のマネジメント職として、法人営業推進、支店運営、内部管理等を経験。個人向けの投資信託、各種保険商品や、法人向けのデリバティブ商品等の金融商品関連業務の経験も長い。2012年3月ファイナンシャルプランナー1級取得。2016年2月日商簿記2級取得。現在は公益社団法人管理職。


